上 下
12 / 14

お礼のつもりだったのに

しおりを挟む
 翌朝、目覚めたシーラは違和感を覚える。
 瞼を開けると、そこには見知らぬ高い天井があった。
 気怠い身体をゆっくり起こす。
 シーラは何も身につけていなかった。
 全体的にうっすら肉がついた身体には、赤い痕が点々と浮かび上がっている。

(……こんなこと、私には無縁だと思っていたのに)

 シーラは真面目な女性だった。
 元夫ジョンと結婚するまで、恋人がいたことがなかった。もちろん、遊びやその場のノリで男と寝るようなこともなかった。
 若い頃は、ワンナイトラブはフィクションだと本気で信じていたぐらい、うぶだったのだ。

 シーラの隣りでは、レオポールが健やかな寝息を立てている。
 その寝顔を見つめながら、シーラは昨夜のことを思い出す。

 レオポールは、シーラが好む口当たりの良いワインを何本も用意していた。
 ワインだけでなく、彼が用意したつまみはどれも素晴らしく美味だった。
 レーズン入りのチーズや塩っ気の効いたクラッカーを齧り、微細な泡が浮く白ワインを勧められるがまま煽ったシーラは、すぐに酔っ払ってしまった。
 レオポールは舟を漕ぐシーラをひょいと抱き上げると、リビングの隣りにある寝室に運んだ。
 着ていたものを脱がされても、キスをされても、シーラは抵抗しなかった。
 レオポールの家に来た時点で、こうなることは分かっていたからだ。

 シーラは下腹を押さえる。
 昨夜のレオポールは、元夫がしなかったことばかりした。彼女は初めて、快楽の高みに昇った。あられもない声を出して、何度も背を仰け反らせた。

(……恥ずかしいところばかり見せてしまったわ)

 レオポールに身体を許したのは、お礼のつもりもあった。元夫の退職金から、浮気調査代を払おうとしたのだが、彼は受け取ってくれなかったのだ。
 だが、昨夜は乱れすぎてしまった。
 果たしてお礼になっていたのか、シーラは自信がない。

「んんっ……」

 レオポールは額に自分の腕を置くと、小さく呻き声を洩らした。
 
「……レオポールさん、起こしてしまったかしら? ごめんなさいね」
「シーラさん……」

 シーラはどんな顔をすればいいか分からないと思いながらも、寝起きのレオポールに笑顔を向けた。
 すると、眉間に皺を寄せていた彼の頬がみるみるうちに赤く染まった。
 彼はむくりと起き上がる。

「す、すまない、シーラさん、昨夜はその、がっついてしまって……」
「ううん、こちらこそ。恥ずかしい姿を見せちゃったわね」

 赤くなった顔を隠すように、レオポールは大きな手で自分の顔を覆った。
 その様子が可愛く思えて、シーラは思わず笑みを溢してしまう。

「恥ずかしいなんて……。シーラさんはとても素敵だった」
「レオポールさん……」

 シーラは色恋ごとに疎い。
 だが、それでもレオポールの気持ちを感じ取った。
 彼は自分に恋をしている。

 正直なところ、シーラはレオポールの好意を嬉しいと思った。しかし、今は彼の気持ちに応えられないと思う。
 まだ、完全に心の整理がついていないのだ。

「レオポールさん、私ね」
「待ってる」

 レオポールはシーラの目を真っ直ぐに見つめた。

「まだ、シーラさんは心の整理がついていないと思う。だから、待ってる」
「でも」
「俺は五年もシーラさんに片思いしていたんだ。一年でも五年でも、十年でも待つさ」
「五年も……私のことを思っていたの?」

 さすがにそれは気がつかなかった。
 レオポールは優しいが、探偵事務所のオーナーとしてスタッフ皆に平等に接していたからだ。

「……ああ、君が面接に来たその日に恋をしてしまった」
「……ばかね」

 レオポールは魅力的な男性だ。映画のスクリーンから出てきたような美男子で、弁護士資格を持つ探偵で、仕事ができる。ユーモアがあって優しい……素敵な人だ。
 いくらでも女性にもてるだろうに、彼はよりにもよってつい最近まで既婚者で、子持ちで、歳上の少しぽっちゃりしたごくごく普通の中年女に恋をしてしまった。
 これをばかと言わず、なんと言おうか。

 シーラは目の端に浮かんだ涙を、指先で拭った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

私の家事に何でも文句を言う夫に内緒で、母に家事をしてもらったら…。

ほったげな
恋愛
家事に関して何でも文句を言う夫・アンドリュー。我慢の限界になった私は、アンドリューに内緒で母に手伝ってもらった。母がした家事についてアンドリューは…?!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

処理中です...