上 下
6 / 11

結婚式

しおりを挟む



 各々複雑な思いを迎えたまま、フェデリカとオサスナの結婚式の日はやってきた。

「すごい……! すごく素敵だわ」

 繊細なレース地で出来た白いグローブをはめたフェデリカは、その手を口許にやる。
 全身白い装束で美しく着飾った花嫁の賛辞に、花婿は頬を赤く染めながら視線を逸らし、唇を尖らせていた。

「べ、べつに普通だって……」
「ううん、見間違えたわよ。オサスナ」
「……そうか?」

 式の前、オサスナは忙しさにかまけて伸ばしっぱなしにしていた黒髪をばっさり切った。彼は気になるのだろう。さっぱりした首の後ろをしきりに触っている。

 フェデリカは婚礼着姿の幼なじみを見上げ、口を綻ばせる。本当に、ため息が出るほど素敵なのだ。すらりと背が高く、騎士の割にはやや細身の彼に、長衣の白い詰襟が良く似合っている。長衣のスリットからは、タイトな白いズボンと膝下丈のブーツで包まれた長い脚が覗いている。

「これからも髪は短いままにしたらどう? 短いほうが爽やかで似合っているわ」
「う~~ん。首んところの毛先がじょりじょりしていて落ち着かねえな……」
「じきに慣れるわよ」
「フェデリカも、編み込み似合ってるぜ。下ろしてるよりずっと大人っぽいな」
「ほんとう? 私もこれからは編み込みにしようかしら」
「良いんじゃねえか?」

 二人が正式に婚約を交わしてから今日で約二ヶ月半になる。オサスナは昨日付けで騎士を退役した。ここ一年フェデリカの父親が体調を崩すことが多くなり、すぐにでも領主業の引き継ぎを始めたほうが良いという話になったのだ。

 フェデリカはオサスナに申し訳なく思う。オサスナの父親は一代限りの男爵で、彼はろくな後ろ盾の無い状況で正騎士になった。フェデリカは、オサスナが騎士になるために血の滲むような努力をしたことを知っている。それが正騎士になってたった三年で退役させるはめになるとは。
 しかも、婿先の花嫁は婚約者に去られたばかりで傷心状態。そんな状況なのに、オサスナはいつもの明るい態度を崩さない。

「オサスナ、ありがとう」
「何がだ?」
「私と結婚してくれて」
「おいおい、まだ永遠の愛を誓いあう前だぞ?」
「そうね」

 オサスナは騎士団の業務引き継ぎが忙しいだろうに、それでも合間を縫って逢いにきてくれた。何かのはずみに瞳を潤ませることがあっても、じっと耳を傾けてくれた。婚約してからのこの二ヶ月半、オサスナと過ごした時間を思い浮かべると、フェデリカの胸には温かなものが広がる。
 いつもそれとなく明るい話題を提供してくれるオサスナの存在は、この短い間にも、フェデリカにとって大きな存在になりつつあった。

 アシュガイルと婚約破棄した時、フェデリカは足元から底なし沼に引き摺られるような思いがした。アシュガイルがミスリンと浮気をして、子どもが出来てしまったと知った時も、あの途方もない絶望感から救い出してくれたのはオサスナであった。
 今こうして笑えるのも、オサスナのおかげだ。フェデリカは何か彼に恩返しがしたいと思う。

「ねえ、オサスナ」
「なんだ?」
「目を閉じて?」

 不満そうな声を漏らしながらも、オサスナは瞼を閉じた。
 フェデリカはヒールの靴でさらにつま先立ちになりながら、オサスナの顔へ唇を近づける。
 ちゅっ、というリップ音が短く鳴った。

 バッと目を開けたオサスナは、大きな手で口許を覆う。白手袋の指先から見える肌は、みるみるうちに朱に染まっていく。

「フェデリカ! 愛を誓いあう前だと言っただろ!」
「別にいいじゃない」

 自分はきっと、オサスナを愛せる。もしかしたら、もう彼を愛しはじめているかもしれない。
 結婚式場のスタッフに呼ばれ、二人は軽く身だしなみを確認すると、腕を組んだ。

「オサスナ、よろしくね」
「騎士の叙任式より緊張するぜ」
「大袈裟ねえ」
「大袈裟じゃない。なにせ、フェデリカへの愛を誓うんだ」

 フェデリカは隣を歩くオサスナを見上げる。
 ふと、疑問に思った。
 彼は社交界で百人斬りと噂されているが、自分が戯れにキスしただけで真っ赤になっていたし、今も自分と腕を組みながら、かなり緊張している様子だ。
 もしかしたら、オサスナの女癖が悪いという噂はデマなのかもしれない。逆に、ミスリンとの関係があったというアシュガイルの噂は、社交界では耳にしたことがない。
 フェデリカの視線に気がついたのか、オサスナは彼女のほうを向いた。

「なんだよ? フェデリカ」
「ううん、何でもないわ」

 フェデリカは思う。自分が目にしているオサスナだけを信じようと。今思えば、狭い社交界の噂の操作など容易い。オサスナには後ろ盾らしい後ろ盾もなく、たとえ嘘でも噂が広まってしまえば、取り繕う方法はない。
 フェデリカはオサスナの『百人斬り』の噂は嘘ではないかと思い始めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

【R18】王と王妃は側妃をご所望です。

とらやよい
恋愛
王太子妃になるべく厳しく育てられた侯爵令嬢イエリンだったが、努力の甲斐なく彼女が王太子妃選ばれることはなかった。 十代で夢破れ第二の人生に踏み出しても、見合いすら断られ続け結婚もできず六年が経過した。立派な行き遅れとなったイエリンにとって酒場で酒を飲むことが唯一の鬱憤の捌け口になっていた。 鬱々とした日々の中、ひょんなことから酒場で出会い飲み友になったアーロン。彼の存在だけが彼女の救いだった。 そんな或日、国王となったトビアスからイエリンを側妃に迎えたいと強い申し入れが。 王妃になれなかった彼女は皮肉にも国王トビアスの側妃となることになったのだが…。 ★R18話には※をつけてあります。苦手な方はご注意下さい。

毒におかされた隊長は解毒のため部下に抱かれる

めぐめぐ
恋愛
分隊長であるリース・フィリアは、味方を逃がすために敵兵に捕まった。 自白剤を飲まされ尋問にかけられるところを、副長のレフリール・バースに救われる。 自国の領土に無事戻り、もう少しで味方陣営へ戻れるというところで、リースの体調に変化が起こった。 厳しく誇り高き彼女の口から洩れる、甘い吐息。 飲まされた薬が自白剤ではなく有毒な催淫剤だと知ったレフは、解毒のために、彼女が中で男の精を受けなければならない事を伝える。 解毒の為に、愛の行為を他人に課したくないと断ったリースは、自身を殺すようにレフに願うが、密かに彼女に想いを寄せていた彼は、その願いに怒り―― <全20話・約50,000字> ※2020.5.22 完結しました。たくさんの方にお読みいただき、ありがとうございました! ※タイトル通り解毒と称して立場差のある二人が、ただイチャイチャする話(大体濡れ場)。 ※細かい設定(軍編成とか)はまあお気になさらず(;´∀`)

【R18】婚約破棄に失敗したら王子が夜這いにやってきました

ミチル
恋愛
婚約者である第一王子ルイスとの婚約破棄に晴れて失敗してしまったリリー。しばらく王宮で過ごすことになり夜眠っているリリーは、ふと違和感を覚えた。(なにかしら……何かふわふわしてて気持ちいい……) 次第に浮上する意識に、ベッドの中に誰かがいることに気づいて叫ぼうとしたけれど、口を塞がれてしまった。 リリーのベッドに忍び込んでいたのは婚約破棄しそこなったばかりのルイスだった。そしてルイスはとんでもないこと言い出す。『夜這いに来ただけさ』 R15で連載している『婚約破棄の条件は王子付きの騎士で側から離してもらえません』の【R18】番外になります。3~5話くらいで簡潔予定です。

《R18短編》優しい婚約者の素顔

あみにあ
恋愛
私の婚約者は、ずっと昔からお兄様と慕っていた彼。 優しくて、面白くて、頼りになって、甘えさせてくれるお兄様が好き。 それに文武両道、品行方正、眉目秀麗、令嬢たちのあこがれの存在。 そんなお兄様と婚約出来て、不平不満なんてあるはずない。 そうわかっているはずなのに、結婚が近づくにつれて何だか胸がモヤモヤするの。 そんな暗い気持ちの正体を教えてくれたのは―――――。 ※6000字程度で、サクサクと読める短編小説です。 ※無理矢理な描写がございます、苦手な方はご注意下さい。

没落寸前子爵令嬢ですが、絶倫公爵に抱き潰されました。

今泉 香耶
恋愛
没落寸前貴族であるロンダーヌ子爵の娘カロル。彼女は父親の借金を返すために、闇商人に処女を捧げることとなる。だが、震えながらカジノの特別室へ行った彼女は、部屋を間違えてしまう。彼女は気付かなかったが、そこにいたのはバートリー公爵。稀代の女好きで絶倫という噂の男性だった。 エロが書きたくて書きました。楽しかったです。タイトルがオチです。全4話。 色々と設定が甘いですが、エロが書きたかっただけなのでゆるい方向けです。 ※ムーンライトノベルズ様には改稿前のものが掲載されています。

【完結】婚約者には必ずオマケの義姉がついてくる

春野オカリナ
恋愛
 幼い頃からの婚約者とお出掛けすると必ず彼の義姉が付いてきた。  でも、そろそろ姉から卒業して欲しい私は  「そろそろお義姉様から離れて、一人立ちしたら」  すると彼は  「義姉と一緒に婿に行く事にしたんだ」  とんでもないことを事を言う彼に私は愛想がつきた。  さて、どうやって別れようかな?

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

処理中です...