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7.変身におけるイメージの問題

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「――良かったぁ」

 アイリスは胸を撫でおろして、それからはっとした。

(ここ、うちじゃなくて、ディラン様のお宅なのよね)

 婚約破棄したとはいえ、相手の家に滞在しているのだ。寝室に男がいる、となったら、相手とやっていることが同じようなものじゃないだろうか。

 寝室に、男。

 その事実を改めて認識して、アイリスは頭に血が上るのを感じた。脳内に、ロイドの裸の胸板が思い出されて心拍数が上がったが、その後すぐにレースの女性ものの下着に包まれた股間が浮かんできて、一気に上がった体温が下がった。

(いくら、変身してたからって、あんなの見せるなんて、変態みたいじゃない)

 きっと横を見ると、布団の中から、フードを被ったロイドが顔を上げた。

「良かった」

 その可愛らしい声色にアイリスは唸った。フードから見えるロイドの顔は、『ローラ』の顔になっていた。

「……何で、変身してるの」

「――小さくなった方がいいかと思って」

 確かに、元の状態だと布団の下の方まで盛り上がってしまって不自然になる。
 起き上がったアイリスの太腿に、ローブ越しの『ローラ』の胸が当たった。
 ふと、アイリスの思考が曇った。

 『変身』の魔法は、自分や相手の体を、何か別の生物に変える高度魔法だが、見せかけだけではなく身体自体を変化させるため、変身する対象を具体的に、詳細にイメージする必要がある。具体的には、鼠に変化させるのであれば、鼠の身体の仕組みを詳細に知って、それをイメージする必要がある。不自然のないように、毛や尻尾の質感まで。

 そこで、ロイドの変身した『ローラ』の身体には、どこも違和感がないことがアイリスの頭に引っかかった。1年前、学校を卒業するまでは、アイリスの知っている限りではロイドに交際相手の女性はいなかったはずだ。女性を知らなければ、きちんとした変身はできないはずだ。例えば、アイリスに変身魔法を使うことができたとしても、違和感のない『男の身体』に変身することはできないだろうと思う。

(だって、わからないもの)

 アイリスは頭を両手で抱えた。

 ――もやもやするわ。

 彼が現在、高等魔法の研究をしているのは、学校があった山奥ではなく隣国の王都、大都会だ。社交場も多いだろうし、19にもなれば、男女の付き合いなどもあるのだろう。一応男爵令嬢のアイリスには基本的には婚約以外に異性と交際するという概念はない。『女遊びが激しい』と有名なディランも手を出すのは、既婚女性か、貴族以外の娘だ。貴族の未婚の令嬢にむやみに手をつけると、家と家の大問題になってしまう。

 ロイドの言う『好き』は自分の考えているよりも軽い意味のような気がしてくる。

(――アナタイアで、誰かいたんじゃない)

 アイリスはじとっとした視線を『ローラ』の姿のロイドに向けた。

「あんた、その『ローラ』の元の体、誰なのよ」

「えぇ? どういう意味だよ」

「――だって、変身するのに、具体的にイメージないと、できないでしょ」

「……いや、まあ、そうだけど」

「――誰か、いたわけ?」

「……」

 ロイドは布団にもぐりこんだ。アイリスが追いかけて毛布を持ち上げようとすると、ぐぐぐと手で押さえてくる。無理やり引っ張ると、ひょこりと鼻から上だけ出てきた。緑色の猫のような瞳が上目遣いで見ていた。『ローラ』の顔の造りは、ロイドをそのまま女性にしたような感じだ。

(可愛いわね)

 妙に悔しくなった。今まで余り意識しなかったが、彼はかなり顔立ちが綺麗だ。

(――誰か、いるでしょうね――)

 魔法学校のある山奥から都会に出て、彼がモテないはずがないと思った。しかも家の縛りもないとなれば、きゃっきゃうふふと男女交際に励んでいてもおかしくない。

「……気軽に、好きとか言わないでよ」

 アイリスは呟いた。知らず知らずのうちに声が震えた。

「――え?」

 ロイドは困惑したように顔を出す。

「誰か、交際してた人でもいるんでしょ。別にいいのよ。だけど、私は、妹は出て行っちゃったし、あと子どもは私一人だし、気軽に付き合ったりとか、そういうのはできないのよ」

「いや、気軽じゃないし、真剣だし」

 がばっと起き上がったロイドはアイリスの肩を掴んだ。

「じゃあ、その身体のイメージは誰なのよ」

 ロイドは目線を泳がすと、言いよどみながら言った。

「――お前だ」

(何言ってんの)の視線を向けると、ロイドはばっとローブの前を開いた。『ローラ』の胸元が晒される。

「ちょっと、えぇ?」

 思わず目を手で覆おうとして、アイリスは、『彼女』の鎖骨と右胸の間に3つ連なる黒子があることに気付いた。見覚えがある。自分のネグリジェの胸元を引っ張って視線を落とした。同じ位置に、同じ黒子がある。

「……は?」

 低い声が出た。ロイドはフードの中に頭を隠した。

「え? ちょっとどういうこと。何で、そんなの知ってるのよ。私、見せたことないわよね?」

「――共同生活してれば、見えることくらいあるだろ! 野外で風呂作って入ってりゃ見せてるようなもんじゃないか」

 魔法の基礎は自然に宿る精霊と意思疎通を図ることだ。そのため、魔法学校は人里離れた山奥にあるし、訓練で山籠もりをすることも多かった。確かに、女子で見晴らしの良い場所に穴を掘り、石を配置し、火で沸かした湯を入れ、風呂を作った記憶がある。

「――見てたの?」

「見えたんだよ!」

 ロイドが大きい声を出したので、アイリスは彼女の状態の彼の口を手で塞いだ。

 アイリスが上から、ロイドに覆いかぶさる形になった。身体が密着する。今触れているのが自分の身体のイメージが基になっていると思うと不思議だった。自分より小柄なのは、数年前のイメージだからだろうか。

(それを、詳細に覚えてるっていうのもどうなの)

 呆れるような気持ちと、恥ずかしいような気持ちと、気持ち悪いような気持ちと、反面嬉しいような気持ちが入り混じる。その時、ふと自分の膝のあたりに硬い感触を感じた。

「……」

 アイリスはいったん押し黙った。それから、口を開けた。

 悲鳴と、ロイドが「転移テレポーション!」と叫ぶのは同時だった。
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