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第二章 後宮編(後)

ジネットの生きがい ※

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 フィンセントがジネットの閨教育係になってから二年と半年が経った頃。
 彼の元に訪ねてくる者がいた。

 フィンセントは胃に重たいものを感じながら、騎士団の詰所内にある応接室の扉を叩いた。
 しわがれた男の返事が聞こえる。
 いつになく緊張しながら、フィンセントは扉を開けた。

「……フィンセント、元気か? 随分ずいぶん立派になったな」

 白髪を後ろに撫で付けた男は、フィンセントの姿を目に溜めるとソファから立ち上がる。
 そこにいたのはフィンセントの父、アードルフ・フォン・ストラグだった。
 柔和な笑みを浮かべるフロックコート姿の老紳士に、フィンセントの心はますます曇っていく。
 父は妾の子であるフィンセントには関心がなく、昔から彼は母共々居ない者扱いされてきた。
 それをわざわざ騎士団の詰所まで訪ねてきたのだ。ろくでもない話を持ってきたに違いない。

 フィンセントは父にソファに座るよう促すと、自分も向かいのソファに腰掛ける。

「……手短にお願いできますか、父上」
「ああ、騎士団長様の副官になったそうだな。それは忙しいだろう」

 幾つもの討伐遠征に赴き、着実に戦果を上げてきたフィンセントは、此度の人事編成で騎士団長の副官に任命された。騎士団長直属の補佐役で名誉ある職ではあるが、現在は戦争もなく、大戦が起こる気配すらない。
 副官が多忙だと言っても、ジネットの元を訪れる時間は充分確保できている。

 父は鞄の中から革製の四角い装丁を取り出した。本にしては厚さが薄い。

 ──見合い話か。

 フィンセントの心がすうっと冷えていく。
 父は野心家で、ストラグ家を盛り立てるためなら手段を選ばない人だった。妾の子が思いがけず出世して、政略に使えると判断したのだろう。

 ──くだらない。

 舌打ちしたい気持ちを堪えながら、フィンセントは口を開いた。

「俺の身は帝国のためにあります。結婚はいたしません」
「……写真だけでも見てもらえないか? 伯爵家出身のご令嬢で、清楚な美しい方だよ。まだ十八歳なんだ」
「お断りしてください」

 フィンセントははっきりそう言い放つと、すくっと立ち上がる。
 そして大股で応接室を出た。慌てる父の声は無視した。
 
 ──そう、俺は結婚しない。ジネット様以外の人間とは。

 二年半前にジネットと出会ってから、フィンセントの頭の中は彼女一色になった。

 ── 一目見た時から、心奪われた。

 何回も顔を合わせていくうちに、ますます夢中になった。ジネット以外の女と夫婦になるなど、考えたくもないぐらいに。

 フィンセントは、すぐにでもジネットに会いにいきたい気持ちを抑えながら、後宮前にあるシャワールームに寄った。
 騎士が側女の元に赴く際は、身を清めることが義務づけられている。
 シャワールームに続く受付でタオルと石鹸、それに清潔な下着を受け取る。
 脱衣所で騎士服を脱ぐと、タイルの壁に囲まれた空間に入った。

 腕や胸にシャワーの湯をあてる。
 『フィンセントの身体はいつも温かくて、良い匂いがするわね』──そう言って笑うジネットを思い浮かべるだけで、胸が温かくなる。重たいものを感じていた胃がすっと軽くなる気がした。

 柑橘の香りがする石鹸を泡立て、無駄毛のない肌に滑らせていく。
 フィンセントは元々体毛が薄いが、それでも閨教育のある日の前日の夜に、全身の毛の処理をしている。少しでも快適に、ジネットが肌を舐められるようにしているのだ。
 ジネットは、一般的には男の身体が毛深いことを知っている。毛の処理はしなくてもいいと言ってくれるが、それでもフィンセントは処理を怠らない。まっさらな肌のみ、彼女に見せていた。
 それがジネットへの必要最低限の礼儀だと考えているからだ。

 ◆

「フィンセント、いらっしゃい!」

 フィンセントが部屋に行くと、いつもどおりジネットは笑顔で出迎えてくれた。
 今日のジネットは耳の下で白銀の髪を一つ結びにしている。丸首のゆったりとした白いロングドレスを着ていた。清楚な装いは彼女にとてもよく似合っている。

「ご機嫌いかがですか?」
「ええ、私は元気よ。フィンセントは……ちょっと元気がないわね?」
「分かりますか? 今日、詰所に父が訪ねてきまして……」
「まぁ、お父様が?」

 クローゼットの前で騎士服を脱ぎながら、フィンセントは今日あった出来事をジネットに話す。
 ジネットは人の機微に聡いところがある。黙っていてもいずれ何処かから聞いてしまうと思い、フィンセントは父から見合いを持ちかけられたことを話した。

「……父が見合い話を持ってきたのです」
「フィンセントももう二十四歳だものね……。そろそろ相手がいてもって、お父様も思ったのかもしれないわね」
「俺はこの身を帝国に捧げておりますから。誰に何を言われようと結婚はしませんがね」

 現在のジネットは皇帝の側女。結婚を考えることはおろか、恋慕することさえ許されない。
 フィンセントはすぐにでもジネットと結婚したいと考えるほど彼女のことを想っていたが、嘘をついた。
 下手にジネットと将来の約束をして、それが守られなかった場合、傷つくのはジネットだからだ。

 フィンセントが裸になると、ジネットも白いドレスを脱ぎだした。下着姿になったジネットは、胸当ての細い肩紐をずらすと、釦に手をかける。大きなカップにおさまっていた乳房がまろび出た。
 いつ見ても美しい胸だとフィンセントは思う。大きく膨らんでいるのに形は崩れておらず、見事な曲線を描いている。胸だけじゃない、ジネットは全身どこを切り取って見ても美しかった。その声も、所作も。

「さぁ、寝台に行きましょうか」

 明るい日の光が差し込む部屋で、何も纏っていないジネットが微笑みかけてくる。フィンセントは頷くと、彼女と共に寝台に向かった。


 今日の閨教育の内容は、香油を使ったマッサージだ。
 最近の皇帝はハードな行為を好まれない。
 より癒しに近い行為を求められていた。

 フィンセントがいつもどおり寝台の上に仰向けになって寝そべると、ジネットはその上に跨った。彼女の片手には、茶色の半透明の小瓶がある。

「マッサージは自信がないわ……。うまくできるかしら?」
「まずはやってみることが大切ですよ」
「……そうね。フィンセントの言うとおりだわ」

 ジネットは小瓶のフタを開けると、手のひらに香油をとろりと垂らした。両手のひらを擦り合わせると、芳醇な香りが寝台の上に広がった。

「……この間ね、蔵書室で身体に関する本を借りて読んだの。マッサージに役立つかなって思って」

 ジネットは勉強熱心だった。閨教育も新しいカリキュラムが導入されるたび、彼女は少しでも自分のものにしようと努力を怠らない。

「そしたら、その本にびっくりすることが書いてあったのよ」
「びっくりすること……?」
「そう、聞いてくれる?」

 そう言いながら、ジネットは香油を纏わせた手を自身の胸元に持っていく。彼女は何故か自分自身の胸の尖りに香油を塗り込めはじめたのだ。

「こうやって、乳首に触れたりすると悲しい気持ちになる人がいて、ちゃんと病名もあるの。不快性反射って言うんですって。私は乳首を弄ると気持ちが良くなるから全然知らなかった……」

 柔らかそうだった胸の先が、ジネットが指先で弄ると瞬く間に芯を帯びた。香油でぬらぬらと濡れたそれは、フィンセントの目にとても卑猥なものとして映った。
 フィンセントはごくりと喉を鳴らす。

「フィンセントは大丈夫? 私いつも、あなたの乳首を舐め回して、吸っていたけれど……悲しい気持ちになってない?」
「は、はいっ。俺も乳首を舐められて気持ちが良くなるタイプなので……全然平気です」
「それなら良かったけど、嫌だと思った行為があったら遠慮なく言ってね?」

 ジネットが自分を気遣ってくれたのはフィンセントも分かっている。だが、それはそれとして性癖を暴露するはめになったのは恥ずかしい。
 頬が熱を持っている。きっと赤くなっていることだろう。

「さて、マッサージを始めましょうか。まず、胸に香油を塗っていくわね」

 ジネットは香油で濡れた両手で、フィンセントの胸板に触れる。そこから少しずつ広範囲に香油を塗り広げていった。

「すごい。香油でてかてかと光るから、筋肉のつき方がよく分かるわね。……フィンセントはこの二年半の間でまた逞しくなったわよね。胸板も、肩も大きくなった……」

 ジネットは嬉しそうな顔をして褒めてくれる。
 だが、フィンセントは彼女の賞賛を喜ぶ余裕がなかった。
 陰茎は今この時も、ジネットの陰唇に包まれているのだ。それだけじゃない。ジネットは脚をM字に広げると、陰茎に膣口が当たるようにぐりぐり擦りつけてくるのだ。

 ──なんて卑猥なんだ、ジネット様……。

 マッサージの最中にも陰茎を攻めることを忘れない。

「うっぅっ……」

 ジネットのあまりの卑猥さに、フィンセントは呻く。すでにもう陰茎はがちがちに硬くなっていた。

「フィンセント、すごく硬くなってる……」
「も、申し訳ございません……。今日はマッサージの練習の日だというのに」
「ううん、いいのよ。今日はまだ一回も精を抜いてないもの。辛くなって当然だわ」

 ジネットはフィンセントの身体の上から下りると、彼の脚を横に広げた。

「ちょうど胸を香油で濡らしているし、まずは胸で扱きましょうか」

 ジネットはフィンセントの脚の間に陣取ると、血管を浮き立たせて吃立するそれを胸の間に挟みこんだ。
 自身が柔らかなもので包まれたフィンセントは、腰を大きく浮かせる。

「ジネット様っ……」
「大丈夫よ。私の胸で気持ち良くなりましょうね……」

 ふわとろの乳房が、陰茎を擦りあげる。
 見ると、ジネットが重たげな乳房を両手で持ち上げて懸命に上下に振っていた。

 ──胸で挟む行為は、ジネット様のアイデアだったな……。

 ジネットの胸は前屈みになると下に垂れてしまうほど大きい。行為の最中、陰茎に乳房が当たってしまうこともよくあった。
 ジネットは、自分ならではの性的な行為ができないかと模索しており、いっそ乳房で陰茎を包みこんだらどうかとフィンセントに提案したのだ。
 
「……っ」

 限界を覚えたフィンセントは、ジネットの胸の中で精をはき出した。手や口の中で吐精するのとはまた異なる感覚だ。
 息を深くはき出しながら、フィンセントは自分の脚の間にいるジネットを見つめる。
 ジネットの白い胸が、やや黄みがかった白濁で汚れていた。

「たくさん出してくれて嬉しいわ」

 そう言ってジネットは手指で白濁を掬うと、ぺろりと舌を出してそれを舐め出した。
 目の前にある卑猥な光景のせいか──かなり大量に精を出したはずなのに、フィンセントの脚の間にあるものは、吃立したままだ。
 フィンセント本人は、今日はマッサージの練習の日だと分かっているのだが、雄はまったく言うことをきかない。ジネットを求めてやまないのだ。

「申し訳ありません……。無視してくださって構わないですから」
「あら、我慢はよくないわ。すっきりしてからマッサージをしましょうね」

 ジネットは、今度はフィンセントの隣りに寝そべった。何をするのだろうとフィンセントが思っていると、彼女は彼の雄を握ると、片足を上げ、なんとそれを膝裏で挟み込んだ。

「これ、新しい指南書に書いてあった性技なの」

 ジネットは得意げに微笑む。

「フィンセントのは太くて長いから、膝裏で挟みやすくていいわね」
「そんな、ジネット様……っ」
「好きな時に出してね、フィンセント。我慢はだめよ?」

 ジネットは巧みに膝を動かしている。膝の間から頭を出していた亀頭を彼女は手で包み込むと、上から捻るような動きを繰り返す。

「フィンセント……。さっき、お父様が訪ねてきたって言ったじゃない?」
「は、はい……」
「私も、実家の両親とは折り合いがよくないの」

 ジネット的には、この行為は余裕のあるものなのだろう。世間話を始めた。

「私は十八歳で子爵家に嫁いだけど……すごく嫌だった。なんで親が持ってくる結婚話って、ああもろくでもないのかしら」
「ジネット様……」
「ごめんなさいね。お父様に見合い話を勧められたあなたに、何か前向きなことを言えたら良かったのだけど」
「……いいえ」

 フィンセントは知っている。ジネットの六年あまりの婚姻期間がけして幸せなものではなかったことを。

「お辛かったですね……」
「終わったことはもういいのよ。今は幸せだから。こうやってあなたが興奮している姿を見て、昂りを癒していると、すごく達成感があるの」

 側女の役目が、どうもジネットの生きがいになっているらしい。
 フィンセントはジネットが不憫でならなかった。
 閨教育はどこからどう見ても、やっていて楽しいものではないだろう。
 男を性的に煽り、興奮させ、満足させる練習など、嫌だと思う女が殆どなはずだ。
 誰が好き好んで、男の脚の間にぶら下がっているものに触れたいと思うのか。
 それなのに、この状況が幸せとは……。

 ──どうすれば、ジネット様を幸せにできるのだろうか……。

 フィンセントは皇帝からジネットを貰い受けることができたら、彼女を妻にしたいと真剣に考えている。
 もちろん結婚したら、この部屋でしていたようなことは二度とジネットにはさせない。
 普通の幸せな夫婦のように、膣性交のみを行い、子どもができたら性的な交わりから卒業する。
 挨拶の口づけや軽く抱きしめあったりはするが、それだけだ。
 この部屋でしているような、淫らで卑猥な行いはもうしない。

「うっ……うっ……」

 ジネットの膝裏に挟まれ、手指で亀頭を捏ねられたフィンセントはそのまま果ててしまった。

「フィンセント、気持ちよくなってくれて嬉しいわ……。もっともっとしましょうね」

 ジネットは起き上がると、一つ結びにした髪を整えながら笑顔を向けてくる。
 息を荒げながら、フィンセントはふと不安を覚える。はたして自分達は普通の夫婦になれるのだろうか、と。
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