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相談
しおりを挟む「お姉ちゃん、私、どうしよう……」
次の日、シトリンは姉のサンドラにアルゼットのことを相談した。
サンドラも前世の記憶を持つ白羽族の転生者。姉妹は揃って同じ時代、同じ親から生まれてきた。その絆はただの姉妹以上に強い。前世の記憶を持つサンドラは当然、前世のシトリンとアルゼットがどのような夫婦だったのかを知っている。
あだっぽい姉のサンドラは、妹の相談に、気だるそうに赤い髪をかき上げた。
「アルゼットから求婚された、ねえ……。そりゃアンタは美人でスタイルも良いからねえ。前世の記憶がなけりゃ、男ならプロポーズするのは当然だわな」
「美人じゃないわよ。そ、それにアルゼットのほうがカッコいいし。彼、女性に困ってなさそうな感じなのに、何で私なんかとの結婚を考えたのかしら」
「シトリン、自分を卑下しちゃダメだっていつも言ってるだろ?」
「分かってるけど……。どうしても自分に自信が持てないのよ」
シトリンは前世の影響で自信を失っていた。白羽族は一夫一妻制で、神殿で『運命のつがい』としてマッチングされた二人は深く愛し合うのが当たり前だった。それなのに、シトリンは前世のアルゼットに愛された記憶が無いどころか、彼から優しい言葉一つ掛けられたことがない。その記憶が、今世の彼女に影を落としていた。
「今世のアルゼットはアンタに優しくしてくれるんだろ? ならアイツと結婚しても問題ないじゃないか。ここは前世のあたしらが暮らしていた天上じゃない。地上だ。天上ことなんかさっさと忘れな」
「うん……」
「なかなか割り切れないアンタの気持ちは分かるけどねえ……。あの時代は本当に酷い時代だった。戦争ばっかでさ。あたしもたまに夢にみるよ」
「お姉ちゃんも?」
「ああ。でも、旦那と結婚してかなり夢に見る頻度は落ちたよ。アンタも幸せになれば、前世のことなんか頭の隅にやれるさ」
「でも、もしも、アルゼットが前世のことを思い出したら……」
「前世の記憶がない転生者が、前世の記憶を取り戻す可能性は0.01%以下だって、国が発表したろ? それにアルゼットはもう大人だ。大丈夫だって」
「そうかしら……」
シトリンにも、今世のアルゼットと一緒になりたい気持ちは当然あった。しかし、どうしても前世の記憶が彼女を足踏みさせる。
前世のアルゼットは、シトリンがどれだけ笑いかけても笑みを返すどころか、無視したり、『失せろ』と冷たく言い放ち、無下にすることがほとんどだった。
今世のアルゼットはシトリンにとても優しい。優しい分、シトリンはアルゼットから怒られたり、不機嫌な態度を取られることを酷く恐れている。
「アルゼットに逢いたい、これからも一緒にいたい。でも、彼が怖いの……。す、少しでも怒られたりしたら、私、どうにかなってしまうかもしれない……」
肩を小刻みに震わせている妹を見て、サンドラはハッとした。急いで彼女はシトリンを抱きしめる。
「アルゼットから嫌なことを言われたり、されたりしたらあたしに言いな。あたしがアイツをとっちめてやる!」
◆
夜。一人きりのベッドの中。シトリンは今夜もなかなか寝付けずにいた。何度も寝返りを繰り返したのち、彼女はため息をつきながら手元灯りをつけた。柔らかな橙色の光の中で浮かび上がるのは、今世になって撮ったアルゼットとの写真。二人とも並んではいるが、ぎこちない笑みを浮かべている。
この写真はシトリンの宝物だった。これから先、シトリンの煮え切らない態度にアルゼットが愛想を尽かし去ってしまうかもしれないが、この写真があれば寂しくない。
シトリンは小さな写真立てをぎゅっと胸に抱きしめる。姉はアルゼットと結婚しても問題ないと言うが、このままアルゼットと結婚したら、自分は彼を不幸にしてしまうかもしれない。
シトリンは己の精神的な不安定さを自覚していた。アルゼットの幸せを考えるなら、身を引くほうが良いことは分かっている。でも。
アルゼットが他の女性と家庭を築く姿を想像するだけでも、身を引き裂かれるような錯覚を起こす。アルゼットを他の誰かに取られたくない。でも、自分ではアルゼットを幸せにできないと思う。前世では彼と幸せな家庭を築くことが出来なかった。前世で上手くいかなかったものが、果たして今世で上手くいくのだろうか。
シトリンは写真立てを胸に抱いたまま、つつっと涙を流す。
前世の記憶など無かったら良かったのにと、心から思うが、今も瞼を閉じれば生々しくも惨たらしい光景が広がった。
シトリンが前世で生きていた時代は、白羽族にとって最も過酷な時代であった。
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