上 下
4 / 11

アカシアの花輪

しおりを挟む


 あくる日。チェチナは一人で屋敷内の廊下を歩いていた。
 ふと彼女は建物と建物の間へ視線をやる。

「あれは……?」

 木々に小さな黄色い花が鈴なりに咲いている。一瞬アカシアかと思ったが、あれが咲くのは春だ。あと数ヶ月もすれば冬を迎える今はシーズンではないはず。では、あの花は?

「どうした、チェチナ?」

 近くで見てみようとチェチナが足を前へ出した時、彼女の後ろから声を掛ける者がいた。振り向くと、そこにはウィンストゲンの甥のボンブがいた。
 チェチナはちょうどいいと思い、彼に尋ねる。

「ボンブ、あの花は何かしら?」
「ん? ありゃアカシアだ」
「アカシア? 今は時期じゃないでしょう?」
「死んだ爺様が婆様のために外国から取り寄せたんだよ。今の時期に咲く変異種らしい。婆様はアカシアが好きでさ。よく俺達にも花輪を作ってくれた」
「花輪?」
「アカシアの枝を輪っかにしてさ、部屋の扉とか壁とかに飾るんだ。花輪を作ったばかりの時はまだ水分が抜けてないからしばらく机の上に置いて、ちょっと乾いてきたら壁に吊るす。生でもドライフラワーでも綺麗だから、インテリアにちょうどいいんだよな」
「へえ」
「作ってみるか? 俺も久々に作ってみたくなったし。良かったら教えるぞ?」
「いいの? やってみたいわ」
「よし! 待ってろよ」

 ボンブは上着を脱ぐとチェチナへ渡し、シャツを腕捲りした。
 近くにあった梯子を建物の壁に立てかけると、その上を登り始めた。妙に慣れているなとチェチナは思う。ボンブは以前にもこのアカシアを摘んだことがあるのかもしれない。
 彼は手際よくアカシアの枝を小型ナイフで切っていく。

「よし、これだけあれば充分だな」
「こんなにいるの?」
「花輪、二つ分だからな」

 アカシアの枝を花が潰れないように麻袋に入れ、東屋へ運ぶ。
 チェチナは久しぶりにわくわくした。
 外で何かをするなど、子どもの頃以来だ。

「エリザもいたら良かったわね」
「本当だな。またエリザがいる時にでも作るか」


 ◆


「出来たわ!」

 数十分後、チェチナはヒヨコ色の花が鈴なりについた花輪を手にしていた。初めてにしては上手く出来たと思う。なかなかバランス良く作るのが難しかったが、楽しかった。

「チェチナは器用だな」
「ボンブも上手じゃない」
「へへ、何回か贈ったことがあるからな」
「誰に?」
「婚約者だ。子爵家の娘で、三つ下なんだ。これがめちゃくちゃ可愛くて……。見る? 見たいか?」

 ボンブはシャツの胸元でササッと掌を拭うと、脱いだ上着の内ポケットの中から写真を取り出した。白黒の写真には一人の少女が写っている。巻き毛の可愛らしい女の子だ。

「シャルロットって言うんだ。声も可愛くて、すごく良い子なんだよ」

 小さな写真を大事そうに手で包み、頬を染めるボンブ。
 その表情を微笑ましく思うと同時に、チェチナの胸にはちくりとした痛みが走る。
 そして彼女はつい、本音を口にしてしまった。

「羨ましいわ」

 写真から視線を上げ、目を丸くするボンブを見て、チェチナはしまったと口を手で覆う。

「なーに言ってんだ。叔父上にでれっでれに愛されてるくせに」
「で、でれっでれ……?」
「叔父上が結婚式の時に皆の前で言ってたじゃないか。『チェチナは目に入れても痛くないほど愛しい妻だ』ってさ。俺達にも散々惚気ていたし。幸せすぎて怖いってヤツか~?」

 ボンブの軽口に、チェチナは瞼を伏せる。
 チェチナにはウィンストゲンの心の声が聞こえる。本来ならば胸のときめきが抑えられないような台詞の裏で、彼が何と思っていたのか、彼女は知っていた。

 《ボンブやエリザと同年代の彼女を、一人の女性として愛する日など来るのだろうか……。想像がつかない。まだチェチナは子どもじゃないか》

 そう、ウィンストゲンはチェチナのことを甥姪であるボンブとエリザと同等の存在として認識していた。おそらく彼がよく自分のことを心の中でおじさんと自虐するのも、甥姪から叔父上おじうえと呼ばれていることも影響しているだろう。

「そうね」

 チェチナはなんとか口許にだけ笑顔を作り、頷いた。
 本音はどうであれ、ウィンストゲンは人前では愛妻家を演じている。それには合わせないといけない。
 ウィンストゲンの心の声が聞こえる。この事実は誰にも相談出来ない。言ってはいけない。
 チェチナは腹部を摩る。胃の奥にズンと重たいものが溜まるような気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

逆行厭われ王太子妃は二度目の人生で幸せを目指す

蜜柑マル
恋愛
王太子の仕打ちに耐えられず自ら死を選んだセシリアは、気づくと昔の自分に戻っていた。 今回は王太子妃になどならない。絶対に。 そう決意したのに、なぜか王太子が絡んでくる。前回との違いに戸惑いを隠せないセシリアがいつの間にか王太子の手中に収められてしまう話。…になる予定です。一応短編登録にしていますが、変わるかもしれません。 設定は雑ですので、許せる方だけお読みください。

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

【R18】翡翠の鎖

環名
ファンタジー
ここは異階。六皇家の一角――翠一族、その本流であるウィリデコルヌ家のリーファは、【翠の疫病神】という異名を持つようになった。嫁した相手が不幸に見舞われ続け、ついには命を落としたからだ。だが、その葬儀の夜、喧嘩別れしたと思っていた翠一族当主・ヴェルドライトがリーファを迎えに来た。「貴女は【幸運の運び手】だよ」と言って――…。 ※R18描写あり→*

死に戻り王妃はふたりの婚約者に愛される。

豆狸
恋愛
形だけの王妃だった私が死に戻ったのは魔術学院の一学年だったころ。 なんのために戻ったの? あの未来はどうやったら変わっていくの? どうして王太子殿下の婚約者だった私が、大公殿下の婚約者に変わったの? なろう様でも公開中です。 ・1/21タイトル変更しました。旧『死に戻り王妃とふたりの婚約者』

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

処理中です...