週末は迷宮探検

魔法組

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 邪竜の地下迷宮がある区画は、瞑竜町一三区と呼ばれているのだが。そこから南に二キロほど離れた場所には、小さな商店街がある。

 ここは迷宮探検に挑む冒険者らが装備を整えたり、水や食料、薬草やマジック・アイテムなどを買ったりするための店や。外国や遠い地域から来た人間のための宿泊施設などが建ち並んでいる、通称を『冒険者通り』という道なりだ。

 冒険者通りだからと言って、冒険者以外の人間が利用してはいけないなどという決まりはないのだが。この商店街を歩いているのはほとんどが冒険者であった。

 それも無理のない話ではある。
 なにしろ剣を背負ったいかつい顔つきの戦士や魔法使いのローブをかぶった男女、覆面で顔を隠した盗賊や忍者など。他の場所だったら三秒でパトカーが飛んできそうなほど怪しい格好をした連中が、山ほどうろつき回っているのだから。

 聖はもう見慣れているのでなんとも思わないが。普通の暮らしをしている人たちでは怖くて、とても足を踏み入れる気にはなるまい。

「ずいぶんと遅くなっちゃった。みんな怒ってるだろうなあ」

 冒険者通りに建ち並ぶ店の一つ。『冒険者たちの酒場』という看板の掲げられた飲食店の中に足を踏み入れながら、聖は小さく息をこぼした。
 『酒場』という名前こそついているものの、どちらかと言えばファミリーレストランのような店構えだ。
 未成年者には酒を出さないことになっているし。軽い食事やノンアルコール飲料もとれるので、高校生が入っても別段問題はない。そのため聖たちは仲間と待ち合わせをしたり、冒険後に一休みしたりするためにこの店をよく利用していた。

「あっ……、いたいた。ごめんねえ、待った?」
 店内をキョロキョロ見回しながら歩いていると。奥のほうの隅っこの席で、ほとんど空っぽのグラスを前に所在無さげに座っている見知った二つの顔を見つけたため。聖は急いで彼らの元へと駆け寄りつつ声をかけた。
 一人は、聖と同じくらいの年頃の少年で。左腰に細身の刀を差し。厚手のシャツとズボンの上から、頑丈な割に軽量なチタン合金製の胸当てに肩当てと腰当て、手甲を身に着けている。
 もう一人はそれより二歳か三歳ほど年下。フードつきの黒マントを頭からスッポリとかぶり、樫の木製のねじれた杖を持った小柄な魔法使いふうの少年だ。
 聖は二人に向けて舌を出し、てへへと愛想笑いを浮かべて見せたが。残念ながら彼らのほうはその笑顔に呼応してはくれず。前科二〇犯の結婚詐欺師でも見るような表情を浮かべ。聖の顔をジト目で睨みつけてくるだけだった。

「待ったに決まってるだろうが。バカ」
 吐き捨てるような口ぶりで言ってきたのは、腰に刀をいた軽戦士ふうの少年。聖と同じく清廉学園高等部一年生の砂川賢悟すなかわ けんごである。
 身長は一七〇センチほどで、体重は五〇キロに少し足りないくらいという、スリムで体脂肪が少なそうな体型をしている。涼しげな目元に意志の強そうな太い眉。金色っぽい茶色をした長めの髪の毛などが特徴か。
 外見はそれなりに男前なのだが。男ばかり五人兄弟の末っ子という環境で育ったためか、性格のほうはがさつで乱暴で愛想なし。女の子相手でもいたわったり気を遣ったりすることなどはほとんどないような、唐変木の朴念仁野郎であり。
 現在聖が所属している週末冒険者のパーティー、チーム名『スカイ5』の設立者でありリーダーでもあった。

 冒険者としての職業は侍。剣や刀といった多種多様な武器を使いこなすことが出来る上、限定的ながら魔法使い系の呪文も使用出来るという戦士系の上級職だ。
 賢悟は冒険者登録が出来るようになる年齢である一〇歳の時から父親や兄たちに連れられて、この迷宮で戦士として冒険を続けていたとのことで。そのため聖と同じ年ながら、冒険者歴はすでに六年になろうとしている。
 中学生になってからは、いくつかの本職冒険者のパーティーに臨時メンバーとして修行がてら参加させてもらっており。そのため半年前まではレベル二四という、週末冒険者としては異例の高レベルにまで達していたほどの実力者なのである。
 だが賢悟は、瞬発力や敏捷力なら本職の冒険者にも引けを取らないほど優れている反面。単純な体力や持久力に関しては、冒険者ではない一般的な同年代の男性と比べてさえ『かなり劣る』という、相当に偏った身体能力の持ち主だった。

 さらに防御面でも不安がある。
 長所である敏捷性を生かすためと、体力不足のせいで重い鎧はつけられないため。賢悟は戦士としては必要最低限の、ごく軽量な防具しか装備していない。
 そのお陰で素早く動き回ることが出来、敵の攻撃を躱しやすいのであるが。元々体力値が低い上に貧弱な装備しか身に着けられないため、防御力は恐ろしく弱く。一度でもまともに攻撃を食らうと、大ダメージを受けることになる。

 レベルが上がっていくにつれて、体力や防御力も少しずつ上昇してはいくのだけれど。その上がり幅は他の戦士系の冒険者たちと比べても明らかに小さかった。
 このまま戦士として冒険者を続けていても、遠からず限界が来る。そのことを痛感した賢悟は半年前。冒険者として独立したのを機会に、戦士系の上級職である侍へと転職クラスチェンジすることを決めたのだという。

 侍となり魔法使い系の呪文を使用出来るようになれば、体力が尽きた場合でも呪文による攻撃に切り替えることが出来るし。防御力を上げたり敵の攻撃を防いだりする呪文を併用すれば、受けるダメージをいくらか減らすことも出来るからだ。
 だが転職は新たな能力を得られるというメリットもあるが、リスクも大きい。と言うのも転職した場合、それまでに身に着けていた特殊能力は残るが。能力が成長したり、新たな能力を覚えたりすることはなくなるのである。

 たとえば魔法使いや僧侶が呪文使用者スペルユーザー以外の職業に転職すると。転職する以前に覚えた呪文は忘れないが。呪文の威力をパワーアップさせたり新たな呪文を覚えたりすることは、出来なくなるのだ。
 また肉体的な能力やそれまでの戦いで得た経験はほとんどが失われて、レベルも一からやり直しである。さすがに全くの初心者並みにまで能力が落ちることはないが。それでも転職前の半分以下にまでパワーダウンすることは避けられない。

 おまけに侍や忍者、賢者や君主ロードなどの上級職は、戦士僧侶魔法使い盗賊といった一般職よりもかなり成長のスピードが遅く。なかなかレベルアップ出来ないという特性があった。
 現にこの半年で、聖は僧侶としてレベル四にまで上がったのに。賢悟は依然としてレベル一のままなのである。
 と。聖がそんなことを思っている間にも賢悟は目を半白にしつつ、ねっとりした視線を聖に向け続けていた。もちろん、盛大に遅刻してきた聖を責めるように。
 まるで物理的な圧力さえ伴っているかのような非難の視線に耐えかね。聖はそっぽを向きながら、今日はいい天気ねえなどと世間話で気をそらそうとした。
 もちろん、賢悟はそんな話になど乗ってはくれず。さらにただただ、無言で白い視線を送ってくるだけだったが。

「ごまかそうとしても駄目ですよ、神代さん」
 はてさて。どうやって謝れば許してもらえるのやら。そう思い、途方に暮れている聖を馬鹿にするように。黒マントとフードを身に着けている二人目の少年がフンと鼻を鳴らしながら、横からイヤミったらしく口を開いてくる。

「以前から思っていたのですがね。あなたは約束の時間というものをなんだと思っているのですか? 午後の五時集合だとあんなに口を酸っぱくして言っておいたのに。いまが何時か分かっているんですか? 七時! なんと七時なんですよ?」
「うう……ごめん」
「ごめんで済んだら警察はいりませんよ。五分や一〇分ならともかく、二時間も仲間を待たせるなんて信じられませんね。なにを考えているんです? その頭からは常識とか良識といったものがスッポリ抜けているのではないですか?」
「ぐぅ~」
 なにも言い返すことが出来ずに聖がしょんぼりうなだれていると。少年は嘲笑うかのごとく勝ち誇った笑みを浮かべ、なおもネチネチと文句を垂れ続ける。

 この少年もまた、スカイ5のメンバーの一人だ。清廉学園中等部に通う二年生の一四歳で、名前を吉田敦哉よしだ あつやという。
 若いくせに物腰も態度も言葉遣いも悪い意味で年寄り臭く。他人がちょっと失敗するとあげ足を最大限にとり、小姑のように皮肉やイヤミばかり言ってくる生意気なガキんちょである。
 身長は一四五センチ。筋肉のほとんどない細い身体を黒いローブで覆い、顔もその半ばまでをフードで隠しているので、はたから見ると怪しいことこの上ない。
 もっともこの冒険者通りには怪しい見かけの奴など掃いて捨てるほどいるので、そういう意味では珍しくもなんともないけれど。
 基本的な顔だちは決して悪くないのだが。目の奥には驕慢と卑屈が同居しているかのような怪しげな光が点り。口元は常に他人を冷笑するかのように大きくひん曲がっているため、まともに向き合うとかなり醜く見える。
 また、フードをかぶっていると分からないが。腰まで伸ばしているオールバックの髪の毛は半分若白髪が混じっており、一四歳にして見事なロマンスグレー。
 さらに。剃っているのか、それとも自然になのかは知らないが眉毛が一本もなく。そのため目がなんとも腫れぼったく見えていた。

 職業は魔法使い。主に攻撃呪文を操ることが専門の、魔法使い系呪文使用者だ。しかもまだ一〇代前半であり、聖と同じく半年前に週末冒険者になったばかりだと言うのに、レベルはすでに一七にまで達している。
 上級職ほどではないが。魔法使いや僧侶と言った呪文使用者は、戦士や盗賊などの非呪文使用者に比べるとレベルアップが難しい。
 にも関わらず。たった半年でレベル一七にまで上がったということは、敦哉が魔法使いとしてかなりの才能を有しているということを意味する。

 実際、敦哉の魔法の腕前は相当なもので。聖にせよ賢悟にせよ、これまで彼の呪文に助けられたことは一度や二度ではない。これでもう少し性格が良ければ実に頼りになる仲間なんだけどなと、聖はため息混じりに思わずにはいられなかった。

 その敦哉は、聖がなにも言い返さないのをいいことに調子に乗って。鼻の穴を大きく膨らませながら、なおも嬉しそうに聖に対して文句を言い続けている。
 よくもまあ、そこまで悪口のネタがあるものだと感心するほどに。

 自分が遅刻したのが悪いのだからと、聖も最初のうちは殊勝に我慢していたのだけれど。その毒舌が聖の遅刻を離れて生活態度の悪さから容姿性格への誹謗ひぼう、さらには人格攻撃にまで至ると、さすがにぶち切れた。
「うるさい! いい加減にしろ!!」
 敦哉の頭をグーで思い切り殴りつけながら、聖は怒鳴りつけた。

「黙って聞いてりゃ、さっきから好き勝手なことをポンポンと言いくさって! こっちだって悪かったと思ってるから、ごめんなさいって謝ってるんじゃない! そろそろ許してくれたらどうなの!?」
「そ、それが人に許しを請う態度ですか!?」
 殴られた頭を痛そうに押さえながら、一転しておどおどと。弱気な口調になって敦哉は言う。
 立場の弱い者が相手なら草原のライオンよりも強気になれるが。強者相手だと罠にはまって動けなくなったウサギより弱気になるのが、彼という人間だ。

「砂川さんもなにか言って下さいよ。神代さんはひどいと思いませんか? 自分が遅刻してきたくせにあんなに威張って、しかも暴力まで振るってくるなんて!」
「そうだな。ひどいひどい」
  敦哉は助けを求めるように、賢悟のほうに向き直り訴えかけたが。当の賢悟は呆れたように口唇の端をしかめながら、おざなりな返事をかえしただけだった。

 彼も聖の遅刻には少なからず腹を立てていたはずなのだが。横で敦哉のイヤミったらしい文句を長々と聞かされ続けたお陰で、すっかり白けてしまったようだ。
 逆に敦哉は、必ず来ると信じていた援軍が行軍の途中で昼寝をしていると知らされた軍師のような、憤然とした表情を浮かべた。

「そんな無責任な言いかたがありますか! 砂川さんは仮にもボクたち四人の仲間を束ねるリーダーなんですよ? なのに仲間が理不尽な暴力を受けたのを目の当たりにしながら、ひどいの一言で済ませるだけなんて!」
 敦哉は口から大量の唾を吐き出しつつ、ここぞとばかりに非難の声をあげる。
「そんな態度では、リーダーとしての自覚や資質があるのかと問いただされても仕方がありませんよっ!! 前から言おう言おうと思っていたのですがね。ボクは砂川さんのそういうところが、人間としてもう終わっていると言うか……」
「どやかましい!」
 なおも恨みがましく、なにやら延々と言いつのろうとする敦哉を、賢悟はその言葉と左手の一撃で一瞬にして黙らせた。

 無論手加減はしているのだろうが。チタン合金製の手甲がついた手でいきなり脳天を殴られたのだから、たまったものではない。
 敦哉は目をナルト模様のようにグルグル回しながら手足を大の字に伸ばし。頭頂部から噴水のごとく血を噴出させつつ、床の上であお向けにひっくり返った。

「ねえ、砂川くん。ところで熊さんと愁くんはどうしたの? 姿が見えないみたいだけど。もしかして遅刻?」
 聖は気絶している敦哉の身体の上をわざわざ踏みつけるようにして歩きながら、賢悟の向かいの席へと腰掛け。パーティー仲間である残り二人のことを尋ねた。

「まさか。お前じゃあるまいし」
 聖の言葉を聞いて、賢悟は苦笑いを浮かべながら応える。
「じゃあどうしたのよ。トイレ?」
「違うよ。二人は……あ、丁度帰ってきたみたいだ」
 言って賢悟は聖の真後ろ、酒場の入り口のほうを指で差して見せる。

 聖が後ろを振り返ると、そこには年齢と体格にかなりの差がある……しかしどこか共通した温かく優しい雰囲気を持った二人の男性が、手を振りながらこちらに近付いてくる様子を見ることが出来た。
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