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衝撃の浮気調査結果
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シーラは週に三日、レオポールの探偵事務所でパートタイマーとして働いている。働く曜日は毎週同じとは限らないが、水・木・金曜日が多い。
勤続年数はすでに五年になる。
探偵事務所では主に電話番や請求書の作成、帳簿付けなど細々とした仕事を担っていた。
「本当にいいの? レオポールさん」
「シーラさんには長年世話になってるからな。お礼がわりだ。慰謝料も養育費もがっぽり取ってやるよ」
シーラがレオポールの部屋に出来上がった書類を持っていくと、彼はちゃめっ気混じりに片目を瞑った。
レオポールは無料で浮気調査を引き受けてくれると言う。
彼は弁護士資格も持っていて、六年前に父親の探偵事務所を継ぐまでは弁護士としてばりばり活躍していたらしい。
(天は二物を与えると言うけれど……)
世の中にはすごい人がいるものだ、とシーラはレオポールと出会った時に思った。
レオポールは外見が良くて仕事ができるだけでなく、面倒見だって良い。
今は寄宿学校に入った息子の勉強も、レオポールはたびたび見てくれていたのだ。
「さっそく次の日曜日に張り込みをするよ」
「ありがとう。なんてお礼を言っていいか……」
「ははっ、お礼はすべてが終わってから言ってくれよ」
レオポールは白い歯を見せて、困ったように笑った。
◆
次の日曜日。
やはり夫は朝からいそいそと出かけていった。
そして、運命の水曜日。
「……シーラさん」
自分の名を呼ぶレオポールの声は、どこか沈んだものだった。
「黒だったのね」
「……ああ、気をたしかに持ってくれ」
「大丈夫よ」
本当は大丈夫ではなかったが、シーラはなんとか笑ってみせた……つもりだった。
鼓膜にもやが掛かったみたいで、レオポールの声が遠くに感じる。
「ソファに座ってくれ」
レオポールに促され、来客用のソファに座る。
「夫はチェスをしにカフェに行ってなかったの?」
「……いいや、カフェでチェスをしていたのは本当だ。昔の知人に誘われたのもおそらく事実だろう。だが、そこで浮気相手と出会ってしまった」
夫は嘘をついてはいなかった。
だが、シーラを裏切っていた。
「……チェスができるカフェに通う女の人なんているのね」
シーラはチェスをしない。ルールさえ知らない。チェスをする女像がまったく思い浮かばなかった。
「旦那さんの浮気相手は女性じゃないよ」
膝の上に視線を落としていたシーラだったが、レオポールの言葉にハッと顔を上げる。
「……どういうこと?」
「どういうことも、旦那さんの相手は男だったんだよ」
「男……」
聞き間違えかと思った。
夫は女である自分と結婚した。息子も授かっている。この二十年、夫婦としてそれなりに仲良くやってきた。
「……この写真を見てくれ」
ローテーブルの上に、写真が広げられる。
どの写真も、夫と知らない男が映り込んでいる。
男は夫と腕を組んでいた。かなり親密そうだ。
男は夫よりも背が高く、ひょろりと細い。髪は肩まで伸ばしたワンレングスで、丸いサングラスをかけていた。袖の長い丸首シャツにジーンズを合わせている。
年齢はよく分からない。少なくとも夫よりはずっと若そうだ。
「この人、知ってる?」
「……いいえ、知らない人だわ」
レオポールの問いに、シーラは首を横に振る。
「……このサングラスの男の名はジェイムス。歳は三十歳。職業不詳で、チェスカフェの常連だ」
「チェスカフェの常連なら、夫と男友達としてすごく仲良くなったとかじゃないの?」
街にいると、男同士がすごく仲良さそうに話しながら歩いている姿をそれなりによく見かける。
夫とジェイムスという男も、ただの仲の良い男友達同士なのではないか。
現実を受け入れたくなかったシーラは、レオポールに必死に訴える。
だが、レオポールは痛ましそうに眉を下げるだけだった。
「……二人が出会ったチェスカフェは、表向きはチェスができるカフェとしての様相をしているが、実情は違う。男がセックスできる相手を探す場所だ」
シーラは、まるで鈍器で頭を殴られたような衝撃を受ける。
夫は性的に淡白で、もう何年も夜の生活はなかった。
「……夫は男が好きだったの?」
「チェスカフェでジェイムスと出会って目覚めたのだと思う。ジェイムスは誰とでも寝ると評判のタチだ」
タチは何かの隠語だろう。だが、聞かなくてもどういう意味か何となく分かってしまった。
最悪の想像をしてしまったシーラは、背を丸め、口元をおさえた。
勤続年数はすでに五年になる。
探偵事務所では主に電話番や請求書の作成、帳簿付けなど細々とした仕事を担っていた。
「本当にいいの? レオポールさん」
「シーラさんには長年世話になってるからな。お礼がわりだ。慰謝料も養育費もがっぽり取ってやるよ」
シーラがレオポールの部屋に出来上がった書類を持っていくと、彼はちゃめっ気混じりに片目を瞑った。
レオポールは無料で浮気調査を引き受けてくれると言う。
彼は弁護士資格も持っていて、六年前に父親の探偵事務所を継ぐまでは弁護士としてばりばり活躍していたらしい。
(天は二物を与えると言うけれど……)
世の中にはすごい人がいるものだ、とシーラはレオポールと出会った時に思った。
レオポールは外見が良くて仕事ができるだけでなく、面倒見だって良い。
今は寄宿学校に入った息子の勉強も、レオポールはたびたび見てくれていたのだ。
「さっそく次の日曜日に張り込みをするよ」
「ありがとう。なんてお礼を言っていいか……」
「ははっ、お礼はすべてが終わってから言ってくれよ」
レオポールは白い歯を見せて、困ったように笑った。
◆
次の日曜日。
やはり夫は朝からいそいそと出かけていった。
そして、運命の水曜日。
「……シーラさん」
自分の名を呼ぶレオポールの声は、どこか沈んだものだった。
「黒だったのね」
「……ああ、気をたしかに持ってくれ」
「大丈夫よ」
本当は大丈夫ではなかったが、シーラはなんとか笑ってみせた……つもりだった。
鼓膜にもやが掛かったみたいで、レオポールの声が遠くに感じる。
「ソファに座ってくれ」
レオポールに促され、来客用のソファに座る。
「夫はチェスをしにカフェに行ってなかったの?」
「……いいや、カフェでチェスをしていたのは本当だ。昔の知人に誘われたのもおそらく事実だろう。だが、そこで浮気相手と出会ってしまった」
夫は嘘をついてはいなかった。
だが、シーラを裏切っていた。
「……チェスができるカフェに通う女の人なんているのね」
シーラはチェスをしない。ルールさえ知らない。チェスをする女像がまったく思い浮かばなかった。
「旦那さんの浮気相手は女性じゃないよ」
膝の上に視線を落としていたシーラだったが、レオポールの言葉にハッと顔を上げる。
「……どういうこと?」
「どういうことも、旦那さんの相手は男だったんだよ」
「男……」
聞き間違えかと思った。
夫は女である自分と結婚した。息子も授かっている。この二十年、夫婦としてそれなりに仲良くやってきた。
「……この写真を見てくれ」
ローテーブルの上に、写真が広げられる。
どの写真も、夫と知らない男が映り込んでいる。
男は夫と腕を組んでいた。かなり親密そうだ。
男は夫よりも背が高く、ひょろりと細い。髪は肩まで伸ばしたワンレングスで、丸いサングラスをかけていた。袖の長い丸首シャツにジーンズを合わせている。
年齢はよく分からない。少なくとも夫よりはずっと若そうだ。
「この人、知ってる?」
「……いいえ、知らない人だわ」
レオポールの問いに、シーラは首を横に振る。
「……このサングラスの男の名はジェイムス。歳は三十歳。職業不詳で、チェスカフェの常連だ」
「チェスカフェの常連なら、夫と男友達としてすごく仲良くなったとかじゃないの?」
街にいると、男同士がすごく仲良さそうに話しながら歩いている姿をそれなりによく見かける。
夫とジェイムスという男も、ただの仲の良い男友達同士なのではないか。
現実を受け入れたくなかったシーラは、レオポールに必死に訴える。
だが、レオポールは痛ましそうに眉を下げるだけだった。
「……二人が出会ったチェスカフェは、表向きはチェスができるカフェとしての様相をしているが、実情は違う。男がセックスできる相手を探す場所だ」
シーラは、まるで鈍器で頭を殴られたような衝撃を受ける。
夫は性的に淡白で、もう何年も夜の生活はなかった。
「……夫は男が好きだったの?」
「チェスカフェでジェイムスと出会って目覚めたのだと思う。ジェイムスは誰とでも寝ると評判のタチだ」
タチは何かの隠語だろう。だが、聞かなくてもどういう意味か何となく分かってしまった。
最悪の想像をしてしまったシーラは、背を丸め、口元をおさえた。
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