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2章 森の中の生活

2-8.きっかけ(4)

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 ルークは里に戻ると、クロエをそのまま叔父の家に連れて行った。クロエがこのあとも里に残るのであれば、他の者にもそう伝えなければならない。とりあえず、一番身近な叔父一家に伝えておくべきだと考えた。ノックして扉を開けると、食卓を囲んでいた叔父一家は二人を見て、驚いた声をあげた。

「ルーク? その子は」

「クロエだ。森にいた」

 ブルーノの問いにルークは簡単に答えた。それだけで回答としては十分だった。誰かを連れてくるとしたら、それはつがいということだ。ルークはクロエを椅子におろしながら言った。

「叔父のブルーノと、その番のリーシャ。あと、娘のレナと息子のティム」

 リーシャは呆れた様な声を出した。

「最近こちらに来ないと思ったら、どうして早く私たちに会わせてくれなかったの。それに服も……、これあなたのよね。私のをあげるからきちんとしたのを着せてあげなさいよ」

 にっこりと微笑みながらクロエの顔を覗きこむ。

「よろしくね」

 クロエは「よろしくお願いしま」と途中まで声を出しかけて、息を飲んだ。
 目の前で微笑む一回り程年上だと思われる彼女の顔は、右半分は痘痕あばたで覆われていて、腫れたまぶたが右目を隠していたからだ。

「ああ――あなたも『外』から来たのだものね。驚くわよね」

 リーシャは顔の右側に手を当てると、視線を落とした。番の心に浮かんだ波を察知したブルーノは彼女の肩に手を回し、抱き寄せた。状況を把握していないルークは視線を泳がし、首を傾げる。

「ごめんなさい……」

 口ごもるクロエに、リーシャは再び視線を上げて微笑んだ。

「いいのよ」

 それからクロエの首元に顔を近づけると不思議そうな顔をした。

「――あら、『あかし』はまだなのね」

「『証』?」

「番の、証」

 リーシャは自分の首元を見せた。そこには噛み跡のような赤い痣があった。

「――クロエは怪我がまだ治っていないから。そういうのは彼女の足が良くなってから、とりあえず、二人には紹介しておこうと思って」

 ルークが間に入る。

「番って」
 
 クロエは呟いた。

(妻のことって言ってたわよね。その証ってなんのこと)

 状況が理解できなかったが、自分がその言葉を快く感じていることに気がついて、顔を両手で押さえた。顔が熱い気がする。クロエの反応にブルーノとリーシャは怪訝な顔をする。
 
一瞬沈黙が流れる。椅子に座ってじっと大人のやりとりを見ていた姪っ子が「ご飯食べようよ!」とスプーンで卓上の器を叩いたのでクロエは噴き出した。ルークも笑った。

「食事一緒にいい?」

「冷めちゃうものね。着替えはご飯を食べてからね」

 リーシャは慌ててかまどへ向かうと、湯気が立った鍋を運んできた。リーシャ、娘、クロエの前にはスープとふかした芋が並べられる。ブルーノは立ち上がると奥に行き、肉の塊を抱えてくると半分に裂き、ルークの前にどんと置いた。

「寝かしといたこの前の熊だ。まあ、とにかく祝いだな。酒も出すか」

 ルークは苦笑した。

「そういうのは、きちんと今度でいいよ」

「そうか?」

 ブルーノは、まだ小さい息子を膝に乗せると、肉を千切ってその小さい赤茶の狼の口元に運んだ。クロエはその子どもを見て目を瞬いた。

「かわいい。その子は赤毛なのね」

 ルークとブルーノは銀色の毛並みだ。リーシャは顔を綻ばせると娘の赤毛の頭を撫でた。

「子どもたちは私似ね」

 子狼は口元に運ばれる肉をがじがじとかじると、喉奥から「もっとー」と声を漏らした。口元には白い小さい牙が見える。姪の少女はクロエの隣に座ると興味深々といった風に聞いてきた。

「おねえさんは外から来たの?お母さんと一緒?」

「そうね。外から」

「外はどんなところ?」

「――大きな家に住んでいたわ」

「どのくらい?」

「このお部屋が100くらいはあるかしら」

「ひゃく」

 少女は指を律義に10回折ると、目を広げた。

「すごーい」

 クロエはくすりと笑った。誰と温かい食事を囲むのはいつぶりだろうか。

 食事が終わると、クロエは奥の部屋に運ばれた。リーシャがルークを外に追い払うと、麻でできたドレスを持ったきた。袖と襟元に刺繍がされている。
「私のだけど、いいかしら」

「ありがとうございます」

 ルークの上衣をワンピースのように着ていたので、きちんとしたものを着れるのは有難かった。ルークに見せると、彼は「いいんじゃないか」と頷いた。

「ここの人たちは、あんまり衣装を気にしないのよね」

 リーシャはふふ、と笑った。

 ***

 ルークはクロエを背負って家に戻った。その道すがら聞いてみる。

「ねえ、番の証って、」

「番になるとき、首に噛み跡を残すんだ。――ここにいるのは、俺たちとその番と、その子どもだけだ。子どもも皆将来のだれかの番で――だから、ここに住むなら、俺の番ってことにしないと――」

(『番ってことにしないと』ってのはおかしいよな)とルークは言いながら唸った。番ははじめから決まっている相手、する・しないではないはずだ。

「噛む」

 クロエは思わず背中から、自分を背負う狼の口元を見た。牙が光る。

「――嫌なら、別にしなくても」

「嫌じゃないわ」

「え」

「――嫌じゃないわ」

 目の前の灰色の毛に顔を押し付けた。
 
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