【R18・完結】幼なじみだった婚約者の騎士を奪われました。

野地マルテ

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結婚式

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 各々複雑な思いを迎えたまま、フェデリカとオサスナの結婚式の日はやってきた。

「すごい……! すごく素敵だわ」

 繊細なレース地で出来た白いグローブをはめたフェデリカは、その手を口許にやる。
 全身白い装束で美しく着飾った花嫁の賛辞に、花婿は頬を赤く染めながら視線を逸らし、唇を尖らせていた。

「べ、べつに普通だって……」
「ううん、見間違えたわよ。オサスナ」
「……そうか?」

 式の前、オサスナは忙しさにかまけて伸ばしっぱなしにしていた黒髪をばっさり切った。彼は気になるのだろう。さっぱりした首の後ろをしきりに触っている。

 フェデリカは婚礼着姿の幼なじみを見上げ、口を綻ばせる。本当に、ため息が出るほど素敵なのだ。すらりと背が高く、騎士の割にはやや細身の彼に、長衣の白い詰襟が良く似合っている。長衣のスリットからは、タイトな白いズボンと膝下丈のブーツで包まれた長い脚が覗いている。

「これからも髪は短いままにしたらどう? 短いほうが爽やかで似合っているわ」
「う~~ん。首んところの毛先がじょりじょりしていて落ち着かねえな……」
「じきに慣れるわよ」
「フェデリカも、編み込み似合ってるぜ。下ろしてるよりずっと大人っぽいな」
「ほんとう? 私もこれからは編み込みにしようかしら」
「良いんじゃねえか?」

 二人が正式に婚約を交わしてから今日で約二ヶ月半になる。オサスナは昨日付けで騎士を退役した。ここ一年フェデリカの父親が体調を崩すことが多くなり、すぐにでも領主業の引き継ぎを始めたほうが良いという話になったのだ。

 フェデリカはオサスナに申し訳なく思う。オサスナの父親は一代限りの男爵で、彼はろくな後ろ盾の無い状況で正騎士になった。フェデリカは、オサスナが騎士になるために血の滲むような努力をしたことを知っている。それが正騎士になってたった三年で退役させるはめになるとは。
 しかも、婿先の花嫁は婚約者に去られたばかりで傷心状態。そんな状況なのに、オサスナはいつもの明るい態度を崩さない。

「オサスナ、ありがとう」
「何がだ?」
「私と結婚してくれて」
「おいおい、まだ永遠の愛を誓いあう前だぞ?」
「そうね」

 オサスナは騎士団の業務引き継ぎが忙しいだろうに、それでも合間を縫って逢いにきてくれた。何かのはずみに瞳を潤ませることがあっても、じっと耳を傾けてくれた。婚約してからのこの二ヶ月半、オサスナと過ごした時間を思い浮かべると、フェデリカの胸には温かなものが広がる。
 いつもそれとなく明るい話題を提供してくれるオサスナの存在は、この短い間にも、フェデリカにとって大きな存在になりつつあった。

 アシュガイルと婚約破棄した時、フェデリカは足元から底なし沼に引き摺られるような思いがした。アシュガイルがミスリンと浮気をして、子どもが出来てしまったと知った時も、あの途方もない絶望感から救い出してくれたのはオサスナであった。
 今こうして笑えるのも、オサスナのおかげだ。フェデリカは何か彼に恩返しがしたいと思う。

「ねえ、オサスナ」
「なんだ?」
「目を閉じて?」

 不満そうな声を漏らしながらも、オサスナは瞼を閉じた。
 フェデリカはヒールの靴でさらにつま先立ちになりながら、オサスナの顔へ唇を近づける。
 ちゅっ、というリップ音が短く鳴った。

 バッと目を開けたオサスナは、大きな手で口許を覆う。白手袋の指先から見える肌は、みるみるうちに朱に染まっていく。

「フェデリカ! 愛を誓いあう前だと言っただろ!」
「別にいいじゃない」

 自分はきっと、オサスナを愛せる。もしかしたら、もう彼を愛しはじめているかもしれない。
 結婚式場のスタッフに呼ばれ、二人は軽く身だしなみを確認すると、腕を組んだ。

「オサスナ、よろしくね」
「騎士の叙任式より緊張するぜ」
「大袈裟ねえ」
「大袈裟じゃない。なにせ、フェデリカへの愛を誓うんだ」

 フェデリカは隣を歩くオサスナを見上げる。
 ふと、疑問に思った。
 彼は社交界で百人斬りと噂されているが、自分が戯れにキスしただけで真っ赤になっていたし、今も自分と腕を組みながら、かなり緊張している様子だ。
 もしかしたら、オサスナの女癖が悪いという噂はデマなのかもしれない。逆に、ミスリンとの関係があったというアシュガイルの噂は、社交界では耳にしたことがない。
 フェデリカの視線に気がついたのか、オサスナは彼女のほうを向いた。

「なんだよ? フェデリカ」
「ううん、何でもないわ」

 フェデリカは思う。自分が目にしているオサスナだけを信じようと。今思えば、狭い社交界の噂の操作など容易い。オサスナには後ろ盾らしい後ろ盾もなく、たとえ嘘でも噂が広まってしまえば、取り繕う方法はない。
 フェデリカはオサスナの『百人斬り』の噂は嘘ではないかと思い始めていた。
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