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2章 高校生
13.家(1)
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駅中のカフェで剛とまりんは向かい合って座っていた。まりんはずずずとアイスティーをストローで吸い込んでから、剛を見て言葉を選ぶように話しかけた。
「……剛くん、白くなったね」
「……まりんは、焼けたね」
「部活と、体育祭の練習――応援団入って、外で練習だったから」
「何部?」
「テニス。……剛くんは、」
「帰宅部。勉強ついてけなくて。――家帰っても何もやってないけど」
「……」
沈黙が訪れた。まりんは、また「ずずず」とストローを吸い込んだ。
(なんで)
剛も手元のコーラをストローで吸い込む。
(なんで、こんな気まずいんだろ。前は、もっと、普通にいろいろ話してたのにさ。そもそも)
剛は髪の毛をくしゃっと掻くと、まりんを見た。
「――高専って何で言わなかったの。俺が、どこ受けるのって聞いた時」
合格先を聞いてから、彼女との間に距離ができた気がする。何回も進路の話をしたのに、彼女はその度に剛が今通ってる『南高校』と答えてた。
「直前で、志望変えたから」
「願書出しに行く話したときも、南って言ってたじゃん」
まりんは、下を向いたまま黙った。剛はじっとそれを見ている。しばらくして、彼女は顔を上げると、言いにくそうに、もごもごと口を動かした。
「――だって、もし、私が高専受けるって言ったら、剛くん、――もしかしたら、同じとこ受けるかもって思ったから」
剛は顔が熱くなるのを感じた。確かに塾に行ったり、自分には偏差値が高かった南高校を受験しようと思ったのは、まりんがそこに行くと言ったから、というのはあった。勉強の面で彼女に追いつきたかったから頑張った部分はあった。
(でも、別に、それだけじゃないし、)
仮に彼女が高専を受けると事前に言っていても、自分はそこを受験しなかったと思う。何より5年生の専門科に行くほどの熱意もなかった。どちらかというと、今通っている南高校ののんびりした自由な校風に憧れもあった。
それ以上に、それを彼女に言われたのが情けなくて恰好悪く感じた。先ほど言われた『言わないでね』を思い出した。
(何だと思ってんの、俺のこと)
自分は彼女の中で、彼女を追いかけて進路を決める様な、自分の考えのなくて、彼女の中学時代の噂話を人にペラペラ話す人間だ、と思われていたのかと剛はショックだった。
「そんなわけないじゃん。――俺、南高校行きたかったし」
「何勝手に勘違いしてんの」という言葉は言わずに飲み込んだ。まりんは、顔を赤くして目を伏せた。
「そうだよね、ごめんね、変なこと言って」
そこには、先ほどまで本屋で明るく貴文と話していた彼女の姿はなかった。中学時代、教室の片隅にいた彼女のままだった。
剛は、彼女をもっと困らせたいと思った。コーラを飲み干す。
「店、出よ。飲み終わっちゃったし」
「どこ行くの?」
「家で時間潰させてよ。今日木曜だから、お母さん遅いだろ」
まりんは「え」と言うと剛を見つめてから、困ったように目を伏せた。剛はその表情を見て満足だった。
彼女はしばらくしてから、剛を見て小さい声で言った。
「――いいよ」
今度「え」と言ったのは剛の方だった。まりんはじっとこちらを見ている。
「何にもないけど」
「いいの?」
「いいって言ってるじゃん」
「行こう」と彼女はバッグを持って立ち上がった。剛は慌ててその後を追った。
電車に乗って、隣同士で座る。まりんは、端の席に座ると、手すり部分に肘をつき顔を背けた。ガタゴトと身体が揺れる度、剛の腕と彼女の肩がぶつかった。
「――貴ちゃんと、付き合ってる?」
「……付き合ってないよ。ただ、体育祭の応援団一緒で、帰る方向一緒だから、よく一緒になって話すようになっただけ」
そっか、と呟いて、彼女は貴文と電車の中で何を話すのだろうと考えた。
(「体育祭でさ」とか「授業でさ」とか?)
そういう話を楽しそうに話す彼女をあまり想像できなかった。
外を見る。ガタゴト揺れながら景色が流れていく。たいした会話もしないまま、二人は最寄り駅についた。
「ちょっと、トイレ」
股間に違和感を感じて、剛はトイレに行った。個室に入り、ズボンをおろす。
(ちょっと、痛いかも)
それは、痛みを感じるくらいに勃っていた。急に恥ずかしくなって、うつむいた。
(ちょっと言ってみただけなんだけど。家に行くって……さあ、わかってんの、あいつ)
ズボンを履き直して外に出る。彼女がいなくなってくれてたらいいのに、と思った。
まりんは何事もないように、改札を出たところで外を見て立っていた。
「雨、降り出しちゃったね」
しとしとと雨が降っている。
「俺、自転車」
思い出したように呟くと、まりんがバックから折り畳み傘を出した。
「置いてけば」
まりんは言って、屋根の外に出ると、紺色に水色の水玉柄の傘を持ち上げてちらりと剛を見る。駆け足で、その傘の中に入った。
無言で彼女の家へ向かって歩いて行く。何となく、中二の同じ時期、彼女を父親の黒い傘に入れたことを思い出した。
ふと横を見ると、彼女のポニーテールの付け根のゴムとつむじが見えた。前は横を向くと彼女の目があったのに、と思う。ここ1・2年で、10センチ以上背が伸びたので、彼女が見下ろせるようになっていたことに気がついた。傘の骨が頭に当たる。
「持つよ」
まりんの手から傘を奪った。しばらく歩くと、彼女は剛の方をちらりと見て、自分の方に斜めになった柄を垂直に直した。
「濡れてるじゃん。……風邪ひくよ」
下から声が聞こえる。彼女の表情は見えなかった。小さい折り畳み傘は二人で入るには小さく、アパートに着くころには平等にまりんは左肩、剛は右肩がしっとり濡れていた。
そのアパートは中学生の時と変わっていなくて、剛は日に焼けたまりんと、家を見比べて不思議な感じがした。
「どうぞ」
言われて、中に足を踏み入れた。
「……剛くん、白くなったね」
「……まりんは、焼けたね」
「部活と、体育祭の練習――応援団入って、外で練習だったから」
「何部?」
「テニス。……剛くんは、」
「帰宅部。勉強ついてけなくて。――家帰っても何もやってないけど」
「……」
沈黙が訪れた。まりんは、また「ずずず」とストローを吸い込んだ。
(なんで)
剛も手元のコーラをストローで吸い込む。
(なんで、こんな気まずいんだろ。前は、もっと、普通にいろいろ話してたのにさ。そもそも)
剛は髪の毛をくしゃっと掻くと、まりんを見た。
「――高専って何で言わなかったの。俺が、どこ受けるのって聞いた時」
合格先を聞いてから、彼女との間に距離ができた気がする。何回も進路の話をしたのに、彼女はその度に剛が今通ってる『南高校』と答えてた。
「直前で、志望変えたから」
「願書出しに行く話したときも、南って言ってたじゃん」
まりんは、下を向いたまま黙った。剛はじっとそれを見ている。しばらくして、彼女は顔を上げると、言いにくそうに、もごもごと口を動かした。
「――だって、もし、私が高専受けるって言ったら、剛くん、――もしかしたら、同じとこ受けるかもって思ったから」
剛は顔が熱くなるのを感じた。確かに塾に行ったり、自分には偏差値が高かった南高校を受験しようと思ったのは、まりんがそこに行くと言ったから、というのはあった。勉強の面で彼女に追いつきたかったから頑張った部分はあった。
(でも、別に、それだけじゃないし、)
仮に彼女が高専を受けると事前に言っていても、自分はそこを受験しなかったと思う。何より5年生の専門科に行くほどの熱意もなかった。どちらかというと、今通っている南高校ののんびりした自由な校風に憧れもあった。
それ以上に、それを彼女に言われたのが情けなくて恰好悪く感じた。先ほど言われた『言わないでね』を思い出した。
(何だと思ってんの、俺のこと)
自分は彼女の中で、彼女を追いかけて進路を決める様な、自分の考えのなくて、彼女の中学時代の噂話を人にペラペラ話す人間だ、と思われていたのかと剛はショックだった。
「そんなわけないじゃん。――俺、南高校行きたかったし」
「何勝手に勘違いしてんの」という言葉は言わずに飲み込んだ。まりんは、顔を赤くして目を伏せた。
「そうだよね、ごめんね、変なこと言って」
そこには、先ほどまで本屋で明るく貴文と話していた彼女の姿はなかった。中学時代、教室の片隅にいた彼女のままだった。
剛は、彼女をもっと困らせたいと思った。コーラを飲み干す。
「店、出よ。飲み終わっちゃったし」
「どこ行くの?」
「家で時間潰させてよ。今日木曜だから、お母さん遅いだろ」
まりんは「え」と言うと剛を見つめてから、困ったように目を伏せた。剛はその表情を見て満足だった。
彼女はしばらくしてから、剛を見て小さい声で言った。
「――いいよ」
今度「え」と言ったのは剛の方だった。まりんはじっとこちらを見ている。
「何にもないけど」
「いいの?」
「いいって言ってるじゃん」
「行こう」と彼女はバッグを持って立ち上がった。剛は慌ててその後を追った。
電車に乗って、隣同士で座る。まりんは、端の席に座ると、手すり部分に肘をつき顔を背けた。ガタゴトと身体が揺れる度、剛の腕と彼女の肩がぶつかった。
「――貴ちゃんと、付き合ってる?」
「……付き合ってないよ。ただ、体育祭の応援団一緒で、帰る方向一緒だから、よく一緒になって話すようになっただけ」
そっか、と呟いて、彼女は貴文と電車の中で何を話すのだろうと考えた。
(「体育祭でさ」とか「授業でさ」とか?)
そういう話を楽しそうに話す彼女をあまり想像できなかった。
外を見る。ガタゴト揺れながら景色が流れていく。たいした会話もしないまま、二人は最寄り駅についた。
「ちょっと、トイレ」
股間に違和感を感じて、剛はトイレに行った。個室に入り、ズボンをおろす。
(ちょっと、痛いかも)
それは、痛みを感じるくらいに勃っていた。急に恥ずかしくなって、うつむいた。
(ちょっと言ってみただけなんだけど。家に行くって……さあ、わかってんの、あいつ)
ズボンを履き直して外に出る。彼女がいなくなってくれてたらいいのに、と思った。
まりんは何事もないように、改札を出たところで外を見て立っていた。
「雨、降り出しちゃったね」
しとしとと雨が降っている。
「俺、自転車」
思い出したように呟くと、まりんがバックから折り畳み傘を出した。
「置いてけば」
まりんは言って、屋根の外に出ると、紺色に水色の水玉柄の傘を持ち上げてちらりと剛を見る。駆け足で、その傘の中に入った。
無言で彼女の家へ向かって歩いて行く。何となく、中二の同じ時期、彼女を父親の黒い傘に入れたことを思い出した。
ふと横を見ると、彼女のポニーテールの付け根のゴムとつむじが見えた。前は横を向くと彼女の目があったのに、と思う。ここ1・2年で、10センチ以上背が伸びたので、彼女が見下ろせるようになっていたことに気がついた。傘の骨が頭に当たる。
「持つよ」
まりんの手から傘を奪った。しばらく歩くと、彼女は剛の方をちらりと見て、自分の方に斜めになった柄を垂直に直した。
「濡れてるじゃん。……風邪ひくよ」
下から声が聞こえる。彼女の表情は見えなかった。小さい折り畳み傘は二人で入るには小さく、アパートに着くころには平等にまりんは左肩、剛は右肩がしっとり濡れていた。
そのアパートは中学生の時と変わっていなくて、剛は日に焼けたまりんと、家を見比べて不思議な感じがした。
「どうぞ」
言われて、中に足を踏み入れた。
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