上 下
4 / 9

4.理由

しおりを挟む
 そのとき、「ディラン様」と、誰かが呼ぶ声が聞こえた。

「話の続きはこっちだ」

 ロイドは、ディランの服と金色の鼠――ディラン――を抱えてアイリスの手を引っ張った。すぐ近くの、適当な部屋の扉を開けて入る。ロイドは扉を押さえると、ぶつぶつと呪文を唱えた。

「よし、これで騒がなきゃ見つからない」

 息をきらせながら、アイリスはロイドを睨んだ。

「話を戻すけど、そもそも、何で、あんた、ここに来たのよ」

 ロイドはぽかんと口を開けた。

「――――――、わからないか、俺は、」

 可愛らしい少女の姿が変化する。ぐぐぐと身長が伸び、艶やかな黒髪は短くなる。びりっと音がして緑のドレスの肩が破れた。そして、『ロイド』の姿に戻りかけた彼は、げほっと大きく咳き込んで、また少女の姿に戻った。

「コルセット……無理だ、物理的に……。外してくれ」

「今、戻る必要ある!?」

「いいから、外してくれ。何か破れたし」

 華奢な少女の肩が露わになっている。慌てて背中の紐を緩め、ドレスを脱がせながら、アイリスは溜息をついた。

「何、この高級そうなドレス。それにコルセットまで。よくここまで本格的に化けたわね」

「ロミソフ先生に貸してもらった」

「嘘!?」

 綺麗な白髪の、厳格な魔女の佇まいを思い出してアイリスは思わず声をあげた

「着せてくれたのも先生だよ。たまに若返って着てるって」

 アイリスは呆気にとられた後、笑い声を漏らした。

「本当に? 破いたら怒られるでしょ。でも、よく似あってたわ。よくもまあ、そんな可愛く化けたわね」

 笑いながらコルセットを脱がせると、ロイドは大きく息を吐いて肩を回した。また身長が伸び、骨格が男性のものに戻っていく。姿を戻しながら、彼はぽつりと語った。

「アイリスの婚約のことを聞いたのも先生からだ。まさか家に戻って1年で決まるなんてね。アイリスのことだから、しばらくはそんな話来ないだろうって思ってたんだけどさ」

「私のことだからって……ねえ、」

 確かに令嬢としての嗜みはないし、学校で野外活動をしていた名残の日焼け跡は残っているし、手足も丈夫な仕上がりになっている。それは自分でもわかっているので、その言葉がひっかかって、アイリスは少しむっとした声をあげた。

 ロイドは振り向くと、真面目な顔でアイリスを見つめた。先までの少女の姿の時と同じ、綺麗な緑色の瞳が目の前にある。アイリスは思わず息を飲んだ。

「アイリスは、一応貴族だし、俺は、ほら修道院育ちじゃん。宮廷魔術師っていってもまだ見習だし、もう少し身分が落ち着いたら、話に行こうかと思ってたらさあ、しかも俺には連絡くれないから、数日で婚約パーティーとか急に聞いて……ほんとに腰が抜けるかと思った」

「あんたは、遠いし、仕事が忙しいかと思って」

 一緒に机を並べて勉強していたのに、宮廷魔術師として他国で修行に励むロイドが眩しく感じて、実家に戻った自分が恥ずかしく、連絡ができなかったのだ。

 アイリスはしげしげと目の前のロイドの顔を眺めた。学校を離れて、別の国の王宮で頑張っているからか、大分大人びた気がする。

(あれ、ロイドってこんな感じだったっけ)

 かつては毎日顔を合わせていたのに、今の元の姿の方が初対面のような気さえするのは何故だろうか。

(そっか、こんな正面から、顔、見たことないし)

 ――というか、距離が近いわ。

 しかもやたらと肌色が目に入る。それもそうだ。彼は、服を着ていない。

 その事実を認識し、アイリスは間隔を空けようと後ずさりした。ロイドが腕を伸ばす。壁にどんっとその手が当たって、アイリスは彼と壁の間に挟まれる形になった。

「動けないんだけど」と口を開こうとしたところで、ロイドが先に口を開いた。

「――アイリスの方が、」

 ロイドはいったん視線を逸らしてから、息を吸って、小さい声で言った。

「可愛いよ。――そのドレス、よく似合ってる」

「あ、ありがとう」

 アイリスも視線を逸らして、言った。可愛いよの言葉が思いの外嬉しかった。

(何を照れてるのかしら、私は)

 自分のドレスを見た。この日用に両親が作ってくれた青いドレス。ここ数年着た中で一番きれいなものだ。

「学校の時は黒尽くめだったものね」

 屋外で過ごすことも多かったので、男女同じデザインの飾り気のない黒のローブをずっと着ていたことを思い出し、苦笑する。

「そういうことじゃなくて」

 少し苛立ったような声がして驚くと、ロイドの顔がすぐ近くまで迫っていた。緑の瞳が真っすぐアイリスを見つめていた。

「だからさ、俺がここに来たのは」

 ごくり、とロイドの喉ぼとけが動くのを近くで見上げた。何度かそれを繰り返してから、彼は息を吸い込んで一気に言葉を吐き出した。

「お前が好きだから」

「…………えぇ?」
 
 アイリスは間抜けな声を上げる。

(すき、好きって言った、今?)

 視線を泳がしていると、ロイドが肩を掴んだ。

「前からずっとだ。だから、婚約しないでくれ、こんな鼠と」

 突然のことで頭が回らないアイリスは視線を落とした。床で金色の鼠がひっくり返って眠っている。そして、視線を上にずらすと。レースの女性ものの下着と、それに包まれてふっくらと膨らむ何かが目に入った。

 顔がかっと熱くなって、アイリスは叫んだ。

「きゃあぁぁぁぁ!」

「騒ぐな」と言いかけて、アイリスの視線に気がついたロイドは自分の格好に気がつくと、顔を真っ青にして、後ずさった。

「――いや、これは、アイリス、その、」

 声を聞きつけたのか、扉の向こうからばたばたと足音が近づいてくる。

「何事ですか!?」

 ロイドはちっと舌打ちをすると、アイリスの肩を掴んだ。

「今から、外に飛ばすから、」
 
 アイリスは口を押えて慌てふためいた。

「ごめんなさい、驚いて、ちょっと、今の話は、」

 ロイドはぶつぶつと何か唱えている。それから、真面目な顔で言った。

「好きだ。後で返事を聞かせてくれ。――転移テレポーション!」

 ぐわんと視界が揺れる。気がついた時には、大広間の隅に立っていた。

「――あれ?」

 間の抜けた声で辺りを見回すと、何やら騒々しかった。招待客が廊下に向かっているようだ。

 ――そして、最初に戻る。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。

拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。 一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。 残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

監禁蜜月~悪い男に囚われて【短編】

乃木ハルノ
恋愛
「俺はアンタのような甘やかされたご令嬢が嫌いなんだよ」 「屈服させるための手段は、苦痛だけじゃない」 伯爵令嬢ながら、継母と義妹によって使用人同然の暮らしを強いられていたミレイユ。 継母と義妹が屋敷を留守にしたある夜、見知らぬ男に攫われてしまう。 男はミレイユを牢に繋ぎ、不正を認めろと迫るが… 男がなぜ貴族を嫌うのか、不正とは。何もわからないまま、ミレイユはドレスを脱がされ、男の手によって快楽を教え込まれる── 長編執筆前のパイロット版となっております。 完結後、こちらをたたき台にアレンジを加え長編に書きなおします。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

婚約破棄を、あなたのために

月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?

愛と浮気と報復と

よーこ
恋愛
婚約中の幼馴染が浮気した。 絶対に許さない。酷い目に合わせてやる。 どんな理由があったとしても関係ない。 だって、わたしは傷ついたのだから。 ※R15は必要ないだろうけど念のため。

処理中です...