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5.返事(1)
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ガルドーク伯爵家の一室に戻ると、屋敷の侍女たちがドレスを脱がせて、身体を拭き、髪を梳いてくれた。婚約破棄を告げた元婚約者の家に滞在するのもどうかとは思ったのだが、ここからアイリスの家までは馬車で数日はかかるし、夜道を帰るわけにもいかないので仕方がない。ディランの両親は息子の醜態についてアイリスの両親に平謝りで、今も今後の対応について話し合っているようだった。
ベッドに入ったものの、眠れず起き上がると手をかざし、呪文を呟く。ぼわっとテーブルの上のランプに火が灯った。6年間、学校で魔法を学んでできるようになったのはこれくらいだ、と情けなくなりため息をついた。
(『あとで返事を聞かせてくれ』って……あいつはどこに行ったのよ)
ロイドが化けていたローラ嬢はあられもない姿のまま、きれいな泣き顔を振りまいて屋敷の外へ向かって走り出し、そのまま姿を消してしまった。ローラ・ロミソフという名前の招待客はいなかったが、今回の婚約パーティーには領民の子女も招いていたので、どこからか紛れ込んだ娘という扱いになったようだ。ディランの両親としては、相手が誰かというよりも、招待客の前で裸体を晒した息子のことを何とか隠して収拾をつけたいらしく、アイリスたちに婚約破棄で構わないからこのことを口外しないで欲しい、とディラン共々頭を下げていた。
「返事……」
ぼそりと呟いて、顔が熱くなるのを感じた。1年前までは魔法を身につけることが優先で、特に15,6歳を過ぎたころからは、周りの生徒が魔法の基礎を終え高等魔法に進むか、魔法の道を諦め実家へ戻って女子なら結婚、男子なら家を継ぐ準備へと分かれる中で、才能の無さを認められず鍛錬に励んでいたため、色恋沙汰に意識を向ける心の余裕がなかった。家に戻ってきてすぐに両親に婚約を勧められ、異性を好きになる云々の前に結婚が目の前に迫ってしまったので、結婚が決まった相手をそのうち好きになればいいという感覚でいた。
「返事……」
学生生活を思い出すと、やたらといつも近くにロイドがいたような気がする。先生の愚痴や課題の相談をする仲で、気の置けない相手だった。
(そんな、好きとか、そんな風に思われてるなんて)
思ってなかったわ。
顔を両手で押さえた。気がつくと、頬が緩んでいるのがわかる。
(嬉しい、は嬉しいわね)
試しに彼と結婚した姿を想像してみると、楽しい毎日が過ごせそうだと思った。
(それに)
目前に迫ったロイドの顔と、身体を思い出す。心音が速くなるのが分かった。このドキドキ感はなんだろう。
「――アイリス」
その時、低い声が耳に飛び込んだ。目の前に、黒い塊が現れた。フードのついたローブを着たロイドだった。髪も黒いので、緑の瞳がランプの炎に揺らされそれだけ光っているように見えた。
「――ろっいど」
驚いて変な声を上げてしまう。
「――転移?」
こくりとロイドは頷いた。
「神出鬼没すぎよ……」
ロイドは「悪い」と小声で呟いた。「だろ」とか「そんなことねぇよ」だとかの軽口を予想していたアイリスは調子が狂って視線を泳がせた。一方、ロイドは真剣な眼差しを向けて、確認するように言う。
「――どうなった、婚約。もめてない?」
「破棄になったわ。さすがに。後処理については両親同士で話し込んでたわ……」
ロイドはほっとしたように頬を緩めて呟いた。
「良かった」
「――ありがとう。ディラン様と結婚はさすがに、――止めておいた方が良かったわ」
「というか、」ロイドはじっとアイリスを見つめた。
「――――誰かと婚約なんてしないでくれ」
真剣な眼差しに、アイリスの心臓が鼓動を速めた。
「返事を聞かせてくれ。アイリス、俺はお前が好きだ」
ベッドに入ったものの、眠れず起き上がると手をかざし、呪文を呟く。ぼわっとテーブルの上のランプに火が灯った。6年間、学校で魔法を学んでできるようになったのはこれくらいだ、と情けなくなりため息をついた。
(『あとで返事を聞かせてくれ』って……あいつはどこに行ったのよ)
ロイドが化けていたローラ嬢はあられもない姿のまま、きれいな泣き顔を振りまいて屋敷の外へ向かって走り出し、そのまま姿を消してしまった。ローラ・ロミソフという名前の招待客はいなかったが、今回の婚約パーティーには領民の子女も招いていたので、どこからか紛れ込んだ娘という扱いになったようだ。ディランの両親としては、相手が誰かというよりも、招待客の前で裸体を晒した息子のことを何とか隠して収拾をつけたいらしく、アイリスたちに婚約破棄で構わないからこのことを口外しないで欲しい、とディラン共々頭を下げていた。
「返事……」
ぼそりと呟いて、顔が熱くなるのを感じた。1年前までは魔法を身につけることが優先で、特に15,6歳を過ぎたころからは、周りの生徒が魔法の基礎を終え高等魔法に進むか、魔法の道を諦め実家へ戻って女子なら結婚、男子なら家を継ぐ準備へと分かれる中で、才能の無さを認められず鍛錬に励んでいたため、色恋沙汰に意識を向ける心の余裕がなかった。家に戻ってきてすぐに両親に婚約を勧められ、異性を好きになる云々の前に結婚が目の前に迫ってしまったので、結婚が決まった相手をそのうち好きになればいいという感覚でいた。
「返事……」
学生生活を思い出すと、やたらといつも近くにロイドがいたような気がする。先生の愚痴や課題の相談をする仲で、気の置けない相手だった。
(そんな、好きとか、そんな風に思われてるなんて)
思ってなかったわ。
顔を両手で押さえた。気がつくと、頬が緩んでいるのがわかる。
(嬉しい、は嬉しいわね)
試しに彼と結婚した姿を想像してみると、楽しい毎日が過ごせそうだと思った。
(それに)
目前に迫ったロイドの顔と、身体を思い出す。心音が速くなるのが分かった。このドキドキ感はなんだろう。
「――アイリス」
その時、低い声が耳に飛び込んだ。目の前に、黒い塊が現れた。フードのついたローブを着たロイドだった。髪も黒いので、緑の瞳がランプの炎に揺らされそれだけ光っているように見えた。
「――ろっいど」
驚いて変な声を上げてしまう。
「――転移?」
こくりとロイドは頷いた。
「神出鬼没すぎよ……」
ロイドは「悪い」と小声で呟いた。「だろ」とか「そんなことねぇよ」だとかの軽口を予想していたアイリスは調子が狂って視線を泳がせた。一方、ロイドは真剣な眼差しを向けて、確認するように言う。
「――どうなった、婚約。もめてない?」
「破棄になったわ。さすがに。後処理については両親同士で話し込んでたわ……」
ロイドはほっとしたように頬を緩めて呟いた。
「良かった」
「――ありがとう。ディラン様と結婚はさすがに、――止めておいた方が良かったわ」
「というか、」ロイドはじっとアイリスを見つめた。
「――――誰かと婚約なんてしないでくれ」
真剣な眼差しに、アイリスの心臓が鼓動を速めた。
「返事を聞かせてくれ。アイリス、俺はお前が好きだ」
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