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2.目撃

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 その少し前、アイリスは目の前の光景を、魚のように口をぱくぱくさせて見つめていた。

 今彼女がいるのは、自分自身の婚約披露パーティーである。
 それなのに、何故か婚約相手であるガルドーク伯爵家長男、ディランは、別の女性の肩を抱いて暗闇に消えようとしているのだ。

 慣れないドレス・慣れないダンス・慣れない騒々しさに疲れて、庭に出て一息つこうと、大広間を出たとこ、廊下の先の暗闇に消えていく二人を見つけたのだ。
 
「ディラン様」

 彼に肩を抱かれた、物陰でも一層黒い、綺麗な黒髪のその女は、アイリスの視線に気づいて、自分の腰に手を回すディランの服の袖を引っ張った。

「これは、アイリスじゃないか」

 ディランは悪びれもせず、金色のよく整えられた前髪を撫でてキラリと歯を光らせて笑った。

(『これは、アイリスじゃないか』ですって)

 頭に血が上るのがわかった。さすが、遊び人と名高いディラン。しかし、これは自分たちの婚約パーティーだ。

「ディラン様、彼女はどなたです」

「ローラ嬢だよ。えぇと」

「ローラ=ロミソフです。こんにちは、アイリス様」

 瞳と同じ緑色のドレスを着た黒髪の令嬢は、うふふと優雅な微笑みを浮かべた。

「私がどなたですと聞いたのは、彼女のお名前を知りたいということではありません」

 ディランは何の悪びれもない青い瞳を瞬かせる。

「――私と貴方の婚約パーティーなのですよ、これは」

「わかっているよ。でも、僕と結婚するということは、そういうことだ」

 元々はディランはアイリスの1つ下の妹、ターニャの婚約者だった。ターニャはアイリスと同じ亜麻色の髪に青い瞳をしていたが、作りが全てアイリスより小さく整っていて、社交の場に出れば花の妖精だ何だのという異名で呼ばれていた。経済状態の危うい没落気味の男爵家にとってターニャは切り札であり、美しい彼女にもたらされる縁談の中で、両親が取り決めたのがディランとの結婚だった。しかし、女遊びの噂の絶えないディランとの結婚を嫌がったターニャは、書置きを残し、かねてより気持ちを通わせていた騎士の青年と姿を消してしまった。

 さあどうしよう、と考えた両親は、成績不良で魔法学校から戻ってきた姉のアイリスを代わりにと婚約させたのだ。

 その事を知ったディランは最初はアイリスとの婚約を断るつもりだったらしいが、却って恩を売れる格下の家の娘と結婚した方が、このまま女遊びを続けても文句を言われないだろうと考えて、承諾した。それに魔法使いになれなかったとはいえ、アイリスには魔法学校に入学するための魔力の素養はあったので、子どものことを考えれば悪い話ではなかった。魔力の才能は母方から遺伝する。優秀な魔法使いであれば、国の要職に就き、貴族よりも権力を握ることもあるので、魔力を持った娘と結婚することは価値のあることだった。

 そんなディランに、アイリスは初めて二人で会った時に言われたのだ。

「これからも僕は、色々な女性と関係を持つと思う。でもいずれ結婚はしないといけないし子どもも持たないといけない――、君がそれを受け入れてくれるなら、結婚しても良い」

 魔法使いとしての基本的な訓練をする基礎課を、上限の18歳で卒業できなかったアイリスは、実家に戻って意気消沈していたところだった。12歳で魔法を学び始めてからというもの、令嬢としての嗜みなど一切せずに、ヒールの靴さえ履くのがしんどくなってしまった自分はこのままでは結婚ができると考えていなかった。そこにディランにこう言われたのだが、実家が救われ、自分の行き先もできるならと、承諾してしまったのだった。

「――それは私も承知しておりますが、今日は、婚約パーティーなのですよ」

 それでも、自分たちが主役である婚約パーティーから、別の女性を暗がりに連れて行くような様子を見せられると、情けないやら悲しいやらで頭痛がしてくる。

「アイリス、何をそんなに怒ってるんだ。こんなに美しい女性が僕に微笑んでくれたのに、それを無視することなんてできるかい?」

 ディランはローラの肩を抱き寄せた。
 
 アイリスは彼女を見た。華奢な肩、陶器の様な肌、小柄な子猫のような肢体。確かに、可愛らしい。

「――くず」

 そのとき――子猫のような彼女の口から出るとは考えられない単語が、その可愛らしい唇から洩れた。
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