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8 男の子が細かいことを気にするものではありません!
しおりを挟む「ええと、お姉ちゃん? この封筒、一度破った後にセロハンテープでくっつけ直したような跡があるんだけど?」
一方の眉をひそめて片目をすがめ、反対側の眉は跳ね上げながらもう一つの目を丸くするという地味に器用な表情を浮かべながら、どこか困ったような口ぶりで駿介がそのように尋ねてきます。
「そうですか」
「いや、そうですかじゃなくてね……」
「男の子が細かいことを気にするものではありません! 立派な大人になれませんよ」
なんとなく、木で鼻をくくったようなつっけんどんな返事になってしまうわたしでした。それを聞いた駿介は不満そうに、ジト目でこちらを睨めつけてきましたが、わたしが知らんぷりを決めこんでいるとやがて諦めたのかそれ以上はなにも言ってこようとはせず、黙って封筒を開き直して中の便せんを取り出します。
しばらくの間、駿介はソファに座っておとなしく手紙を読んでいました。わたしは関心のないふうを装い、たまたま近くにあった競馬新聞などを広げながらも、時折ちらほらと彼の様子をうかがいます。
ぐむむむ……意外にも、結構真面目に読んでいるようなのが気になりますねえ。でもまあしょせんは、小学生相手に恋愛しようなどと不埒なことを考えている変質者女が書いたキモラブレター。どうせすぐに鼻でせせら嗤ってその辺に放り出して、そのまま忘れてしまうに決まっている……と思うのですが。
さて。それからどのくらいの時間が経過したのでしょうか。気がつくと駿介は手紙をソファ前のガラステーブルの上に広げて置いてから立ち上がって、先程ソファに投げ捨てていたスマホを拾い上げました。それから再び腰掛けると、時折手紙のほうをちらちら眺めながらどこかに電話をかけ始めたのです。
ああ。そういえば、末尾に自分のスマホの電話番号を記してあるとルルの手紙には書いてありましたっけね。それを見て電話をかけているということは……。
あっ!? もしかしたら駿介はルルと直接話して、自分の口から『あなたとおつきあいするつもりは金輪際ありませんから! もう二度とこんな気持ち悪い手紙なんか送ってこないで下さい』と断ろうと思っているのでしょうか?
なあんだ。駿介も案外水臭いですねえ。そんなものはわたしに任せてくれればいいですのに。
駿介。ルルにはわたしからしっかりと断っておきますから、あなたはなにも言わなくていいです。
わたしは立ち上がり、そのように口を開きかけましたが。それよりも一瞬早く回線がつながったらしく、もしもしどちらさまですかぁというアホっぽく間延びした女の子の声がわたしの耳にも届いてきました。
やっぱりルルの声です。わたしは駿介からスマホを取り上げて、『残念ですが、駿介はあなたとおつきあいするつもりはないそうです』と告げるために手を伸ばしかけましたが。
「あの。高内さん、ですよね? ぼく、宮部駿介です。お手紙、読ませていただきました。その、とても嬉しかったです。はい。……はい。……はい。……え? 返事ですか?」
その一瞬後。駿介がどこか浮わついた口調で言葉を発したため、わたしの手は宙で空をつかんだままぴたりと止まってしまいました。しかもあろうことか。そこまで言ってから駿介は一拍置いて顔を上気させ声を弾ませたかと思うと、さらにこのように言葉を続けたのです。
「ああ、はい。もちろんOKです」
と。
……うぅええええぇぇ~っっ!?
駿介の言葉を聞いて、わたしは思わず内心で悲鳴混じりの叫び声をあげてしまいました。
いま駿介はなんと応えたのでしょうか? わたしの耳と頭と気が確かならば彼はいまさらりと『OKです』と応えたような気がするのですが!? マジかよおい。
駿介とはもう一〇年のつきあいですが、まさかあの子がこんなに趣味が悪いとは思いもしませんでした。いまだスマホに向かってなにやら楽しげに喋り続けている彼を横目で見つつ、わたしは頭がくらくらとしてくるのを覚え、そのままがっくり床に膝をついてしまいます。
いえ、吞気に脱力なんかしている場合ではありません。ここは姉として人生の先達として、考え直すよう、駿介を説得することに全力を尽くさなければならないでしょう。
駿介は聡明な子ですから、わたしが理と言葉を尽くして誠実に語りかければ、自らの過ちに気づいてルルとの交際を破棄してくれるに違いありません! 意を決したわたしはすっくと立ち上がり、折り良く『それじゃあ、また』と言って電話を切った彼のもとにと歩み寄っていきます。
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