41 / 67
第四章 夢
彼の話を聞く その2前編
しおりを挟む
彼の過去~高校生の頃の記憶~
高校受験をした僕は、都内の進学校に入学した。そこで……出会ったんだ。彼女と。
「……彼女?」
火置さんは覚えているかな?僕が3歳の時に交通事故に遭ったって話を。
僕は道路に飛び出して、車にぶつかって、運転手は急ハンドルを切って電柱にめり込んで死んだ。その運転手の娘と同じ高校だったんだ。
僕が入学したとき、彼女は高校3年生だった。
向こうから声をかけてきた。僕は彼女が交通事故の相手の家族だって気づいて……第一声で謝った。僕の飛び出しで、彼女の父親は死んだようなものだったから。でも、『許しているから』って言われた。
彼女は美しい女の子だった。一人でいることが多かった僕の事を気にかけてくれて、同じ時間を過ごすようになった。
そして……僕達は恋人同士になった。
彼女から、愛してるって言われたんだ。
誰かから『愛している』なんて言われたのは……初めてだった。でも本当の事を言うと、僕は彼女の事がそんなに好きではなかったんだ。……ひどい話だけどな。
付き合っている間も、彼女はしきりに僕のことを『許している』と言った。
でもさ……確かに相手の家族は悲惨だったけど、あの事故はお互い様ではあったはずだ。向こうだって、多少のスピード違反をしていたし不注意もあった。僕だけが全部悪かったってことではなかったと思う。
父は死に、母は半身不随。頼れる親戚はおらず、子供二人で生きていかなければならない……。彼女の人生や家庭環境は苦難に満ちたものだったんだろう。
でも僕だってあの後それなりにつらい思いをして生きてきた。彼らに一方的な贖罪の気持ちをずっと抱いて生活していたわけじゃない。
一緒にいる時間、何度も何度も許しているからと言われるのは、なんだか『冷める』気持ちだった。
彼女と恋人同士になった僕は、彼女から誘われてセックスをした。セックスをするときは、いつも彼女から誘われてしていた。
もちろん僕は、毎回ちゃんと避妊をした。……でも、なぜか彼女は妊娠したんだ。
「……どうして……?」
……後でわかったことだけど、避妊具に全部穴があけられていたんだ。彼女自身がそれをやっていたんだって。僕が用意していたものにも、彼女が用意していたものにも、全部。
僕はそれに気づいて、どういうこと?って話した。彼女には、僕がちょっと離れた隙に穴を開けたんだって言われた。
彼女は、僕の子供を妊娠することで、僕に復讐するとともに僕を繋ぎ止めておこうとしたんだと思う。『こうすればずっと私と一緒にいるでしょ?』って言われたから。
でも当然だけど、僕は彼女を妊娠させるつもりは全くなかったし、そういうのはお互いの同意が必要なんじゃないの?って話した。
お互いの家族を交えて、本当の話をして、どうするか決めなきゃいけないって。君がやったことも、ちゃんと家族の前で話して欲しいって。そして僕個人の意見としては、今子供を産まれても育てられないってことも、話した。
……で、その話をした翌日、彼女は自殺してしまったんだよ。僕の目の前で電車に飛び込んで。
そしてその2ヶ月後、半身不随でほぼ寝たきり状態になっていた彼女の母も……心労が原因だかで死んでしまった。
僕の悲劇的な人生の始まりになった交通事故の四人家族は……これで四人中三人が死んだ。全員が『僕のせいだ』と言われても仕方がない理由で。
ヤミは俯いている。悲しみとは少し違った……自嘲的な表情に見えた。全てを諦めた人が見せるある種悟ったような、穏やかとも取れる表情。
「それは……あなたのせいなのかな?……少し違う気もするけど……」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、半分は僕のせいだろ?彼女とセックスしたのは僕なんだから。
そもそも好きでもないのに付き合わなければよかったと言われたらそうだし、好きでもないのにそういうことをするべきじゃなかったと言われたら、何も言えない」
「…………そこまで深く考えて、男女の付き合いをしている人も、そう多くはないよ」
「……ありがとう。で、まだ続きがあるから聞いてくれないか?」
「……うん」
……彼の悲劇は、まだ続くのか。
神様はどうして、ヤミにここまでの試練を与えるんだろう。すごく不公平だと思う。私は不公平が嫌いだから、聞いているとイライラしてきてしまう。ヤミにじゃなくて、運命の神様に対して。
私は運命なんてものを信じないようにして生きてきた。自分の行く先が何者かに全部決められているなんて、生きる意味がまったくない気がしてその虚無感にぞっとするから。
でも彼の話を聞くと、彼の人生はいたるところで『運命的ななにか』に導かれているようにも思える。意地でも彼を悲劇の道に行かせようとする執念深い運命の女神が、彼の背中にぺったりと取り憑いているような。
ヤミの……話の続きを聞こう。私には、その義務がある。彼の最期を見届ける友人として、彼を知る義務が。
高校受験をした僕は、都内の進学校に入学した。そこで……出会ったんだ。彼女と。
「……彼女?」
火置さんは覚えているかな?僕が3歳の時に交通事故に遭ったって話を。
僕は道路に飛び出して、車にぶつかって、運転手は急ハンドルを切って電柱にめり込んで死んだ。その運転手の娘と同じ高校だったんだ。
僕が入学したとき、彼女は高校3年生だった。
向こうから声をかけてきた。僕は彼女が交通事故の相手の家族だって気づいて……第一声で謝った。僕の飛び出しで、彼女の父親は死んだようなものだったから。でも、『許しているから』って言われた。
彼女は美しい女の子だった。一人でいることが多かった僕の事を気にかけてくれて、同じ時間を過ごすようになった。
そして……僕達は恋人同士になった。
彼女から、愛してるって言われたんだ。
誰かから『愛している』なんて言われたのは……初めてだった。でも本当の事を言うと、僕は彼女の事がそんなに好きではなかったんだ。……ひどい話だけどな。
付き合っている間も、彼女はしきりに僕のことを『許している』と言った。
でもさ……確かに相手の家族は悲惨だったけど、あの事故はお互い様ではあったはずだ。向こうだって、多少のスピード違反をしていたし不注意もあった。僕だけが全部悪かったってことではなかったと思う。
父は死に、母は半身不随。頼れる親戚はおらず、子供二人で生きていかなければならない……。彼女の人生や家庭環境は苦難に満ちたものだったんだろう。
でも僕だってあの後それなりにつらい思いをして生きてきた。彼らに一方的な贖罪の気持ちをずっと抱いて生活していたわけじゃない。
一緒にいる時間、何度も何度も許しているからと言われるのは、なんだか『冷める』気持ちだった。
彼女と恋人同士になった僕は、彼女から誘われてセックスをした。セックスをするときは、いつも彼女から誘われてしていた。
もちろん僕は、毎回ちゃんと避妊をした。……でも、なぜか彼女は妊娠したんだ。
「……どうして……?」
……後でわかったことだけど、避妊具に全部穴があけられていたんだ。彼女自身がそれをやっていたんだって。僕が用意していたものにも、彼女が用意していたものにも、全部。
僕はそれに気づいて、どういうこと?って話した。彼女には、僕がちょっと離れた隙に穴を開けたんだって言われた。
彼女は、僕の子供を妊娠することで、僕に復讐するとともに僕を繋ぎ止めておこうとしたんだと思う。『こうすればずっと私と一緒にいるでしょ?』って言われたから。
でも当然だけど、僕は彼女を妊娠させるつもりは全くなかったし、そういうのはお互いの同意が必要なんじゃないの?って話した。
お互いの家族を交えて、本当の話をして、どうするか決めなきゃいけないって。君がやったことも、ちゃんと家族の前で話して欲しいって。そして僕個人の意見としては、今子供を産まれても育てられないってことも、話した。
……で、その話をした翌日、彼女は自殺してしまったんだよ。僕の目の前で電車に飛び込んで。
そしてその2ヶ月後、半身不随でほぼ寝たきり状態になっていた彼女の母も……心労が原因だかで死んでしまった。
僕の悲劇的な人生の始まりになった交通事故の四人家族は……これで四人中三人が死んだ。全員が『僕のせいだ』と言われても仕方がない理由で。
ヤミは俯いている。悲しみとは少し違った……自嘲的な表情に見えた。全てを諦めた人が見せるある種悟ったような、穏やかとも取れる表情。
「それは……あなたのせいなのかな?……少し違う気もするけど……」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、半分は僕のせいだろ?彼女とセックスしたのは僕なんだから。
そもそも好きでもないのに付き合わなければよかったと言われたらそうだし、好きでもないのにそういうことをするべきじゃなかったと言われたら、何も言えない」
「…………そこまで深く考えて、男女の付き合いをしている人も、そう多くはないよ」
「……ありがとう。で、まだ続きがあるから聞いてくれないか?」
「……うん」
……彼の悲劇は、まだ続くのか。
神様はどうして、ヤミにここまでの試練を与えるんだろう。すごく不公平だと思う。私は不公平が嫌いだから、聞いているとイライラしてきてしまう。ヤミにじゃなくて、運命の神様に対して。
私は運命なんてものを信じないようにして生きてきた。自分の行く先が何者かに全部決められているなんて、生きる意味がまったくない気がしてその虚無感にぞっとするから。
でも彼の話を聞くと、彼の人生はいたるところで『運命的ななにか』に導かれているようにも思える。意地でも彼を悲劇の道に行かせようとする執念深い運命の女神が、彼の背中にぺったりと取り憑いているような。
ヤミの……話の続きを聞こう。私には、その義務がある。彼の最期を見届ける友人として、彼を知る義務が。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる