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第六章 真実

子供の頃のとてもおぼろげな記憶

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幼い頃の、彼の記憶。


2歳の灰谷ヤミは、母親と手をつなぎ近所を散歩していた。もこもことした羊雲が遠くまで浮かんでいる、美しい晴天の日だった。

小さな彼は母親と似た、日本人離れした淡い髪色をしている。瞳も、母と瓜二つのクリアな茶色だった。柔和な表情といい、首が長いすっとした体型といい、彼らはどこからどう見たって親子だった。


母親がご近所さんと話し込んでいる隙に、幼い彼は路地裏に入る。お気に入りの雲を見つけて、それを追いかけて、気づいたら路地裏だったのだ。

路地裏にそびえる建物の隙間から覗く、青い空と柔らかそうな雲の映像は、彼の記憶の奥底に今も眠っているはず。


一人でいることに心細くなった彼は、来た道を戻ろうとする。


そこで、出会った。夕闇に伸びた真っ黒の影法師のような、ひょろりと背の高い黒尽くめの男に。
男は、『とおせんぼ』をするように、路地の真ん中に立っていた。黒い山高帽を目深に被っていることで、その表情をうかがい知ることはできない。


ヤミは動けない。子供は、大人よりもずっと、感覚が野生に近い。生理的恐怖には、とても敏感に反応する。彼は、生まれて初めての『生命の危機』を覚えていた。こわいこわいこわい!おかあさん、たすけて!

真っ黒い影のような背の高い男はゆっくりとヤミに近づき、長い腕を伸ばして彼の小さな頭をそっとなでた。
彼は動けずにいた。触れられた部分から、不吉で冷酷で悪意に満ちた何かが体の中に流れ込んでくるように思われた。幼い彼は、明確な『死』を感じた。ガタガタと体が震え、声すらも出せない。


それは、たった数分ほどの出来事だったと思う。息子がいないことに気づき、焦って心配した母親が、路地裏に走ってやってくる。



そして、母親は驚く。



路地裏の真ん中で、ヤミがシクシクと泣いていた。

彼の髪の毛は不思議なグラデーションをした闇の色に変わっていて、瞳も狼のような金色に変わっている。

「ヤミ、どうしたの!?その髪の毛、何があったの!?誰かにいたずらされた!?怖かったね、ごめんね、お母さん、お話に夢中になってた、ごめんね……!」


彼は母親の胸の中で泣いた。泣いて泣いて泣いて泣いて、気づいたら眠っていて、そしてこのことを、綺麗さっぱり忘れたのだった。
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