2 / 9
2.目撃
しおりを挟む
その少し前、アイリスは目の前の光景を、魚のように口をぱくぱくさせて見つめていた。
今彼女がいるのは、自分自身の婚約披露パーティーである。
それなのに、何故か婚約相手であるガルドーク伯爵家長男、ディランは、別の女性の肩を抱いて暗闇に消えようとしているのだ。
慣れないドレス・慣れないダンス・慣れない騒々しさに疲れて、庭に出て一息つこうと、大広間を出たとこ、廊下の先の暗闇に消えていく二人を見つけたのだ。
「ディラン様」
彼に肩を抱かれた、物陰でも一層黒い、綺麗な黒髪のその女は、アイリスの視線に気づいて、自分の腰に手を回すディランの服の袖を引っ張った。
「これは、アイリスじゃないか」
ディランは悪びれもせず、金色のよく整えられた前髪を撫でてキラリと歯を光らせて笑った。
(『これは、アイリスじゃないか』ですって)
頭に血が上るのがわかった。さすが、遊び人と名高いディラン。しかし、これは自分たちの婚約パーティーだ。
「ディラン様、彼女はどなたです」
「ローラ嬢だよ。えぇと」
「ローラ=ロミソフです。こんにちは、アイリス様」
瞳と同じ緑色のドレスを着た黒髪の令嬢は、うふふと優雅な微笑みを浮かべた。
「私がどなたですと聞いたのは、彼女のお名前を知りたいということではありません」
ディランは何の悪びれもない青い瞳を瞬かせる。
「――私と貴方の婚約パーティーなのですよ、これは」
「わかっているよ。でも、僕と結婚するということは、そういうことだ」
元々はディランはアイリスの1つ下の妹、ターニャの婚約者だった。ターニャはアイリスと同じ亜麻色の髪に青い瞳をしていたが、作りが全てアイリスより小さく整っていて、社交の場に出れば花の妖精だ何だのという異名で呼ばれていた。経済状態の危うい没落気味の男爵家にとってターニャは切り札であり、美しい彼女にもたらされる縁談の中で、両親が取り決めたのがディランとの結婚だった。しかし、女遊びの噂の絶えないディランとの結婚を嫌がったターニャは、書置きを残し、かねてより気持ちを通わせていた騎士の青年と姿を消してしまった。
さあどうしよう、と考えた両親は、成績不良で魔法学校から戻ってきた姉のアイリスを代わりにと婚約させたのだ。
その事を知ったディランは最初はアイリスとの婚約を断るつもりだったらしいが、却って恩を売れる格下の家の娘と結婚した方が、このまま女遊びを続けても文句を言われないだろうと考えて、承諾した。それに魔法使いになれなかったとはいえ、アイリスには魔法学校に入学するための魔力の素養はあったので、子どものことを考えれば悪い話ではなかった。魔力の才能は母方から遺伝する。優秀な魔法使いであれば、国の要職に就き、貴族よりも権力を握ることもあるので、魔力を持った娘と結婚することは価値のあることだった。
そんなディランに、アイリスは初めて二人で会った時に言われたのだ。
「これからも僕は、色々な女性と関係を持つと思う。でもいずれ結婚はしないといけないし子どもも持たないといけない――、君がそれを受け入れてくれるなら、結婚しても良い」
魔法使いとしての基本的な訓練をする基礎課を、上限の18歳で卒業できなかったアイリスは、実家に戻って意気消沈していたところだった。12歳で魔法を学び始めてからというもの、令嬢としての嗜みなど一切せずに、ヒールの靴さえ履くのがしんどくなってしまった自分はこのままでは結婚ができると考えていなかった。そこにディランにこう言われたのだが、実家が救われ、自分の行き先もできるならと、承諾してしまったのだった。
「――それは私も承知しておりますが、今日は、婚約パーティーなのですよ」
それでも、自分たちが主役である婚約パーティーから、別の女性を暗がりに連れて行くような様子を見せられると、情けないやら悲しいやらで頭痛がしてくる。
「アイリス、何をそんなに怒ってるんだ。こんなに美しい女性が僕に微笑んでくれたのに、それを無視することなんてできるかい?」
ディランはローラの肩を抱き寄せた。
アイリスは彼女を見た。華奢な肩、陶器の様な肌、小柄な子猫のような肢体。確かに、可愛らしい。
「――くず」
そのとき――子猫のような彼女の口から出るとは考えられない単語が、その可愛らしい唇から洩れた。
今彼女がいるのは、自分自身の婚約披露パーティーである。
それなのに、何故か婚約相手であるガルドーク伯爵家長男、ディランは、別の女性の肩を抱いて暗闇に消えようとしているのだ。
慣れないドレス・慣れないダンス・慣れない騒々しさに疲れて、庭に出て一息つこうと、大広間を出たとこ、廊下の先の暗闇に消えていく二人を見つけたのだ。
「ディラン様」
彼に肩を抱かれた、物陰でも一層黒い、綺麗な黒髪のその女は、アイリスの視線に気づいて、自分の腰に手を回すディランの服の袖を引っ張った。
「これは、アイリスじゃないか」
ディランは悪びれもせず、金色のよく整えられた前髪を撫でてキラリと歯を光らせて笑った。
(『これは、アイリスじゃないか』ですって)
頭に血が上るのがわかった。さすが、遊び人と名高いディラン。しかし、これは自分たちの婚約パーティーだ。
「ディラン様、彼女はどなたです」
「ローラ嬢だよ。えぇと」
「ローラ=ロミソフです。こんにちは、アイリス様」
瞳と同じ緑色のドレスを着た黒髪の令嬢は、うふふと優雅な微笑みを浮かべた。
「私がどなたですと聞いたのは、彼女のお名前を知りたいということではありません」
ディランは何の悪びれもない青い瞳を瞬かせる。
「――私と貴方の婚約パーティーなのですよ、これは」
「わかっているよ。でも、僕と結婚するということは、そういうことだ」
元々はディランはアイリスの1つ下の妹、ターニャの婚約者だった。ターニャはアイリスと同じ亜麻色の髪に青い瞳をしていたが、作りが全てアイリスより小さく整っていて、社交の場に出れば花の妖精だ何だのという異名で呼ばれていた。経済状態の危うい没落気味の男爵家にとってターニャは切り札であり、美しい彼女にもたらされる縁談の中で、両親が取り決めたのがディランとの結婚だった。しかし、女遊びの噂の絶えないディランとの結婚を嫌がったターニャは、書置きを残し、かねてより気持ちを通わせていた騎士の青年と姿を消してしまった。
さあどうしよう、と考えた両親は、成績不良で魔法学校から戻ってきた姉のアイリスを代わりにと婚約させたのだ。
その事を知ったディランは最初はアイリスとの婚約を断るつもりだったらしいが、却って恩を売れる格下の家の娘と結婚した方が、このまま女遊びを続けても文句を言われないだろうと考えて、承諾した。それに魔法使いになれなかったとはいえ、アイリスには魔法学校に入学するための魔力の素養はあったので、子どものことを考えれば悪い話ではなかった。魔力の才能は母方から遺伝する。優秀な魔法使いであれば、国の要職に就き、貴族よりも権力を握ることもあるので、魔力を持った娘と結婚することは価値のあることだった。
そんなディランに、アイリスは初めて二人で会った時に言われたのだ。
「これからも僕は、色々な女性と関係を持つと思う。でもいずれ結婚はしないといけないし子どもも持たないといけない――、君がそれを受け入れてくれるなら、結婚しても良い」
魔法使いとしての基本的な訓練をする基礎課を、上限の18歳で卒業できなかったアイリスは、実家に戻って意気消沈していたところだった。12歳で魔法を学び始めてからというもの、令嬢としての嗜みなど一切せずに、ヒールの靴さえ履くのがしんどくなってしまった自分はこのままでは結婚ができると考えていなかった。そこにディランにこう言われたのだが、実家が救われ、自分の行き先もできるならと、承諾してしまったのだった。
「――それは私も承知しておりますが、今日は、婚約パーティーなのですよ」
それでも、自分たちが主役である婚約パーティーから、別の女性を暗がりに連れて行くような様子を見せられると、情けないやら悲しいやらで頭痛がしてくる。
「アイリス、何をそんなに怒ってるんだ。こんなに美しい女性が僕に微笑んでくれたのに、それを無視することなんてできるかい?」
ディランはローラの肩を抱き寄せた。
アイリスは彼女を見た。華奢な肩、陶器の様な肌、小柄な子猫のような肢体。確かに、可愛らしい。
「――くず」
そのとき――子猫のような彼女の口から出るとは考えられない単語が、その可愛らしい唇から洩れた。
0
お気に入りに追加
327
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
時間が戻った令嬢は新しい婚約者が出来ました。
屋月 トム伽
恋愛
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。(リディアとオズワルド以外はなかった事になっているのでifとしてます。)
私は、リディア・ウォード侯爵令嬢19歳だ。
婚約者のレオンハルト・グラディオ様はこの国の第2王子だ。
レオン様の誕生日パーティーで、私はエスコートなしで行くと、婚約者のレオン様はアリシア男爵令嬢と仲睦まじい姿を見せつけられた。
一人壁の花になっていると、レオン様の兄のアレク様のご友人オズワルド様と知り合う。
話が弾み、つい地がでそうになるが…。
そして、パーティーの控室で私は襲われ、倒れてしまった。
朦朧とする意識の中、最後に見えたのはオズワルド様が私の名前を叫びながら控室に飛び込んでくる姿だった…。
そして、目が覚めると、オズワルド様と半年前に時間が戻っていた。
レオン様との婚約を避ける為に、オズワルド様と婚約することになり、二人の日常が始まる。
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。
第14回恋愛小説大賞にて奨励賞受賞
拾った仔猫の中身は、私に嘘の婚約破棄を言い渡した王太子さまでした。面倒なので放置したいのですが、仔猫が気になるので救出作戦を実行します。
石河 翠
恋愛
婚約者に婚約破棄をつきつけられた公爵令嬢のマーシャ。おバカな王子の相手をせずに済むと喜んだ彼女は、家に帰る途中なんとも不細工な猫を拾う。
助けを求めてくる猫を見捨てられず、家に連れて帰ることに。まるで言葉がわかるかのように賢い猫の相手をしていると、なんと猫の中身はあの王太子だと判明する。猫と王子の入れ替わりにびっくりする主人公。
バカは傀儡にされるくらいでちょうどいいが、可愛い猫が周囲に無理難題を言われるなんてあんまりだという理由で救出作戦を実行することになるが……。
もふもふを愛するヒロインと、かまってもらえないせいでいじけ気味の面倒くさいヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより pp7さまの作品をお借りしております。
死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。
拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。
一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。
残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
監禁蜜月~悪い男に囚われて【短編】
乃木ハルノ
恋愛
「俺はアンタのような甘やかされたご令嬢が嫌いなんだよ」
「屈服させるための手段は、苦痛だけじゃない」
伯爵令嬢ながら、継母と義妹によって使用人同然の暮らしを強いられていたミレイユ。
継母と義妹が屋敷を留守にしたある夜、見知らぬ男に攫われてしまう。
男はミレイユを牢に繋ぎ、不正を認めろと迫るが…
男がなぜ貴族を嫌うのか、不正とは。何もわからないまま、ミレイユはドレスを脱がされ、男の手によって快楽を教え込まれる──
長編執筆前のパイロット版となっております。
完結後、こちらをたたき台にアレンジを加え長編に書きなおします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる