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第一章

剣技大会

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 ──剣技大会なんて、久しぶりだわ。

 後宮生活三ヶ月目。今日は城内で行われる剣技大会の日だ。武術の大会の見学は初めてではない。昔はよくボイツェフに連れられて、剣や槍の腕前を競う大会を見に行ったものだ……と、元婚約者のことを思い出し、ハッとする。

 後宮に来てからというもの、目まぐるしく色々なことがあったせいか、ボイツェフのことを思い出すことは殆どなかった。後宮に来た初日こそ、ボイツェフと結婚出来ていれば今頃……と切なく思ったが、三ヶ月経った今では、自分でも驚くほどボイツェフの存在が希薄になっている。
 
 ──私、けっこう薄情な人間なのかしら。

 ボイツェフとは、十五歳になる年から三年間も交際していたのに。自分なりに彼を愛していたと思っていたが、こうも簡単に割り切れてしまうなんて。
 自己嫌悪に陥りそうになったところで、前方から元気な声が聞こえてきた。


「リアネさま~~‼︎」

 金に輝く髪を靡かせ、片腕を大きく振りながらやってくる、甲冑を着た若い男性。もう片方の腕には兜を抱えている。そう、彼はベイジルだった。
 甲冑は軽量化してあるそうだが、それでも重さは十キロもあるらしい。しかしベイジルはその重さをものともせず、軽快に走り寄ってきた。彼の背には羽根でも生えているのだろうか?

「ベイジル、走ってはだめよ。誰かにぶつかったら大変だわ」
「ハッ! 申し訳ありません、リアネ様! リアネ様がこの闘技場へいらした事実が尊すぎて、つい浮かれてしまいました……!」
「まあ、ベイジルったら。口が上手いわねえ」

 どれだけ辛いことがあっても笑顔を忘れず、たまに大袈裟なことを言って笑わせようとしてくれるベイジルのおかげで、ボイツェフを失ったことでぽっかり空いていた私の心の穴が、埋まってしまったのかもしれない。

 ──お役目の相手ペアが、ベイジルで本当に良かったわ。

 今日もベイジルは気が滅入っている私を見かねて剣技大会へ誘ってくれたのだ。彼はなんて優しい青年だろう。
 ベイジルは片腕を上げると、拳を握り締めた。その青い瞳はキラキラと輝いている。

「ぜったいに、リアネ様のために優勝しますよ」
「王太子殿下の御前試合でしょう?」
「建前はそうですが、心の中ではリアネ様を想って闘います」
「無理はしちゃダメよ?」
「はい!」

 とても良い返事だ。
 ベイジルは顔に似合わず、剣の腕が立つ。よっぽどの事がない限り大丈夫だとは思うが、私は荒事に慣れていない。どうしても心配になってしまう。
 これ以上心配し過ぎても逆に良くないだろう。

「では、観覧席へ行くわね」
「私の勇姿、見届けてくださいね」
「ええ、楽しみにしているわ」


 ◆


 側女の為の観覧席は閑散としていた。甲冑を着込み、兜を被る剣技大会は出場者の顔が分からないからか、女性人気はないのだ。

 ──次、ベイジルだわ。

 一組目の対戦が終わり、二組目が入場してきた。
 ベイジルは青い兜飾りをつけた剣士だ。不思議と甲冑を身につけていても、彼だと分かる。この三ヶ月、毎日のように一緒にいたからか、歩き方や仕草を覚えてしまったのだ。

 ベイジルはとても強かった。一歩の出足が早く、自分よりも大きな相手であっても次々に打ち倒していく。鉄の剣をあれだけ早く振り回せるようになるのに、一体どれだけの鍛錬が必要なのだろうか。

 ベイジルが四人の対戦相手を退けたところで、決勝戦となった。対戦相手は近衛師団長だ。近衛師団長はたしか二十八歳。こちらもベイジルと同じ叩き上げの騎士で、相当に腕が立つと評判だ。彼も私たちと同じ『当て馬』行為を、王太子の寝所で演じているらしい。攻め役は王太子付きの侍女だそうだ。

 ──ベイジル……。

 今までに無いほどの強敵。私は胸の前で手指を絡ませ、前屈みになる。

 審判の合図で抜刀する二人、すぐに打ち合いになった。カンカンと金属同士が当たる甲高い音が闘技場中に響き渡る。
 ベイジルがやや劣勢かもしれない。近衛師団長から容赦なく繰り出される激しい剣撃に、彼の体勢が何度も崩れそうになる。

「ベイジル、頑張って!」

 これは危ないと思った瞬間、自分でも驚くほどの声が出た。ハッとした私は、上階にいる王太子殿下の方を見上げた。王太子殿下はにやにやしながらこちらを見ていた。頬が熱くなるのを感じながら、私は頭を下げる。恥ずかしいところを見られてしまった。

 ──私は王太子殿下の側女なのに。

 御付きとはいえ、特定の騎士の名を呼び、声援を送るなど褒められた行為ではないだろう。私はお渡りはないが、歴とした王太子殿下の側女なのだ。他の者に特定の騎士との関係を疑われるような真似は控えるべきだ。

 俯いていると、闘技場内に歓声が鳴り響いた。
 砂地になった円形のフィールドの真ん中では、青い兜飾りをつけた人物が、高々と剣を天に掲げている。
 ベイジルが勝ったのだ。

 最後の方は俯いていたせいで見れなかったが、素晴らしい試合だった。思えば、ベイジルが剣を振るっている姿をまともに観るのはこれが初めてかもしれない。

 ベイジルを『騎士団の将校に』と推す話は何度も来ていたらしい。私の御付きにならなければ、あの素晴らしい剣の腕を活かせる地位に付けたのではないか。そう思うと、また気分が沈んでくる。
 この場に誘ってくれたベイジルのためにも、明るい顔をしなくては。私は両手でぱんぱんと自分の頬を打った。
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