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幸せな時間
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「ちちうえ! ははうえ! こっちこっち!」
「こらっ、一人で勝手に行くなって言っただろうが!」
数年後、フェデリカは夫のオサスナと、五歳になった息子と三人で思い出の湖に来ていた。下に娘もいるが、まだ一歳なので今回は屋敷でフェデリカの母とお留守番だ。
フェデリカの父は二年前に他界。本格的に子爵家を継いだオサスナは毎日忙しくしているが、それでも家族と過ごす時間を欠かすことは無い。
フェデリカとオサスナの間に産まれた息子は、オサスナそっくりの黒髪と黒い目を持つ。フェデリカは夫そっくりの息子へ慈しむような視線を向ける。フェデリカが予想していた通り、オサスナとの間に産まれた子は可愛かった。可愛いという言葉だけじゃ足りないと思うぐらい、愛しい存在。目に入れても痛くないとはまさにこのことだと、フェデリカは思う。
父親に捕まった息子は、そのまま肩車をされてキャッキャと喜んでいる。この湖に息子を連れてきたのは今日が初めて。湖の話を息子にするたび、「ぼく、いきたい!」と言っていたので、息子にとっては念願の場所だ。
「わぁっ、きれーい!」
父親の肩の上で、息子は雲が映る湖の水面を食い入るように見つめている。
オサスナは息子が肩から落ちないよう、大きな手で支えながら息子に話しかける。
「ヴァレッドがもう少し大きくなったら、父上と釣りしような!」
「うん!」
オサスナの提案に、息子は興奮した様子で頷く。
オサスナは本当に良い父親で、息子のヴァレッドはよく懐いている。パパっ子すぎて、オサスナが泊まりで視察へ出かける際、泣いてしまうのが玉に瑕だが。フェデリカが下の娘エリザを妊娠・出産してからというもの、さらにそのパパっ子傾向が強くなった。
三人で湖の周りを軽く散歩して、少し歩き疲れたところでランチにした。
普段は食が細いヴァレッドだが、気候が良いからか今日はもりもり食べる。そして、フェデリカがちょっとオサスナに話しかけている間に、ヴァレッドはうとうとし始めてしまった。
「あちゃあ、はしゃいでいたからなぁ」
オサスナは眉尻を下げると、荷物の中からブランケットを取り出した。それを敷布の上ですやすやと寝息を立てているヴァレッドに掛けた。息子の寝顔をみつめるオサスナの目は穏やかに細められている。
「ゆうべも興奮しちゃって、あんまり眠れなかったみたい」
「気持ちは分かるな。俺も昔、親父に『明日は湖へ行くぞ!』って言われた時は、楽しみで眠れなかった」
「ふふっ、私もよ」
息子を起こさないよう、なるべく音を立てずに食事の道具を片付けると、二人は湖を見つめた。さわやかな風が適度に吹いていて過ごしやすい。絶好のピクニック日和だ。
フェデリカはちらりとオサスナの横顔を見る。片膝を立てて座っている彼も湖を見つめていた。政務にあけくれる彼は屋敷にいる時は険しい顔をしている時も多いが、今はリラックスしてくれているようだ。
オサスナは本当に頑張ってくれている。彼と結婚できて良かった。心からそう思う。
「オサスナ」
「おっ、なんだ? 寒いか?」
「好きよ」
ごく自然に、するりと出たフェデリカの言葉に、オサスナはぱちぱちと瞬きする。
「なんだよ、急に」
妻からの突然の愛の言葉に、オサスナの口からはぶっきらぼうな言葉が出る。だが、彼が喜んでいるのは明白だった。
「いつも好きだと思っているけど、なかなか言うタイミングがなくて」
「お互い忙しいもんなぁ。政務と子育てに明け暮れてるもんな……まぁ、でも、幸せだ」
「そうね」
「俺も好きだ。フェデリカ」
「ふふっ、嬉しい」
お互い視線を合わせあうと、自然と唇が重なった。啄むような軽いキスを交わし合うと、笑い声が漏れる。
このまま、幸せな時間がなるべく長く続いてくれると良い。フェデリカは隣にいるオサスナの肩に頬を寄せ、少しの間瞼を閉じた。
<おわり>
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