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4.理由
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そのとき、「ディラン様」と、誰かが呼ぶ声が聞こえた。
「話の続きはこっちだ」
ロイドは、ディランの服と金色の鼠――ディラン――を抱えてアイリスの手を引っ張った。すぐ近くの、適当な部屋の扉を開けて入る。ロイドは扉を押さえると、ぶつぶつと呪文を唱えた。
「よし、これで騒がなきゃ見つからない」
息をきらせながら、アイリスはロイドを睨んだ。
「話を戻すけど、そもそも、何で、あんた、ここに来たのよ」
ロイドはぽかんと口を開けた。
「――――――、わからないか、俺は、」
可愛らしい少女の姿が変化する。ぐぐぐと身長が伸び、艶やかな黒髪は短くなる。びりっと音がして緑のドレスの肩が破れた。そして、『ロイド』の姿に戻りかけた彼は、げほっと大きく咳き込んで、また少女の姿に戻った。
「コルセット……無理だ、物理的に……。外してくれ」
「今、戻る必要ある!?」
「いいから、外してくれ。何か破れたし」
華奢な少女の肩が露わになっている。慌てて背中の紐を緩め、ドレスを脱がせながら、アイリスは溜息をついた。
「何、この高級そうなドレス。それにコルセットまで。よくここまで本格的に化けたわね」
「ロミソフ先生に貸してもらった」
「嘘!?」
綺麗な白髪の、厳格な魔女の佇まいを思い出してアイリスは思わず声をあげた
「着せてくれたのも先生だよ。たまに若返って着てるって」
アイリスは呆気にとられた後、笑い声を漏らした。
「本当に? 破いたら怒られるでしょ。でも、よく似あってたわ。よくもまあ、そんな可愛く化けたわね」
笑いながらコルセットを脱がせると、ロイドは大きく息を吐いて肩を回した。また身長が伸び、骨格が男性のものに戻っていく。姿を戻しながら、彼はぽつりと語った。
「アイリスの婚約のことを聞いたのも先生からだ。まさか家に戻って1年で決まるなんてね。アイリスのことだから、しばらくはそんな話来ないだろうって思ってたんだけどさ」
「私のことだからって……ねえ、」
確かに令嬢としての嗜みはないし、学校で野外活動をしていた名残の日焼け跡は残っているし、手足も丈夫な仕上がりになっている。それは自分でもわかっているので、その言葉がひっかかって、アイリスは少しむっとした声をあげた。
ロイドは振り向くと、真面目な顔でアイリスを見つめた。先までの少女の姿の時と同じ、綺麗な緑色の瞳が目の前にある。アイリスは思わず息を飲んだ。
「アイリスは、一応貴族だし、俺は、ほら修道院育ちじゃん。宮廷魔術師っていってもまだ見習だし、もう少し身分が落ち着いたら、話に行こうかと思ってたらさあ、しかも俺には連絡くれないから、数日で婚約パーティーとか急に聞いて……ほんとに腰が抜けるかと思った」
「あんたは、遠いし、仕事が忙しいかと思って」
一緒に机を並べて勉強していたのに、宮廷魔術師として他国で修行に励むロイドが眩しく感じて、実家に戻った自分が恥ずかしく、連絡ができなかったのだ。
アイリスはしげしげと目の前のロイドの顔を眺めた。学校を離れて、別の国の王宮で頑張っているからか、大分大人びた気がする。
(あれ、ロイドってこんな感じだったっけ)
かつては毎日顔を合わせていたのに、今の元の姿の方が初対面のような気さえするのは何故だろうか。
(そっか、こんな正面から、顔、見たことないし)
――というか、距離が近いわ。
しかもやたらと肌色が目に入る。それもそうだ。彼は、服を着ていない。
その事実を認識し、アイリスは間隔を空けようと後ずさりした。ロイドが腕を伸ばす。壁にどんっとその手が当たって、アイリスは彼と壁の間に挟まれる形になった。
「動けないんだけど」と口を開こうとしたところで、ロイドが先に口を開いた。
「――アイリスの方が、」
ロイドはいったん視線を逸らしてから、息を吸って、小さい声で言った。
「可愛いよ。――そのドレス、よく似合ってる」
「あ、ありがとう」
アイリスも視線を逸らして、言った。可愛いよの言葉が思いの外嬉しかった。
(何を照れてるのかしら、私は)
自分のドレスを見た。この日用に両親が作ってくれた青いドレス。ここ数年着た中で一番きれいなものだ。
「学校の時は黒尽くめだったものね」
屋外で過ごすことも多かったので、男女同じデザインの飾り気のない黒のローブをずっと着ていたことを思い出し、苦笑する。
「そういうことじゃなくて」
少し苛立ったような声がして驚くと、ロイドの顔がすぐ近くまで迫っていた。緑の瞳が真っすぐアイリスを見つめていた。
「だからさ、俺がここに来たのは」
ごくり、とロイドの喉ぼとけが動くのを近くで見上げた。何度かそれを繰り返してから、彼は息を吸い込んで一気に言葉を吐き出した。
「お前が好きだから」
「…………えぇ?」
アイリスは間抜けな声を上げる。
(すき、好きって言った、今?)
視線を泳がしていると、ロイドが肩を掴んだ。
「前からずっとだ。だから、婚約しないでくれ、こんな鼠と」
突然のことで頭が回らないアイリスは視線を落とした。床で金色の鼠がひっくり返って眠っている。そして、視線を上にずらすと。レースの女性ものの下着と、それに包まれてふっくらと膨らむ何かが目に入った。
顔がかっと熱くなって、アイリスは叫んだ。
「きゃあぁぁぁぁ!」
「騒ぐな」と言いかけて、アイリスの視線に気がついたロイドは自分の格好に気がつくと、顔を真っ青にして、後ずさった。
「――いや、これは、アイリス、その、」
声を聞きつけたのか、扉の向こうからばたばたと足音が近づいてくる。
「何事ですか!?」
ロイドはちっと舌打ちをすると、アイリスの肩を掴んだ。
「今から、外に飛ばすから、」
アイリスは口を押えて慌てふためいた。
「ごめんなさい、驚いて、ちょっと、今の話は、」
ロイドはぶつぶつと何か唱えている。それから、真面目な顔で言った。
「好きだ。後で返事を聞かせてくれ。――転移!」
ぐわんと視界が揺れる。気がついた時には、大広間の隅に立っていた。
「――あれ?」
間の抜けた声で辺りを見回すと、何やら騒々しかった。招待客が廊下に向かっているようだ。
――そして、最初に戻る。
「話の続きはこっちだ」
ロイドは、ディランの服と金色の鼠――ディラン――を抱えてアイリスの手を引っ張った。すぐ近くの、適当な部屋の扉を開けて入る。ロイドは扉を押さえると、ぶつぶつと呪文を唱えた。
「よし、これで騒がなきゃ見つからない」
息をきらせながら、アイリスはロイドを睨んだ。
「話を戻すけど、そもそも、何で、あんた、ここに来たのよ」
ロイドはぽかんと口を開けた。
「――――――、わからないか、俺は、」
可愛らしい少女の姿が変化する。ぐぐぐと身長が伸び、艶やかな黒髪は短くなる。びりっと音がして緑のドレスの肩が破れた。そして、『ロイド』の姿に戻りかけた彼は、げほっと大きく咳き込んで、また少女の姿に戻った。
「コルセット……無理だ、物理的に……。外してくれ」
「今、戻る必要ある!?」
「いいから、外してくれ。何か破れたし」
華奢な少女の肩が露わになっている。慌てて背中の紐を緩め、ドレスを脱がせながら、アイリスは溜息をついた。
「何、この高級そうなドレス。それにコルセットまで。よくここまで本格的に化けたわね」
「ロミソフ先生に貸してもらった」
「嘘!?」
綺麗な白髪の、厳格な魔女の佇まいを思い出してアイリスは思わず声をあげた
「着せてくれたのも先生だよ。たまに若返って着てるって」
アイリスは呆気にとられた後、笑い声を漏らした。
「本当に? 破いたら怒られるでしょ。でも、よく似あってたわ。よくもまあ、そんな可愛く化けたわね」
笑いながらコルセットを脱がせると、ロイドは大きく息を吐いて肩を回した。また身長が伸び、骨格が男性のものに戻っていく。姿を戻しながら、彼はぽつりと語った。
「アイリスの婚約のことを聞いたのも先生からだ。まさか家に戻って1年で決まるなんてね。アイリスのことだから、しばらくはそんな話来ないだろうって思ってたんだけどさ」
「私のことだからって……ねえ、」
確かに令嬢としての嗜みはないし、学校で野外活動をしていた名残の日焼け跡は残っているし、手足も丈夫な仕上がりになっている。それは自分でもわかっているので、その言葉がひっかかって、アイリスは少しむっとした声をあげた。
ロイドは振り向くと、真面目な顔でアイリスを見つめた。先までの少女の姿の時と同じ、綺麗な緑色の瞳が目の前にある。アイリスは思わず息を飲んだ。
「アイリスは、一応貴族だし、俺は、ほら修道院育ちじゃん。宮廷魔術師っていってもまだ見習だし、もう少し身分が落ち着いたら、話に行こうかと思ってたらさあ、しかも俺には連絡くれないから、数日で婚約パーティーとか急に聞いて……ほんとに腰が抜けるかと思った」
「あんたは、遠いし、仕事が忙しいかと思って」
一緒に机を並べて勉強していたのに、宮廷魔術師として他国で修行に励むロイドが眩しく感じて、実家に戻った自分が恥ずかしく、連絡ができなかったのだ。
アイリスはしげしげと目の前のロイドの顔を眺めた。学校を離れて、別の国の王宮で頑張っているからか、大分大人びた気がする。
(あれ、ロイドってこんな感じだったっけ)
かつては毎日顔を合わせていたのに、今の元の姿の方が初対面のような気さえするのは何故だろうか。
(そっか、こんな正面から、顔、見たことないし)
――というか、距離が近いわ。
しかもやたらと肌色が目に入る。それもそうだ。彼は、服を着ていない。
その事実を認識し、アイリスは間隔を空けようと後ずさりした。ロイドが腕を伸ばす。壁にどんっとその手が当たって、アイリスは彼と壁の間に挟まれる形になった。
「動けないんだけど」と口を開こうとしたところで、ロイドが先に口を開いた。
「――アイリスの方が、」
ロイドはいったん視線を逸らしてから、息を吸って、小さい声で言った。
「可愛いよ。――そのドレス、よく似合ってる」
「あ、ありがとう」
アイリスも視線を逸らして、言った。可愛いよの言葉が思いの外嬉しかった。
(何を照れてるのかしら、私は)
自分のドレスを見た。この日用に両親が作ってくれた青いドレス。ここ数年着た中で一番きれいなものだ。
「学校の時は黒尽くめだったものね」
屋外で過ごすことも多かったので、男女同じデザインの飾り気のない黒のローブをずっと着ていたことを思い出し、苦笑する。
「そういうことじゃなくて」
少し苛立ったような声がして驚くと、ロイドの顔がすぐ近くまで迫っていた。緑の瞳が真っすぐアイリスを見つめていた。
「だからさ、俺がここに来たのは」
ごくり、とロイドの喉ぼとけが動くのを近くで見上げた。何度かそれを繰り返してから、彼は息を吸い込んで一気に言葉を吐き出した。
「お前が好きだから」
「…………えぇ?」
アイリスは間抜けな声を上げる。
(すき、好きって言った、今?)
視線を泳がしていると、ロイドが肩を掴んだ。
「前からずっとだ。だから、婚約しないでくれ、こんな鼠と」
突然のことで頭が回らないアイリスは視線を落とした。床で金色の鼠がひっくり返って眠っている。そして、視線を上にずらすと。レースの女性ものの下着と、それに包まれてふっくらと膨らむ何かが目に入った。
顔がかっと熱くなって、アイリスは叫んだ。
「きゃあぁぁぁぁ!」
「騒ぐな」と言いかけて、アイリスの視線に気がついたロイドは自分の格好に気がつくと、顔を真っ青にして、後ずさった。
「――いや、これは、アイリス、その、」
声を聞きつけたのか、扉の向こうからばたばたと足音が近づいてくる。
「何事ですか!?」
ロイドはちっと舌打ちをすると、アイリスの肩を掴んだ。
「今から、外に飛ばすから、」
アイリスは口を押えて慌てふためいた。
「ごめんなさい、驚いて、ちょっと、今の話は、」
ロイドはぶつぶつと何か唱えている。それから、真面目な顔で言った。
「好きだ。後で返事を聞かせてくれ。――転移!」
ぐわんと視界が揺れる。気がついた時には、大広間の隅に立っていた。
「――あれ?」
間の抜けた声で辺りを見回すと、何やら騒々しかった。招待客が廊下に向かっているようだ。
――そして、最初に戻る。
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