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アカシアの花輪
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あくる日。チェチナは一人で屋敷内の廊下を歩いていた。
ふと彼女は建物と建物の間へ視線をやる。
「あれは……?」
木々に小さな黄色い花が鈴なりに咲いている。一瞬アカシアかと思ったが、あれが咲くのは春だ。あと数ヶ月もすれば冬を迎える今はシーズンではないはず。では、あの花は?
「どうした、チェチナ?」
近くで見てみようとチェチナが足を前へ出した時、彼女の後ろから声を掛ける者がいた。振り向くと、そこにはウィンストゲンの甥のボンブがいた。
チェチナはちょうどいいと思い、彼に尋ねる。
「ボンブ、あの花は何かしら?」
「ん? ありゃアカシアだ」
「アカシア? 今は時期じゃないでしょう?」
「死んだ爺様が婆様のために外国から取り寄せたんだよ。今の時期に咲く変異種らしい。婆様はアカシアが好きでさ。よく俺達にも花輪を作ってくれた」
「花輪?」
「アカシアの枝を輪っかにしてさ、部屋の扉とか壁とかに飾るんだ。花輪を作ったばかりの時はまだ水分が抜けてないからしばらく机の上に置いて、ちょっと乾いてきたら壁に吊るす。生でもドライフラワーでも綺麗だから、インテリアにちょうどいいんだよな」
「へえ」
「作ってみるか? 俺も久々に作ってみたくなったし。良かったら教えるぞ?」
「いいの? やってみたいわ」
「よし! 待ってろよ」
ボンブは上着を脱ぐとチェチナへ渡し、シャツを腕捲りした。
近くにあった梯子を建物の壁に立てかけると、その上を登り始めた。妙に慣れているなとチェチナは思う。ボンブは以前にもこのアカシアを摘んだことがあるのかもしれない。
彼は手際よくアカシアの枝を小型ナイフで切っていく。
「よし、これだけあれば充分だな」
「こんなにいるの?」
「花輪、二つ分だからな」
アカシアの枝を花が潰れないように麻袋に入れ、東屋へ運ぶ。
チェチナは久しぶりにわくわくした。
外で何かをするなど、子どもの頃以来だ。
「エリザもいたら良かったわね」
「本当だな。またエリザがいる時にでも作るか」
◆
「出来たわ!」
数十分後、チェチナはヒヨコ色の花が鈴なりについた花輪を手にしていた。初めてにしては上手く出来たと思う。なかなかバランス良く作るのが難しかったが、楽しかった。
「チェチナは器用だな」
「ボンブも上手じゃない」
「へへ、何回か贈ったことがあるからな」
「誰に?」
「婚約者だ。子爵家の娘で、三つ下なんだ。これがめちゃくちゃ可愛くて……。見る? 見たいか?」
ボンブはシャツの胸元でササッと掌を拭うと、脱いだ上着の内ポケットの中から写真を取り出した。白黒の写真には一人の少女が写っている。巻き毛の可愛らしい女の子だ。
「シャルロットって言うんだ。声も可愛くて、すごく良い子なんだよ」
小さな写真を大事そうに手で包み、頬を染めるボンブ。
その表情を微笑ましく思うと同時に、チェチナの胸にはちくりとした痛みが走る。
そして彼女はつい、本音を口にしてしまった。
「羨ましいわ」
写真から視線を上げ、目を丸くするボンブを見て、チェチナはしまったと口を手で覆う。
「なーに言ってんだ。叔父上にでれっでれに愛されてるくせに」
「で、でれっでれ……?」
「叔父上が結婚式の時に皆の前で言ってたじゃないか。『チェチナは目に入れても痛くないほど愛しい妻だ』ってさ。俺達にも散々惚気ていたし。幸せすぎて怖いってヤツか~?」
ボンブの軽口に、チェチナは瞼を伏せる。
チェチナにはウィンストゲンの心の声が聞こえる。本来ならば胸のときめきが抑えられないような台詞の裏で、彼が何と思っていたのか、彼女は知っていた。
《ボンブやエリザと同年代の彼女を、一人の女性として愛する日など来るのだろうか……。想像がつかない。まだチェチナは子どもじゃないか》
そう、ウィンストゲンはチェチナのことを甥姪であるボンブとエリザと同等の存在として認識していた。おそらく彼がよく自分のことを心の中でおじさんと自虐するのも、甥姪から叔父上と呼ばれていることも影響しているだろう。
「そうね」
チェチナはなんとか口許にだけ笑顔を作り、頷いた。
本音はどうであれ、ウィンストゲンは人前では愛妻家を演じている。それには合わせないといけない。
ウィンストゲンの心の声が聞こえる。この事実は誰にも相談出来ない。言ってはいけない。
チェチナは腹部を摩る。胃の奥にズンと重たいものが溜まるような気がした。
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