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1章 ことのはじまり

1-4.異母姉妹(2)

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 イアンはクロエを本宅に連れて行くと妻のヴィクトリアに「侍女として教育を頼む」と言った。彼女は、歪んだ笑顔を浮かべながら、「わかりましたわ、あなた」と答えた。

 エマの懐妊の話を耳にし、彼女の子どもを堕胎させるよう薬を食事に混ぜるよう、別宅の執事に指示を出したのはヴィクトリアだった。そして、もし彼女に何かあっても医者を呼ばないようにとも。彼女は、娘のアメリアの以後夫婦関係も少なくなり、一向に男子が産めないことに焦りを感じていた。そこにエマに子どもができたという話を聞き、嫉妬にかられた。もし男の子が産まれれば、イワンは養子として迎えると言いかねないと考えた。妾の子どもを、自分の子として、家の後継として育てる可能性をヴィクトリアは受け入れられなかった。

 クロエを使用人として教育したいとイワンが告げた時、ヴィクトリアは気分が良かった。

(使用人の娘は、使用人よ。母親がわからなかった分というものを、しっかり理解させてあげるわ)

 彼女はそう思った。

 クロエはヴィクトリア付の侍女に見習としてつき、教育されることになったが、彼女への指導は度を越えて厳しかった。ヴィクトリアに直接仕える3人の侍女の部屋の掃除・服の片づけ・食事の準備は全てクロエの仕事で、食事は彼女たちの食べ残しだった。言われたことができなかったり、物の場所がわからなかったり、少しでも粗相があれば食事を抜かれた。最初のうちは、クロエも泣いていたが、だんだんと諦めて何も感じなくなっていった。

 もともと物覚えの良かったクロエは、1年もすると与えられた仕事を難なくこなすようになっていき、すき間時間を作ることもできるようになった。そんな時は、別宅から連れてきた猟犬のコディのところに行って遊んだ。その犬は庭の隅につながれていて、コディと遊ぶ時だけクロエには年相応の表情が戻った。

 そんな彼女に、ある日綺麗なドレスを着た少女――ヴィクトリアの娘、アメリアが話しかけた。

「こんにちは、――クロエ」

「……、こんにちは、お嬢様」

アメリアは緑色の丸い瞳を照れたように伏せ気味に、緊張したように言う。

「ずっと話しかけたかったの。――ねえ、あなたは、私の妹なんでしょう」
 
 クロエが妾のエマの娘だということは、使用人の間では常識で、表立って話すことはヴィクトリアによって禁止されていたが、噂はどこからともなくされるものだから、アメリアは彼女が自分の父親の娘だということを耳にしていた。

「……」

 クロエはなんと答えれば良いかわからず黙った。アメリアの姿は何度も見かけているが、指導役の侍女を通じてヴィクトリアから、気軽に話しかけない事、必ず『お嬢様』と呼ぶように厳しく言われていた。

「――ねえ、何歳なの」

「今年で、10歳です。お嬢様」

「私もよ。生まれ月は? 私は、春の二月よ」

「春の、四月です」

「やっぱり、私がお姉さんね」

 アメリアは嬉しそうに笑った。その笑顔に、クロエは胸がいっぱいになるのを感じた。本宅に来てからというもの、彼女にそうやって笑いかけてくれる人はいなかったから。アメリアは自分の腰ほどはある大型犬のコディを撫でると微笑んだ。

「お利口ね、名前は?」
 
「コディ――っていうの」

 思わずクロエは友達に話すように答えた。アメリアは顔を輝かせた。 

「コディ! かわいい名前ね。 おすわり!」

 コディは言われた通りに腰をついて座ると、尻尾を振った。

「お手も、できるの」

 クロエは得意になって手を出した。猟犬はきちんとその上に手を置く。二人の少女は目を合わせて笑った。しばらく笑い合って、クロエははっとして慌てて立ち上がった。

「そろそろ、私、戻らないと、――お嬢様」

 アメリアは微笑む。

「お姉さまでいいのよ。ずっと、妹が欲しかったの」

 クロエは、照れると、小さい声で言った。

「――お姉さま」

「また、お話ししましょうね!」

 アメリアはにこやかに笑うと、自分を捜す侍女の元へ戻って行った。
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