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「ゼーゼラ」
「セドリックさん! よかった~、探してたんだ」

 お見合いの翌日、私は騎士団の詰所を訪ねていた。彼がちゃんと私が提示した結婚の条件を知っているのかどうか、どうしても確認したかったのだ。

 私はパイプ椅子が二つあるだけの応接室に通されて、何故かそのままプロポーズされた。

「両親を通じて、君の家へ正式に結婚の申し込みをした」
「おお」
「ゼーゼラ、俺と結婚してくれないか?」

 それは私の条件をのんでくれるかどうかだなァ! ……なーんて、無い胸を張って言いたかったけど、目の前にいるのは人気の美丈夫、皆のアイドルだ。下手に断ったり、偉そうなことを言って、それを吹聴されでもしたら堪らない。

 セドリックは人間が出来ているとは思うが、彼にだってプライドはあるだろう。
 さてどうやって切り出そう?
 『別居、許してくれる?』『仕事続けてもいい?』『実家依存型の子育てしてもいい?』って。
 うーん……。どう控えめに見積もっても怒られそうだな。何言ってんだこの干物女って罵られてもおかしくない。

 何か結婚を断りたくなってきた。セドリックは清廉潔白眉目秀麗を絵に描いたような完璧超人だ。それに比べて私は魔力にすべての能力を全振り分けしたようなクソ女。背中から制服のシャツがぺろんと出ていてセドリックにいつも直されているようなだらしの無い女だ。ついでに襟も直して貰っている。

 こんな女どころか人間失格のようなヤツが、人間高位の騎士様のプロポーズを無下にしていいものだろうか。否、ぜったい良い死に方しないと思う。

「う~~~~~ん……」
「ゼーゼラ、すぐに答えてくれなくてもいいんだぞ? 一生の事だし、よく考えて答えを出してくれ」

 良い人だ。セドリックは口数は少ないし、話も弾まないけど、一緒にいて落ち着くし、好きか嫌いかで言えば好きだ。でも私と釣り合わないんだよなぁ。好きになること自体許されないような気がして、私は得意の魔法で、彼への恋慕の気持ちを消したことがあった。

「セドリックさん」
「なんだ?」
「私は王宮魔導師を続けたいし、王宮暮らしも続けたいんだ。それを許してくれる相手じゃないと、結婚は続けられないと思う……」

 恋慕の気持ちを消した、かなしい過去を思い出して少しだけ冷静になれた。そのままの勢いで、正直なところを話すことが出来た。
 ちなみに恋心を消滅させたのは、片思いが辛かっただけじゃない。精神が安定しなくなって、魔法を上手く使えなくなってしまったからだ。
 魔導師に恋や愛は禁忌なのだ。結婚している魔導師はたくさんいるけど、その誰もが仮面夫婦だったり、契約結婚だったりするのは言うまでもない。普通の魔導師ならともかく、王宮の魔導師達はごりごりの魔法オタクなので、恋より仕事と考える人が多いのもある。

「かまわない」
「セドリックさん?」
「俺だってずっと兵舎暮らしだ。王宮からは離れられないし、結婚しても共に暮らすことは難しい。妻にかまう暇もない。別居婚は願ったり叶ったりなんだ」

 聞けば彼も私と似たような事情を抱えていた。騎士は数週間単位の遠征があったり、非番の日以外はずっと王宮併設の兵舎暮らしを余儀なくされる。
 騎士はモテるが、別居を許せる女性は意外にも少ないらしい。まあ、世の中マメな男がモテるから仕方ないね。

「俺たちは深い事情を抱えているが、きっと上手くやれるはずだ」

 セドリックはグローブを嵌めた手をぐっと握りしめる。ここで私の手を取ったりしないところがとても彼らしいと思った。
 そうだ。彼の言うとおり、これなら上手くいきそうだ。私たちは共にわけありである。私は即座に頷いた。

「そうだね! いいよ、結婚しよう!」

 私のかる~い言葉に、セドリックの瑠璃色の瞳がぱっと輝いた。今まで見たことがない、子どものような破顔。

 ──えっ、なにその顔、ときめいちゃうんですが。

 もしかして。この人は私のことが本当は好きなのかもしれないって、勘違いしそうになる。いやいや、そんなはずはない。私は黒髪黒目で毛色は地味だし、出るとこ出てない普通体型で美人でも可愛くもない。
 こんな素敵な騎士様に見染められる可能性はゼロだ。むしろだらしがないところを見られている分、マイナスだろう。
 彼は条件が合ったから私へ求婚しただけだ。きっと、そうなはずだ。

 私は胸に手をあてる。鎖骨の下に刻んだ魔法の印が、ちくりと疼いたような気がした。
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