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ジェイムスの提案

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 ジェイムスと出会い、積年の願いが叶ったジョンであったが、彼はシーラと別れるつもりはなかった。
 なにせジェイムスは誰とでも寝ると評判の男だ。
 今はジョンに愛を囁いていても、いつまた他の男に関心が移るか分からない。
 そうは思いながらも、ジェイムスが愛してくれる限りジョンはこの関係を楽しみたいと考えていた。

 そんなある日の日曜日のこと。
 ジェイムスが話があると言う。

 ここはジェイムスが借りているワンルーム。
 必要最低限の家具があるだけの、生活感のない部屋だ。
 ジョンとジェイムスは、テーブルを挟んで向かい合っていた。

「何だい? 話って」

 ジェイムスはいつになく神妙な顔をしている。
 別れ話だろうかと、ジョンは猫背の背筋をのばした。

「……ジョン、奥さんと別れてほしい」

 ジェイムスの言葉に、ジョンはつぶらな目を見開く。
 自分達の関係は刹那的なものだと考えていた。まさか彼から妻との別れを迫られるとは思いもしなかったのだ。

「どういうことだ?」
「俺、タイで事業をやりたいって思っててさ。ジョンにも一緒に来てほしい」
「タイで事業って……。私に役所の仕事を辞めろと言うのか?」
「そうだよ」

 しかも安定した役所の仕事を捨てて、海外まで一緒に来てほしいと言う。
 さすがにそこまで付き合いきれないとジョンは思った。
 まだ若ければジェイムスについていく選択肢もあっただろうが、あと数年で五十になる自分には厳しい。

「すまないが……」

 ジョンが断ろうとした、その時だった。
 ジェイムスは机の上に預金通帳を出し、広げて見せた。
 その通帳の預金額欄には、ジョンが目にしたことがない桁が印字されていた。

「これは……」
「へへっ、必死で貯めたんだ。なぁ、一緒に行こうよ! タイに! 金ならあるから! 俺、あんたに贅沢させてやれるよ」

 ちょっと汗水垂らして働いたぐらいでは、こんな金額とてもではないが稼げないだろう。
 ジェイムスは誰とでも寝る男だ。
 全うに稼いだ金ではないはず。

(それは分かっている。だが……!)

 ジョンは自分の膝を握りしめる。
 この三ヶ月間に、ジェイムスから与えられたものを思い浮かべる。
 ジョンが子供の頃から、欲しくて欲しくて堪らなかったものを、ジェイムスはすべて惜しげもなくくれたのだ。

「……分かった。君についていくよ、ジェイムス」
「やったぁ! さすがジョン! 愛してるよ」
「……ただひとつ、お願いがある」

 腕を振り上げ、キャッキャと喜ぶジェイムスとは裏腹に、ジョンの広い額からは汗がふき出している。

「なに?」
「……私の財産はすべて、妻子に渡したい」

 シーラには恋愛感情こそなかったものの、幸せな家庭を築いてもらった恩がある。
 この二十年、息子にも恵まれて本当に幸せだった。
 シーラとヨエルには感謝しかない。

「いいよ、俺はジョンさえ居てくれればそれでいい」
「すまない、ジェイムス」

(シーラ、ヨエル……。君達を捨てる私を、許してほしいなんて言わない)

 家を出て行くと言ったら、きっと二人は悲しみ怒るだろう。想像しただけでジョンの胸は軋む。
 だが、ジョンはジェイムスの手を振り払うことができなかった。

 ◆

「……レオポールさん、夫の浮気相手からコンタクトがあったわ」

 一通り浮気の証拠を集め終え、さあ浮気相手に連絡を取ろうとしていた矢先のこと。
 家のポストに、夫の浮気相手であるジェイムスから手紙が届いたのだ。
 それを早速、シーラはレオポールに見せる。

「呼び出す手間が省けたな」
「……ええ」

 シーラはぶるりと肌を震わせる。
 とうとう、この時が来たのだ。
 彼女はもう、夫と別れると決めている。

「……貰うものは全部貰って、私はジョンと別れるわ」

 シーラの目には、決意の光が宿っていた。
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