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1章 ことのはじまり
1-13.外へ
しおりを挟む ルークは里に戻ると、クロエをそのまま叔父の家に連れて行った。クロエがこのあとも里に残るのであれば、他の者にもそう伝えなければならない。とりあえず、一番身近な叔父一家に伝えておくべきだと考えた。ノックして扉を開けると、食卓を囲んでいた叔父一家は二人を見て、驚いた声をあげた。
「ルーク? その子は」
「クロエだ。森にいた」
ブルーノの問いにルークは簡単に答えた。それだけで回答としては十分だった。誰かを連れてくるとしたら、それは番ということだ。ルークはクロエを椅子におろしながら言った。
「叔父のブルーノと、その番のリーシャ。あと、娘のレナと息子のティム」
リーシャは呆れた様な声を出した。
「最近こちらに来ないと思ったら、どうして早く私たちに会わせてくれなかったの。それに服も……、これあなたのよね。私のをあげるからきちんとしたのを着せてあげなさいよ」
にっこりと微笑みながらクロエの顔を覗きこむ。
「よろしくね」
クロエは「よろしくお願いしま」と途中まで声を出しかけて、息を飲んだ。
目の前で微笑む一回り程年上だと思われる彼女の顔は、右半分は痘痕で覆われていて、腫れたまぶたが右目を隠していたからだ。
「ああ――あなたも『外』から来たのだものね。驚くわよね」
リーシャは顔の右側に手を当てると、視線を落とした。番の心に浮かんだ波を察知したブルーノは彼女の肩に手を回し、抱き寄せた。状況を把握していないルークは視線を泳がし、首を傾げる。
「ごめんなさい……」
口ごもるクロエに、リーシャは再び視線を上げて微笑んだ。
「いいのよ」
それからクロエの首元に顔を近づけると不思議そうな顔をした。
「――あら、『証』はまだなのね」
「『証』?」
「番の、証」
リーシャは自分の首元を見せた。そこには噛み跡のような赤い痣があった。
「――クロエは怪我がまだ治っていないから。そういうのは彼女の足が良くなってから、とりあえず、二人には紹介しておこうと思って」
ルークが間に入る。
「番って」
クロエは呟いた。
(妻のことって言ってたわよね。その証ってなんのこと)
状況が理解できなかったが、自分がその言葉を快く感じていることに気がついて、顔を両手で押さえた。顔が熱い気がする。クロエの反応にブルーノとリーシャは怪訝な顔をする。
一瞬沈黙が流れる。椅子に座ってじっと大人のやりとりを見ていた姪っ子が「ご飯食べようよ!」とスプーンで卓上の器を叩いたのでクロエは噴き出した。ルークも笑った。
「食事一緒にいい?」
「冷めちゃうものね。着替えはご飯を食べてからね」
リーシャは慌てて竈へ向かうと、湯気が立った鍋を運んできた。リーシャ、娘、クロエの前にはスープとふかした芋が並べられる。ブルーノは立ち上がると奥に行き、肉の塊を抱えてくると半分に裂き、ルークの前にどんと置いた。
「寝かしといたこの前の熊だ。まあ、とにかく祝いだな。酒も出すか」
ルークは苦笑した。
「そういうのは、きちんと今度でいいよ」
「そうか?」
ブルーノは、まだ小さい息子を膝に乗せると、肉を千切ってその小さい赤茶の狼の口元に運んだ。クロエはその子どもを見て目を瞬いた。
「かわいい。その子は赤毛なのね」
ルークとブルーノは銀色の毛並みだ。リーシャは顔を綻ばせると娘の赤毛の頭を撫でた。
「子どもたちは私似ね」
子狼は口元に運ばれる肉をがじがじとかじると、喉奥から「もっとー」と声を漏らした。口元には白い小さい牙が見える。姪の少女はクロエの隣に座ると興味深々といった風に聞いてきた。
「おねえさんは外から来たの?お母さんと一緒?」
「そうね。外から」
「外はどんなところ?」
「――大きな家に住んでいたわ」
「どのくらい?」
「このお部屋が100くらいはあるかしら」
「ひゃく」
少女は指を律義に10回折ると、目を広げた。
「すごーい」
クロエはくすりと笑った。誰と温かい食事を囲むのはいつぶりだろうか。
食事が終わると、クロエは奥の部屋に運ばれた。リーシャがルークを外に追い払うと、麻でできたドレスを持ったきた。袖と襟元に刺繍がされている。
「私のだけど、いいかしら」
「ありがとうございます」
ルークの上衣をワンピースのように着ていたので、きちんとしたものを着れるのは有難かった。ルークに見せると、彼は「いいんじゃないか」と頷いた。
「ここの人たちは、あんまり衣装を気にしないのよね」
リーシャはふふ、と笑った。
***
ルークはクロエを背負って家に戻った。その道すがら聞いてみる。
「ねえ、番の証って、」
「番になるとき、首に噛み跡を残すんだ。――ここにいるのは、俺たちとその番と、その子どもだけだ。子どもも皆将来のだれかの番で――だから、ここに住むなら、俺の番ってことにしないと――」
(『番ってことにしないと』ってのはおかしいよな)とルークは言いながら唸った。番ははじめから決まっている相手、する・しないではないはずだ。
「噛む」
クロエは思わず背中から、自分を背負う狼の口元を見た。牙が光る。
「――嫌なら、別にしなくても」
「嫌じゃないわ」
「え」
「――嫌じゃないわ」
目の前の灰色の毛に顔を押し付けた。
「ルーク? その子は」
「クロエだ。森にいた」
ブルーノの問いにルークは簡単に答えた。それだけで回答としては十分だった。誰かを連れてくるとしたら、それは番ということだ。ルークはクロエを椅子におろしながら言った。
「叔父のブルーノと、その番のリーシャ。あと、娘のレナと息子のティム」
リーシャは呆れた様な声を出した。
「最近こちらに来ないと思ったら、どうして早く私たちに会わせてくれなかったの。それに服も……、これあなたのよね。私のをあげるからきちんとしたのを着せてあげなさいよ」
にっこりと微笑みながらクロエの顔を覗きこむ。
「よろしくね」
クロエは「よろしくお願いしま」と途中まで声を出しかけて、息を飲んだ。
目の前で微笑む一回り程年上だと思われる彼女の顔は、右半分は痘痕で覆われていて、腫れたまぶたが右目を隠していたからだ。
「ああ――あなたも『外』から来たのだものね。驚くわよね」
リーシャは顔の右側に手を当てると、視線を落とした。番の心に浮かんだ波を察知したブルーノは彼女の肩に手を回し、抱き寄せた。状況を把握していないルークは視線を泳がし、首を傾げる。
「ごめんなさい……」
口ごもるクロエに、リーシャは再び視線を上げて微笑んだ。
「いいのよ」
それからクロエの首元に顔を近づけると不思議そうな顔をした。
「――あら、『証』はまだなのね」
「『証』?」
「番の、証」
リーシャは自分の首元を見せた。そこには噛み跡のような赤い痣があった。
「――クロエは怪我がまだ治っていないから。そういうのは彼女の足が良くなってから、とりあえず、二人には紹介しておこうと思って」
ルークが間に入る。
「番って」
クロエは呟いた。
(妻のことって言ってたわよね。その証ってなんのこと)
状況が理解できなかったが、自分がその言葉を快く感じていることに気がついて、顔を両手で押さえた。顔が熱い気がする。クロエの反応にブルーノとリーシャは怪訝な顔をする。
一瞬沈黙が流れる。椅子に座ってじっと大人のやりとりを見ていた姪っ子が「ご飯食べようよ!」とスプーンで卓上の器を叩いたのでクロエは噴き出した。ルークも笑った。
「食事一緒にいい?」
「冷めちゃうものね。着替えはご飯を食べてからね」
リーシャは慌てて竈へ向かうと、湯気が立った鍋を運んできた。リーシャ、娘、クロエの前にはスープとふかした芋が並べられる。ブルーノは立ち上がると奥に行き、肉の塊を抱えてくると半分に裂き、ルークの前にどんと置いた。
「寝かしといたこの前の熊だ。まあ、とにかく祝いだな。酒も出すか」
ルークは苦笑した。
「そういうのは、きちんと今度でいいよ」
「そうか?」
ブルーノは、まだ小さい息子を膝に乗せると、肉を千切ってその小さい赤茶の狼の口元に運んだ。クロエはその子どもを見て目を瞬いた。
「かわいい。その子は赤毛なのね」
ルークとブルーノは銀色の毛並みだ。リーシャは顔を綻ばせると娘の赤毛の頭を撫でた。
「子どもたちは私似ね」
子狼は口元に運ばれる肉をがじがじとかじると、喉奥から「もっとー」と声を漏らした。口元には白い小さい牙が見える。姪の少女はクロエの隣に座ると興味深々といった風に聞いてきた。
「おねえさんは外から来たの?お母さんと一緒?」
「そうね。外から」
「外はどんなところ?」
「――大きな家に住んでいたわ」
「どのくらい?」
「このお部屋が100くらいはあるかしら」
「ひゃく」
少女は指を律義に10回折ると、目を広げた。
「すごーい」
クロエはくすりと笑った。誰と温かい食事を囲むのはいつぶりだろうか。
食事が終わると、クロエは奥の部屋に運ばれた。リーシャがルークを外に追い払うと、麻でできたドレスを持ったきた。袖と襟元に刺繍がされている。
「私のだけど、いいかしら」
「ありがとうございます」
ルークの上衣をワンピースのように着ていたので、きちんとしたものを着れるのは有難かった。ルークに見せると、彼は「いいんじゃないか」と頷いた。
「ここの人たちは、あんまり衣装を気にしないのよね」
リーシャはふふ、と笑った。
***
ルークはクロエを背負って家に戻った。その道すがら聞いてみる。
「ねえ、番の証って、」
「番になるとき、首に噛み跡を残すんだ。――ここにいるのは、俺たちとその番と、その子どもだけだ。子どもも皆将来のだれかの番で――だから、ここに住むなら、俺の番ってことにしないと――」
(『番ってことにしないと』ってのはおかしいよな)とルークは言いながら唸った。番ははじめから決まっている相手、する・しないではないはずだ。
「噛む」
クロエは思わず背中から、自分を背負う狼の口元を見た。牙が光る。
「――嫌なら、別にしなくても」
「嫌じゃないわ」
「え」
「――嫌じゃないわ」
目の前の灰色の毛に顔を押し付けた。
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