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情けない

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 結局、アシュガイルを殴りつけただけで終わってしまった。帰路についていたオサスナは一人、ため息をはく。

 アシュガイルはミスリンと不貞は犯したが、あの様子だと彼女と結婚するつもりは無かったのだろう。いつものどおり護衛対象の令嬢と数回遊んでそれで終わりにするつもりだったと思われる。しかしミスリンはアシュガイルに本気で、彼女は高級貴族である実家に泣きついて、その権力を使い、アシュガイルとなんとか結婚しようとした。……真相はそんなところだろうか。

 ミスリンにも何か痛い目に遭わせてやりたいが、彼女が無理やりアシュガイルと結婚しようとしなければ、アシュガイルのここまでのクズっぷりは露呈しなかった。不本意だがミスリンは不問にしようと思ったところで、ハッとしたオサスナは首を横に振る。

「俺も同罪か……」

 オサスナはアシュガイルが令嬢からの誘いを断り切れず、たびたび不貞を犯していたことを人伝てに聞き、知っていたが、見て見ぬふりをしていた。フェデリカの悲しむ顔を見たくなかったからだ。それに貴族家の婿になれるような男はモテる。この国では、浮気をしないスペックの高い男は少数派だろう。

 アシュガイルは人気のある騎士だ。たまにゆきずりの令嬢と浮気をするのは仕方ない。だからフェデリカには黙っていよう──そうオサスナは考えていた。しかしこの考えは本当にフェデリカのことを思いやっていただろうか?

 オサスナがアシュガイルの最初の浮気を知った段階でフェデリカに報告し、フェデリカからアシュガイルへ浮気を止めるようにキツく言っていたら、もしかしたら今回の婚約破棄はなかったのではないか。

「俺、最低だな……」

 一人きりの通りに、オサスナの独り言が響く。


 ◆


「ねえ、オサスナ。アシュガイルと喧嘩したって噂、本当なの?」

 次の非番の日、オサスナがフェデリカの元へ行くと、彼女はすでにオサスナがアシュガイルへ暴行を加えたことを知っていた。
 アシュガイルにも男のプライドがある。顔に大きな怪我を負ったが、同期の騎士オサスナにやられたとは騎士団へ報告していない。それなのに、フェデリカは何故かアシュガイルがオサスナに殴られたことを知っていたのだ。

「何で知ってんだよ、フェデリカ」
「やっぱりそうなの? もう! 婚約破棄は私とアシュガイルの家の問題なのだから、オサスナが代わりに怒ってくれなくてもいいのよ?」
「俺たちの喧嘩にフェデリカは関係ねえよ」

 彼らの喧嘩に思いっきりフェデリカは関係しているが、オサスナは言わない。関係ないと言うオサスナに、フェデリカは眉尻を下げる。

「……私、オサスナのことが心配なの」
「俺とアシュガイルは男同士だし、色々あるんだよ」
「……そう。私はてっきり、ミスリン様の懐妊を知ったオサスナが怒って、アシュガイルを殴ったのかと思ったわ」
「本当か? その話」
「ええ。私の友人でお嫁に行ったのが早い子がいてね。その子が貴族御用達の産院でミスリン様の姿を見たらしいの」

 アシュガイルがミスリンとの結婚にまったく乗り気でないのに、受け入れた理由が分かってしまった。さすがに子どもが出来ては断れない。ミスリンが妊娠していると聞いたフェデリカは、どれだけショックだったことか。

「フェデリカ……」
「オサスナ、私ね。アシュガイルがたまに浮気をしていたこと、知っていたの。家にアシュガイルの浮気相手から手紙が届いたり、お茶会で噂を聞いたことは何度もあるわ。でも……信じたくないって、思った。お父様もお母様も、私の幸せをやっかむ輩の仕業だって、無視しなさいって言ったから、その通りにしたのよ……」

 オサスナはフェデリカになんと言葉をかけていいか分からない。アシュガイルには『フェデリカはお前の浮気を知っていたと思うぞ』と言ったが、あれはカマをかけただけだ。本当にフェデリカはアシュガイルの不貞を知っていたとは。

 動揺したオサスナは、ただ彼女の名を口にすることしか出来なかった。

「フェデリカ」
「そして、臭いものに蓋をした結果がこのざまよ。遅かれ早かれ、私とアシュガイルは駄目になっていたわ。むしろ、結婚前で良かったかもしれない」

 フェデリカの語尾は震えている。オサスナは咄嗟にフェデリカの肩を抱いた。

「フェデリカ、俺がついている」
「ありがと……オサスナ。あなたに話を聞いてもらえたから、胸がスッと軽くなったわ」

 フェデリカは微笑もうとしたが、目尻には涙が溜まっている。オサスナは曲げた人差し指で、フェデリカの涙を拭った。

「ごめんな、フェデリカ」
「何でオサスナが謝るのよ?」
「俺はアシュガイルの腐れ縁だ。あいつが浮気しないように矯正出来ていれば……今ごろ」
「それは無理よ。オサスナは今まで騎士団の斥候をやっていたのだから。お城にいないことも多かったのに、アシュガイルを見張ることなんか不可能よ」

 先月まで、オサスナは騎士団の中でも斥候を担当していた。王城周辺で何か変わったことがないか調査するのが主な仕事だが、災害時の地形調査や国境の様子を見に行くこともあり、業務は多岐に渡る。もちろん、有事の時には剣を振るって戦う。

 どちらかと言えば泥臭い仕事をこなすオサスナの一方で、伯爵家の出身で、子爵家の婿に内定していたアシュガイルは、王城へ届いた護衛依頼をこなしていた。王都は非常に治安が良く、荒事は滅多にない。事実、アシュガイルは体格こそ良いが、腰に差した剣を引き抜いたことは殆どない。股間の剣をもたげる機会は頻繁にあったようだが。

 フェデリカの言うとおり、オサスナがアシュガイルを見張ることは難しかった。

「フェデリカ、お前は理解が良すぎるぜ。たまには八つ当たりしたほうがいいぞ? たとえば俺とかにな」
「今は大丈夫。今はなんか……まだ足元がふわふわしていて現実感がないのよ。この短い間で目まぐるしく、色々な事情が変わったでしょう? アシュガイルと婚約破棄して、オサスナと婚約して……ちょっと頭がついていかないの」
「そっか。愚痴りたくなったり、泣きたくなったり、復讐したくなったら俺に言えよ。いくらでも付き合うからな」
「うん、ありがとう……オサスナ」

 オサスナは自分の無力さを感じていた。アシュガイルを罵って殴ったところでフェデリカの心は救えていない。フェデリカは幼いころからアシュガイルのことが好きだった。彼女がどれだけアシュガイルのことを想ってきたのか、オサスナは知っている。オサスナはずっと、フェデリカのことを見てきたからだ。
 オサスナは思う。自分がフェデリカにためにやれることはなんだろうと。今はただ、フェデリカの側にいてやることしか出来ない。情けない、とオサスナは思った。
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