上 下
31 / 34
4夜 夢のあとさき

4-10.これからも

しおりを挟む
 私は一瞬意識を失い、どさりと倒れた。

「痛っ!」

 私の体の下で、何かがわめく。それは、人間の男の体だった。あばら骨が浮き出ていて、全身に青あざが痛々しい。

「ソフィー」

 求めている声が私の名前を呼ぶ。まだしゃがれ声だったけれど、構わなかった。
 私は彼の名前を呼んだ。

「フレディ!!」

 フレディは、私と最後にした時の人の姿に戻っていた。顔は青あざだらけで、異様に痩せていて、船が難破して数か月漂流してそうな外見だった。

「とりあえず、腕と足をほどいてよ」

 彼は弱弱しく微笑んだ。
 私が手足の拘束をほどくと、彼は骨の浮き出た細い手で私を抱きしめた。
 顔が固い骨にあたる。

「ソフィー、何で、こんな無茶を」

 彼は私の左頬をなでた。私の左半身には、鱗はなかったけど、ざらざらとしたかさぶたをはがしたような跡ができていた。左手首の傷口が開き、血が流れ出ている。フレディはそこに枕を押し当てて止血した。
 
「泣かないでよ、これくらいでちょうど良いのよ」

 私は彼の頬をつたう涙を右手でぬぐった。

「急に、あんなに美女に戻ったら、魔女だと思われて変な噂を立てられるわ。これくらいでちょうど良いのよ」

 それに、と続ける。

「あなた元よりかなり美化させたでしょ。そういう余計なことをするから、自分が死にかけたんじゃないの」

 私は自分の胸元を見た。明らかにさっきよりサイズが小さくなっている。

「だって、どうせだったらって思って。フレッドに君を好きになってもらわないと困るから……」

 フレディはずびずびと鼻をすする。
 「どうせだったら」って、馬鹿じゃないの本当に。あと、やっぱり美化はしていたのね。ちょっとショックなんですけど。

「もうフレッドの名前は出さないでよ」

 私は彼のほっぺたを引っ張った。やつれた顔なのであまり引っ張れない。
 いたたたたと言いながらフレディがぼやく。

「だって君は」

 私はその言葉を唇で塞いだ。

「私が欲しいのはあなただって何度言えばわかるの」

 フレディは私をぎゅううううと力を入れて抱きしめた。自分の顔が見えないように彼の骨が浮き出た胸に顔を押し付けられる。

「ちょ、ちょっと痛いんだけど」

 私がわめいても離してくれない。嗚咽の声だけが聞こえた。
 ため息をついて、言う。

「私はあなたが好きよ、フレディ。もう少し私の傍にいて、夢を見せて」

 フレディはようやく腕の力を緩めて、青くなった瞳で私を見つめた。

「俺は、好きっていうのはわからないけれど、君に元気でいてほしい。君に、もっと気持ち良いって思ってほしい。もっと君に、いろんな夢を見せたいと思うんだ」

 私は彼の目じりにたまった涙を指で拭うと、キスをした。

「それで十分よ」
 
 私は立ち上がると、服を着た。左足をひきずりながら扉へ向かう。左腕からはぼたぼたと血が流れている。
 廊下に出ると、真っ暗な中、ランプを足元に置いたボーゲン先生が椅子に座って頭を抱えて丸まっていた。

「先生」

 私が呼びかけると、先生ははっと顔を上げて、私を見つめた。

「お嬢様、それは」

 私は何から説明しようか、頭の中で言葉を選んだ。

「あの、とりあえず、私、生きてるみたいです」

 先生は無言でつかつか私に向かって歩いてくると、私を抱きしめた。

「お嬢様ぁぁぁ!!」

 泣きながら絶叫されて、私は思わず耳を押さえた。
 先生が私のことをずっと心配してくれていたことがひしひしと伝わってきて、私も涙ぐんだ。
 その時、うしろでがちゃりと扉が開いた。私はまさかと振り返る。
 
「あ、ボーゲン先生、はじめまして。俺は、フレディです」

 ガリガリの長身のやつれた全裸の男が、先生に挨拶をしていた。
 先生は口をぱくぱくさせて、尻餅をついた。

「大丈夫ですか!?」

 彼は先生に駆け寄り、動けなくなった先生に肩を貸し、椅子に座らせた。
 私は頭を押さえた。

「先生、彼が、私を治してくれました」

 苦笑しながら言うと、先生は呆然としたまま「とりあえず止血を」とうめいた。
 フレディはお願いします、と何気ない様子でいる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

戦闘天使ひびき ~連鎖の凌辱~

安眠豆腐
大衆娯楽
西暦××45年。 突如宇宙から飛来した地球外生命体「インパイア」が現れ人類は窮地に陥る。 世界がこのインパイアに対応を追われる中、日本政府は独自にインパイア専門の部隊「フィン」を設立する。当初フィンはインパイアに対抗する手段がなかったが、インパイアが地球に現れたのと同時期に発見された未知の遺跡によって、インパイアが地球を襲ったのは過去にもあり、その時の技術がその遺跡の中にまだ残されていた。 「フィン」はインパイア対抗策として、戦闘スーツを作り上げ、それを駆る女性達のことを「戦闘天使(エンジェル)」とよんだ。 インパイアは人類を食料および殺害対象としてしか見ていなかったが、隊員のクリスが新たな個体と遭遇。それらは女性を辱める事を優先とした特殊な個体であった。 壮絶な凌辱を受けたクリスは心身共に多大な影響を受けてしまい、しばらく安静の指示を下される。 その快活な笑みと底抜けの明るい性格の女性が主人公名前は「立川響」 彼女には幼馴染の「美玖」という女の子がおり、響の戦う理由は世界と、家族、そして美玖の為だと言う。 その夜に、インパイア襲撃の一報が響に届く。 彼女は戦闘天使となり、自身の空手と合わせた接近戦で相手をなぎ倒す。 そんな彼女に、新たなインパイアの個体が現れる。 ゴムの性質を持った人型のインパイアであった。 響の攻撃はことごとく人型のインパイアには通じず、凌辱の手が忍び寄る。

無表情な旦那様と結婚するまでのある公爵令嬢の苦闘の日々。

いちご大福
恋愛
婚約者でもあり、実際に結婚するまでは彼……、アサギリ・フォン・ファースリング。 御年26歳。彼はまったくの無関心・無表情で有名な宰相の嫡子。 そんな中、彼と婚約者であるイヴリシア・リンフォードは公爵家の嫡子であり、 アサギリの幼馴染み。御年18歳。 アサギリとイヴリシアは決して悪い関係でもなく、兄妹のように育っていたのだが、 大人になっても進展がないまま18歳を迎え、 結婚へ迎えてしまうのを思い、 イヴリシアはこのままでいいのかなと考え始めていた。 かというアサギリはというと、 初恋の相手であるイヴリシアに対して心を拗らせていた。 アサギリとイヴリシアは、互いに出会ったのは、 アサギリは12歳、イヴシリア4歳の時。 幼いイヴリシアが怪我をしたアサギリに対して献身的に看病をし、 アサギリの警戒心を取り除いてからは、アサギリはイヴリシアに凄まじい執着を見せ……. 無表情・クールービューティーな外見とは裏腹に、凄まじい計画を立てている男、アサギリ。 アサギリに振り回されつつも幸せになりたいイヴリシア。 果たして2人はどうなるのか。

【R18】扇情の告白⑤ 熟れた花唇は若き雄の手で悦びの蜜を滴らす

杏野 音
大衆娯楽
そこそこ幸せであるが、もの足りなさを感じながら生きている四十八歳の人妻、麻衣子。麻衣子は趣味で始めたジョギングで知り合った青年、朋樹(ともき)の熱意に押され、ついに身体を重ねてしまう。だが、それは貞淑だった人妻が牝と化して肉欲の沼に沈む始まりだった。 告白形式の小説の第5弾。 全七回、数日毎に更新予定。

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

貴方にとって、私は2番目だった。ただ、それだけの話。

天災
恋愛
 ただ、それだけの話。

私と離婚して、貴方が王太子のままでいれるとでも?

光子
恋愛
「お前なんかと結婚したことが俺様の人生の最大の汚点だ!」 ――それはこちらの台詞ですけど? グレゴリー国の第一王子であり、現王太子であるアシュレイ殿下。そんなお方が、私の夫。そして私は彼の妻で王太子妃。 アシュレイ殿下の母君……第一王妃様に頼み込まれ、この男と結婚して丁度一年目の結婚記念日。まさかこんな仕打ちを受けるとは思っていませんでした。 「クイナが俺様の子を妊娠したんだ。しかも、男の子だ!グレゴリー王家の跡継ぎを宿したんだ!これでお前は用なしだ!さっさとこの王城から出て行け!」 夫の隣には、見知らぬ若い女の姿。 舐めてんの?誰のおかげで王太子になれたか分かっていないのね。 追い出せるものなら追い出してみれば? 国の頭脳、国を支えている支柱である私を追い出せるものなら――どうぞお好きになさって下さい。 どんな手を使っても……貴方なんかを王太子のままにはいさせませんよ。 不定期更新。 この作品は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしてきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!

日之影ソラ
ファンタジー
 かつては騎士の名門と呼ばれたブレイブ公爵家は、代々王族の専属護衛を任されていた。 しかし数世代前から優秀な騎士が生まれず、ついに専属護衛の任を解かれてしまう。それ以降も目立った活躍はなく、貴族としての地位や立場は薄れて行く。  ブレイブ家の長女として生まれたミスティアは、才能がないながらも剣士として研鑽をつみ、騎士となった父の背中を見て育った。彼女は父を尊敬していたが、周囲の目は冷ややかであり、落ちぶれた騎士の一族と馬鹿にされてしまう。  そんなある日、父が戦場で命を落としてしまった。残されたのは母も病に倒れ、ついにはミスティア一人になってしまう。土地、お金、人、多くを失ってしまったミスティアは、亡き両親の想いを受け継ぎ、再びブレイブ家を最高の騎士の名家にするため、第一王子の護衛騎士になることを決意する。 こちらの作品の連載版です。 https://ncode.syosetu.com/n8177jc/

処理中です...