週末は迷宮探検

魔法組

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「『死神の接吻』!!」
 芹沼は左手に持った杖の先を、きびすを返し走り出した敦哉と愁貴の背中にと向けながら、高々と声をあげる。

「woooo~ッ、nnnn……!」
 その刹那。芹沼の杖からはなんとも禍々しい色合いをした、大人の頭くらいの大きさをした炎の玉が一〇個ほど現れた。

 いや、炎の玉と言うより人魂だろうか。それらは一つ一つが、炎に包まれたドクロのような姿をしており。口々に悲鳴と哄笑の中間のようなおぞましいき声をあげながらやがて一つに合体し、ブドウの房のように固まっていく。

 おそらくあれは、『死神の接吻』の呪文効果が視角化されたものなのだろう。

 本来の『死神の接吻』はあのドクロ人魂一つ分に過ぎないと思われる。

 だが芹沼は呪文にアレンジを加えることで、大量に魔力を消費する代わりに『死神の接吻』のマルチタスクを……つまり同じ呪文をいくつも同時に起動させることを可能にしていた。

 それがあの、ブドウの房のごとくいくつも重なったドクロ人魂の群れとして現れたというわけである。はっきり言って不恰好だけれど、笑う気にはなれない。なにしろあのドクロ人魂一つ一つが、三〇パーセントの確率で死を招く死神なのだから。

 しかもそれが一〇個固まったことで、致死率は九七パーセント以上に跳ね上がっている。その接吻を受けたら、まず助からない。

「Kieeee~ッッ!」
 ドクロ人魂×10は甲高い奇声をあげながら踊るように宙を舞い、逃げる敦哉と愁貴を空から猛追してくる。

 厄介なことに『死神の接吻』は自動追尾型の呪文であり、一度目標を定めて撃ち放てば後は勝手に自分から目標めがけてぶつかっていく。
 しかもその滑稽な見かけによらず、ドクロ人魂×10の飛行スピードはかなり速い。二人はあっと言う間に追いつかれそうになった。

 絶体絶命的な状況だが。ただ一つ望みがあるとするなら、敦哉と愁貴が走りながらいまも唱え続けているなんらかの呪文だ。

 あの二人に『死神の接吻』を防ぐことが出来る呪文のストックはないはずなのだけれど。この状況であえて唱えている以上、なんらかの成算はあるのだろう。と言うかそう信じて祈ることしか、聖に出来ることはない。

「彼方よりの西風が、埋もれかけた時の声、届けにくる。いま走り出した王よ、耳を澄ませさあ、明日を導く声よ。悲しみ嘆く騎士に、一粒の元気、その種を。急げよ、涙に濡れし過去にはもう未練は捨てて立ち上がれ……『韋駄天』!」
 ドクロ人魂×10が背中のすぐ後ろまで迫り来たギリギリの刹那。かろうじて敦哉の呪文が解き放たれた。同時に彼は隣を走っていた愁貴を素早くお姫さま抱っこでかかえ上げると、思い切り大地を蹴りつける。

 次の瞬間。敦哉はこれまでとは比較にならない……バイクや自動車並みのスピードで地面を滑るかのごとき猛烈な勢いで加速したのだ。ドクロ人魂×10も当然その後を追うが、敦哉の速さにはかなわずぐんぐん引き離されていく。

 そうか。その手があったかと、聖は内心で指を鳴らした。
 敦哉が使った『韋駄天』はその名の通り、走るスピードを数倍から十数倍にアップさせる加速の呪文である。

 いかに致死率九七パーセントを誇るドクロ人魂×10といえども、目標物に命中しなければ効果はない。このまま敵の呪文が力を失い消滅するまで走って逃げ切ることが出来れば、敦哉も愁貴も死神の強引な接吻を受けずに済むのだ。

 とは言え。『韋駄天』は足を速くするだけで、体力まで底上げしてくれるわけではない。敦哉はあまり体力のあるほうではない上、いまは愁貴という荷物をかかえている。『死神の接吻』の効果が切れるまで逃げ続けることが出来るだろうか?

「……はあ、はあ。もう駄目です」
 案の定。敦哉はあっさりとスタミナが切れたらしく、聖たちの前方約五〇メートルほどの地点で立ち止まり。愁貴をおろすと両手両膝を地面につき、犬のように舌を出しながら情けなく息を切らしている。

 一方。ドクロ人魂×10はいまだ効果が切れる様子はなく、当然疲れた様子もなしに敦哉たちを追いかけてきていた。このままではあと数十秒もしないうちにドクロ人魂×10は再び敦哉たちに追いつくだろう。

「七つの夢がうつろう夜に、我が祖が君と結びし誓い。世界の窯で大地を燃やし、生命の器を形成すと。されど誓いは砕け散らん。せめて願うは仮初めなれど、誓いの欠片を我がしもべとし、共に願いを叶えんと……『大地の精霊召喚』!」
 だがそこで愁貴の呪文が完成。それによって地面の下から生えるように召喚されてきたのは、ノーム……大地の低級精霊が二体だった。

 ノームのうち一体は敦哉に、残りの一体は愁貴に向けてそれぞれ、両手のひらを捧げるようにかざした。その手からは温かな淡いピンク色の光が放たれて。敦哉と愁貴の身体を優しく包みこんでいく。

「よし、復活! 八島くんはどうですか?」
 数秒後。それまで息も絶え絶えだった敦哉はいきなり元気になって跳ねるように立ち上がると、傍らの愁貴に声をかけた。

「はい。なんとか大丈夫です。完治とまでは行きませんでしたけど、痛みはだいぶ収まってきました」
 愁貴も力強くうなずきながら応え。同時に二体のノームたちは自らの役目はもう終わったとばかりに、大地の中に溶けるように消えていく。

 なるほど。愁貴の唱えていた呪文はこれだったのかと聖は納得した。
 大地の低級精霊ノームは直接戦闘には向かないが、大地のエネルギーを取り入れることで怪我人を癒したり、体力を回復させたりすることが出来る。

 もっともそのどちらにせよ、僧侶の使うレベル一の治療・回復呪文『恵み』にも劣る程度の効果しかなく。従って、気休めよりはちょっとマシといった程度の役にしか立たないのだけれど。

 だがそれでも走り続けたことによる疲労回復と、傷の痛みを和らげるくらいのことなら充分に可能だ。
 体力が回復した敦哉は、愁貴に自分の背に負ぶさるよう指示した。愁貴が言われた通り敦哉の背中に飛び乗ると。敦哉は再び猛スピードで走り始める。
 彼らのすぐ後ろからは、ドクロ人魂×10が不気味な声をあげつつ迫ってくる。

 『韋駄天』の呪文の助けを得た敦哉の足の速さならば、すぐに追いつかれるということはないだろうが。『韋駄天』は永久に効果がある呪文というわけではなく、速く長く走れば走るほど、効果のほうも早く切れる。

 さらに敦哉の体力も長くは保たない。何度もノームによって体力を回復してもらうというわけにもいくまいし。この先『死神の接吻』から逃れるための秘策を、敦哉はなにか用意しているのだろうか?

 そんな聖の不安をよそに、敦哉はまっすぐ走り続けていた。

 聖と小夢がいる場所に向かって。

 もちろんその背後からは、ドクロ人魂×10が執念深く追い迫ってくる。一体敦哉はなにをするつもりなのかと、聖は訝らずにはいられない。

 まさか自分たちが助かるために、ドクロ人魂×10を聖と小夢に押しつけようとしているわけではないだろうけれど……。

 聖がそんなことを思っているうちに。敦哉は聖たちの脇をすり抜けて、そのまま後方へと走り去って行ったが。それを追いかけて、ドクロ人魂×10も聖たちのほうへとまっすぐ飛来してくる。

「ひえええぇぇっ!?」
 ブドウのように連なったドクロ人魂の集団という不気味な姿をすぐ近くで目の当たりにする羽目になって、聖は思わずそんな悲鳴をあげた。

 だがその一瞬後。複数の風船が続けざまに破裂したようなパンパン! という音がしたかと思うと。ドクロ人魂×10は不知火に似た揺らめきだけを残し、完全に消滅したのだった。

「……あ、そうか」
 数瞬の間、なにが起こったのか理解出来ずにぽかんとしていた聖だったけれど。すぐに状況を把握して、両手のひらを打ち鳴らした。

 ドクロ人魂×10が突然消滅したのは、聖が先程自分たちの周囲に張っておいた防御呪文、『無敵の盾』とぶつかったためなのだ。

 『無敵の盾』は敵の攻撃を一度食らうと消滅するのだが。その代わり精神系、物理系、魔法系などほとんどの攻撃を完璧に防ぐ。

 芹沼の唱えた『死神の接吻』は呪文にアレンジを施してあり、一発で本来の呪文一〇発分の効果を備えているが。それでも呪文自体は一発であることに変わりはないため、『無敵の盾』で完全に防ぐことが出来たというわけである。

 なるほど。敦哉も『死神の接吻』から逃れるためには『無敵の盾』の助けを借りるしかないと判断し。『韋駄天』で逃げ足を速くしたりノームの力を借りて傷や体力を回復させたりしながら、こうして聖のいる場所まで逃げてきたのだろう。

「……なっ、なにいぃ!?」
 一方。芹沼は必殺の確信をこめて唱え放った呪文があっさりと霧消したのを目のあたりにして、信じられないと言うように、驚愕の声をあげた。

「馬鹿な! レベル三二の魔法使い系呪文に、この私が独自のアレンジを加えて構築し直したほとんどオリジナル同然の呪文だぞ!? それをこんな小僧二人がここまで短い時間で無効化出来る出来るわけが……」
「確かに、レベル一七の魔法使いであるボクや、レベル二の召喚士でしかない八島くんでは、あの呪文を防ぐのは無理だったでしょうね」
 敦哉は再び芹沼のすぐ近くまで駆け戻ると、愁貴を地面に降ろし。額に浮かんだ汗を手の甲でぬぐいとりながら、口角を跳ね上げつつ言葉を重ねる。

「しかしボクたちスカイ5には、どんな攻撃でも防ぐことの出来る防御系の呪文を唱えられる僧侶がいるんですよ。性格が悪くて、仲間を仲間とも思わずに理不尽な暴力を振るってばかりいる、ゴリラのような僧侶ですがね」
「そ、そうか。『無敵の盾』か……」
 無意味に胸を張って偉そうに言う敦哉に、芹沼は血が出るほど強く奥歯を噛み締めながら独り言ちるように呟く。

「だが『無敵の盾』は、一度しか攻撃を防ぐことは出来ない。しかも私の見たところそちらの僧侶の小娘は魔力が尽きているようだ。もう『無敵の盾』を唱えることは出来まい。私がもう一度『死神の接吻』を放ったら、逃れることは不可能だ」
「確かにね。ですがあの呪文は致死率を極端に高める代わりに、魔力を大量に消耗します。しかも一発の呪文に一〇発分の魔力をこめることで、精神と身体に相当負担をかけると見ました。二度も三度も唱えられるとは到底思えないのですが?」
 敦哉の指摘が図星だったのか、芹沼は一瞬うっと言葉に詰まったが。すぐにふてぶてしい余裕の表情に戻ってフンと鼻を鳴らす。

「小僧。仮に貴様の言う通りだとしても。私はまだまだ貴様らを簡単に殺すことが出来る程度の呪文のストックはいくつもある。『死神の接吻』さえ封じれば私に勝てるなどと思うのは、少々考えが甘いと思うがな」
「ええ。もちろんそれだけであなたに勝てるとは、ボクも思っていませんよ」
 負け惜しみめいた芹沼の言葉に、敦哉は不適に笑って見せつつ応える。

「ですがこれまでの戦いですでにいくつか、あなたの弱点は見抜いています。そこを突けばあなたに勝つことも、さほど難しくはないとボクは踏んでいるのですよ」
「……抜かしたな、小僧! 貴様ごときが本気で私に勝てると思っているのなら試してみるがいい!!」
「言われるまでもありませんよ!」
 敦哉は短く叫ぶと愁貴共々呪文を唱えながら、芹沼に向かい突進していく。

 芹沼もそれに対抗して呪文を唱え始める……かと思いきや。左手に持った杖を振り上げようとはせずに。右肩に怪我をしているにも関わらず右手を持ち上げて、万能棒《拳銃》を構えた。

 アレンジ版『死神の接吻』を唱えたことで魔力を大量に消耗したため、呪文を唱えるための魔力が尽きたのだろうか。

 いや。スカイ5全員を倒した後に、邪竜封じの結界を破るための儀式魔法を続行することを考えて、魔力を節約しようとしているのかもしれない。

 そんな芹沼に向けて、肩を並べて走り続けていた敦哉と愁貴だったが。やがてどちらからともなく互いに顔を見合わせるとこくりとうなずきあって、左右にと分かれ。それぞれ反対側から芹沼のほうに走って行く。

「弱点その一。先程も言ったことですが、多対一の戦いに慣れておらず。一人の敵に気を取られると、その他の相手への対応がおろそかになる」
 敦哉はぽつりとそのように呟くと杖を芹沼のほうに向けて、レベル二の魔法使い系攻撃呪文である『火の矢』を撃ち放った。

 その威力は、プロのサッカー選手が思い切り蹴ったボールが当たったくらい。
 高レベル魔法使いである芹沼なら身にまとっている霊的障壁を少し強めれば、多少痛みは感じるにせよダメージなど、あっさり防げてしまえる程度の呪文だ。

 なので敦哉は、この呪文で芹沼をどうこうしようとは考えていないはずだ。おそらく、この攻撃は牽制。芹沼の注意を自分に向けることで愁貴から気を逸らさせた後。愁貴の呪文でとどめを刺すという目的だと思われる。

 しかし。いかに多対一の戦いが得意でないとは言え、仮にも元・本職冒険者でかつ元・宮廷魔術師。さすがに同じ手が何度も通用するとは思えない。

 そんな聖の予想を裏付けるように。芹沼は冷静に杖を振るうと、敦哉の呪文のほころび部分に干渉することで『火の矢』をあっさり無効化。続いてすぐに愁貴のほうにと向き直ると。

 万能棒《拳銃》の撃鉄を起こして、銃口を愁貴の額めがけてまっすぐに向け。そのまま無造作に引き金を引いた。
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