週末は迷宮探検

魔法組

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「そうでした。まだ、あなたがいたんでしたっけね。影が薄いんで、いまのいままですっかり忘れていましたよ」
 芹沼の顔を冷たく一瞥してから。敦哉がこれ以上ないというくらい素っ気ない口ぶりで言い捨てる。

「さてと。あなたにはこれから我々と一緒に来ていただきますよ。邪竜復活の儀式などを行なったことや、この迷宮でデッドマンにされた冒険者たちの件で、警察も色々とあなたに訊きたいことがあるでしょうからね」
 いつも温厚な熊さんでさえ、口調と声に鋭い棘を含ませて言う。

「警察? 警察だと?」
 しかしその熊さんの言葉に、芹沼は見下すような嗤い声をあげた。

「この私を警察に突き出すと言うのか? 貴様らごとき、たかが週末冒険者が」
「その、たかが週末冒険者にミもフタもなくあっさりやられた上。長い年月をかけて企んでいたゲドゥルフ復活計画をあっさりぽちっと潰されたような人が、なに偉そうなことを言っているんですか」
 敦哉も鼻でせせら嗤う。そんな敦哉を、芹沼は憎々しく睨みつけた。

「ほざけ! ゲドゥルフは、まだ消えたわけではない。私がいる限り、竜の因子を持つ小夢がいる限り、ゲドゥルフの魂がこの地下一〇階にある限り、儀式は何度でもやり直すことが出来る。私は負けていない。まだまだ、負けてはいない!!」
「いいえ、あなたの負けですよ。あなたはもう二度とゲドゥルフ復活の儀式などを行なうことは出来ません。ボクたちが取っ捕まえて、刑務所に送りますからね」
 敦哉は杖を構えて、口の中で拘束の呪文らしきものを唱え始める。

 芹沼は敦哉よりもかなりレベルの高い魔法使いであるが。杖を持たないいま、彼は呪文を発動させることは出来ない。したがって敦哉の放つ呪文に対して反撃することも、もちろん不可能……の、はずだった。

 だが芹沼はサッとふところに手をやると、あろうことかそこから携帯用の小さな杖を取り出し、呪文を唱え始めたのだ。どうやらこういう時のために、予備の杖を隠しておいていたらしい。

 それを見て賢悟が虎徹の柄にと手をかける。熊さんも抱いていた愁貴を聖に預け、万能棒《戦斧》をずいと構えた。

 再び戦闘が始まるのかと、聖はゴクリと唾を飲みこむ。しかしそんな聖の『聖眼』に地下一〇階を覆うオーラが妙にざわめきたち、不安定になっている様子が映る。しかもその異変は収まるどころか、次第に大きくなっていくようだ。

 訝しく思って耳を澄ましてみると、迷宮の奥のほうから地響きに似た音も聴こえてきた。その上、先程から天井より細かい砂粒のようなものが落ちてきているのだが。その量も少しずつ、確実に増えていて。砂粒自体も大きくなっている気がする。

「ちょっと、みんな、武器を収めて!」
 これはもしや、ひょっとして……。あることに気づいた聖は、いまにも戦闘を始めそうな様子の賢悟たちや芹沼に向かって、慌てて警告の声をあげた。

「あ? なに言ってるんだよ、神代。まさか、こいつを見逃せって言うのか?」
 賢悟と敦哉は不満げに聖を見、熊さんも怪訝そうな表情を聖に向けてくる。

「それどころじゃないのよ! さっきから、この階のオーラが異様な動きを見せてるの。これは多分、地下一〇階が崩落する兆しだわ……」
「なにぃ!?」×3
 聖の言葉に賢悟と敦哉、芹沼までもが同時に驚きの声をあげた。

「それは、確かなのかい? 聖ちゃん」
「はい。間違いありません、熊さん」
 聖はきっぱりと応えた。

「多分さっきゲドゥルフのオーラと、結界や虎徹やあたしの発した『破邪の弾丸』とが激しくぶつかりあったために、地下一〇階に満ちていた結界の聖なる力と邪悪な瘴気とのバランスが崩れたせいだと思うんです!」
 このままだとあと五分もしないうちに、この階は崩れ落ち始めます……と、聖が言葉を続けようとしたその時。地下一〇階中の空気が激しく震動するかのような大音響が響き渡った。

 地面は割れ天井は崩れて、壁はみるみるうちに押し潰されていき、大量の土砂が土石流のように聖たちのほうへと向かってくる。

 もちろん、ゲドゥルフの骨を安置してある地面も崩れ。その骨もバラバラになって地割れの中、地底奥深くへゆっくりと沈んでいった。

「ば、馬鹿なあっ! 地下一〇階が崩れていく!? そんなことが……ああっ、ゲドゥルフ、ゲドゥルフがあぁっ!?」
 地面は激しく揺れ動き。頭上から様々な大きさの石ころや、砂ぼこりが落ちてき続けているが。そんなものはまるで気にすることもなく。芹沼はその場にがっくり膝を突きながら、狂ったように叫び続けている。

 だが聖たちも、芹沼のそんな様子をのんびりと眺めていられるほどの余裕はない。大地はほとんどうねるように震え動いており、あたかもビッグウェーブの真っ只中でかろうじてサーフボードの上に立っている、初心者サーファーのような状態だ。

 いいや、立つことなど到底出来はしない。獣かなにかのように四つんばいになってしっかりと踏ん張りながら、バラバラにならないようにお互いがお互いを支え合うだけで精一杯だった。

 震度に換算すれば六強ないし七くらいの揺れの中。気を失っている二人を含めた六人が、それでもなんとか一つ所にとどまっていられたというのは、ほとんど奇跡の範疇に属するようなことである。

 とは言えそんな奇跡がいつまでも続くわけがない。早いところ脱出しなければ、六人そろって土砂に飲みこまれるか地割れに吸いこまれていくか、落ちてくる天井に押し潰されるか……。いずれにしても生命はあるまい。

「……吉田くん! 早く『転位』の呪文を唱えて!」
 天井から落下する土や岩、止めどなく押し寄せてくる土砂などの轟音に負けないよう。聖はあらん限りの大声で叫び声をあげた。

「で、でもこの状況じゃあ、『転位』の呪文を唱えるのに必要なだけの集中なんてとても出来ませんよ! 呪文を唱えてもうまく発動するとは限りませんし。発動したとしてもランダムテレポートになる危険性が高く、どこに出るやら見当も……」
「構わないわ! ここで生き埋めになるよりはマシよ! 失敗しても恨んだりしないから、とにかく早く呪文を唱えて!!」
 ともすれば、どこかに流されていきそうな愁貴と小夢の身体を必死になって支えながら。ほとんど悲鳴をあげるように、聖は叫んだ。敦哉は承知したと言うようにうなずいて、杖を振り上げ『転位』の呪文を唱えようと口を開きかける。

「……無駄だ。こんな状況で、著しく精神力を消耗する『転位』の呪文などがうまく発動するはずがない」
 必死に呪文を唱える敦哉を横目でチラリと眺めて、芹沼はフッと皮肉げな笑みを浮かべながら言った。

「邪竜ゲドゥルフの復活を望んで夢破れし者と、それを阻み現代の英雄となった者。私は貴様らに敗れたが、勝者である貴様らも、結局敗者である私と同じ時、同じ場所で生命を失うことになるわけだ。皮肉なものだな」
「うるさいわねえ! まだ呪文が失敗すると決まったわけじゃないでしょう!!」
 悟ったように言う芹沼を睨みながら、聖は言葉を叩きつけた。

「もし失敗したとしても、もう一度また呪文を唱えればいいだけのことよ。それで失敗したら、またまた唱えればいい。あたしたちは最後の最後の瞬間が来るまで、絶対にあきらめないからね!」
「絶対にあきらめない、か。……ククッ。助かる可能性など一割もないようなこの状況で、よくもまあそのようなことが言える。勇気があると言うより、単なる怖い者知らず、世間知らずの馬鹿者だ」
「なんですってぇ~!?」
「だが……そのような馬鹿者であったからこそ。貴様らは必要以上に恐れることも竦むこともなく、持てる実力を全て発揮することによってゲドゥルフを斃し。その復活を阻むことが出来たのかもしれぬな」
 小さく息を漏らしながら、芹沼は馬鹿にしきったような、そのくせどこか羨望に似たものが混ざったまなざしを聖たちに向けた。

 続いて彼はローブのふところから七色に輝くピンポン玉くらいの大きさの丸い宝石のようなものを取り出すと、それを熊さんに向けて無造作に投げつける。

「……? これは、転位の宝石!?」
 それを受け取った熊さんは、何故自分たちにこれをと言いたげな声をあげた。

 もちろんわけが分からないのは聖や賢悟、敦哉も同じだ。八つの疑問の視線に晒されて、芹沼はおどけるような仕草で軽く肩をすくめた。

「転位の宝石ならば、使うのに『転位』の呪文ほどの精神集中力は必要としない。これならば地下一〇階が潰れる前に、確実に地上に逃れることが出来よう」
「何故、これを私たちに渡す? 自分で使えば安全に地上に脱出出来る上、邪魔な私たちを労なくして葬れるだろうに」
「脱出だと?」
 熊さんの言葉に、芹沼は自嘲するように笑いながら応えた。

「脱出して、どうなる? 邪竜復活の儀式を行なうためには、ゲドゥルフの骨が発する瘴気が必要不可欠だ。だがその骨が地底深く沈んだ以上、ゲドゥルフを完全に蘇らせることはもうかなわない。私の野望はついえたのだよ」
 だとしたらもう、これ以上私が生き長らえる意味などはないではないか。そのようにつけ加えた芹沼に、聖たちは思わず声を失う。

「てめえ、まさかここで死ぬつもりかよ?」
 賢悟が気色ばむように叫んだが、芹沼はなにも応えない。
 だが応えないことがまた、賢悟の問いに対する答えでもあった。賢悟は怒りのため顔をまっ赤にして、さらに怒鳴り声をあげる。

「ふざけてるんじゃねえ! てめえには大勢の冒険者たちを殺してデッドマンなんぞにした罪と、義理とは言え自分の娘を生贄にしようとした罪を、刑務所の中で存分に償ってもらわなけりゃならないんだ! こんな所で死なせてたまるか!!」
 賢悟は芹沼に向けて手をのばし、がなりたてた。そんな賢悟に、芹沼は冷笑とも苦笑ともつかない奇妙な表情を向けてから、くるりと反対側を向く。

「なっ……!? どこへ行くんだてめえ、ふざけるんじゃ……」
 賢悟は怒鳴るように叫ぶと、力づくで芹沼を連れてこようとしたのか。跳ぶように勢いよく立ち上がった。

 だが、ますます激しくなるばかりの揺れには抵抗出来ず。すぐまたまともにすっ転ぶ。懲りずに再び立ち上がり、芹沼を追いかけようとする賢悟だったが。その腕を熊さんがしっかりつかんで止める。

「離して下さい、熊さん!」
「駄目だ。もう一刻の猶予もない。早く地上に戻らないと我々の生命も危険だ」
「で、でも……」
「ここで君があの男を助けることにこだわり続けていたら聖ちゃんや敦哉くん、愁貴くんに小夢ちゃんの生命も危険に晒すことになるんだぞ! 自分のわがままを仲間の生命よりも優先させることが、リーダーとして正しい行動だと思うのか!?」
「でもあいつはあんな奴だけど、芹沼さんの父親なんですよ? それを見捨てて自分たちだけ逃げ帰るなんて……。芹沼さんが目を覚ましたら、なんて言いわけをすればいいんです!?」
「かまわ……ない」
 賢悟の言葉に熊さんがなにか言い返そうとしたが。それよりも早く、か細く弱々しい声が、呟くように言ってきた。聖は思わず声のしたほうを振り返る。

「芹沼、さん? 目を覚ましたの?」
「義父にも、プライドがある。彼は、自分の生命と人生を賭けた、一世一代のギャンブルに敗れた。その上、犯罪者として裁きを受け、残りの人生を牢獄の中で過ごすような屈辱には、とても耐えられない。そういう人だから。あの人は」
 抑揚のない口調で、まるで国語の教科書かなにかを棒読みしているような喋りかたで、小夢は言う。だがきつく閉じられたそのまぶたの隙間からは、幾筋もの涙があふれ出るかのように流れ落ちていっているのを、聖たちは目にしていた。

「で、でも……」
「脱出して、お願い。ほんの少しでも義父を……守友さんを憐れに思うなら。どうかあのままにしておいてあげてほしい」
 なおも逡巡する賢悟に、小夢はきっぱりと言葉を続けた。

「それに……これで守友さんは、ようやく行けるのよ。その人生の中で愛したたった二人の人の……大切な奥さんと、邪竜ゲドゥルフを蘇らせてまで会いたいと思っていた本当の娘さんのいる所に。だから、そっとしておいてあげて。お願いだから」
「……」
 小夢の言葉に、賢悟は迷子になった幼い子供のような途方に暮れた表情を浮かべ、熊さんの顔を見上げた。そんな賢悟に、熊さんは優しく鷹揚にうなずいて見せる。それでようやく、賢悟は吹っ切れたように顔を上げた。

「熊さん、脱出してください」
「ああ」
 熊さんは首肯し、転位の宝石を高々と掲げた。魔力の霧が聖たち六人を包みこんでいくのに伴ない、地下一〇階の様子がだんだん薄らぎ、ぼやけていき始める。

「私が、こんなことを言える筋合いではないが」
 聖たちが転位する直前。芹沼がこちらを振り返り、口を開いた。

「小夢を……私のもう一人の娘のことを、どうかよろしくお願いする。この子は私と同じで弱い人間だ。誰か支えてやる人がいなければ、いつか知らず知らずのうちに、道を踏み外すことになるかもしれない。この私のように」
「承知した」
 聞こえたかどうかは分からないけれど。熊さんは大きくうなずき、応えた。

「さようなら、守友さん」
 小夢もぽつりと、呟くように言葉をこぼす。

 だがその言葉に返事が戻ってくることはなかった。その瞬間、芹沼がうねるような土砂に飲みこまれ、ゲドゥルフの骨と共に地底深くに沈んでいったからである。

 そしてそれが、聖たちが地下一〇階で目にした最後の光景となった。
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