28 / 67
第三章 探索
ヤミの神様の話~禁忌の4項目~2
しおりを挟む
「……そうそう、あとね、ずっと疑問だったことが一つ解消したの。『自殺』を禁忌にしているから、あなたは自殺しなかったのね。天国に行けなくなっちゃうから」
「そう。死にたがってるくせに自殺をNGのルールにするなんて……自分で決めておいてすごく後悔したけどね。
でも僕は色々な本を読んで各方面の専門家の意見を調べて、自分が理論的に納得できる内容を吟味した上で『禁忌の項目』を決めたんだ。だから、後悔はしていても間違っているとは思わない」
「……あなたってやっぱり……変わってる。面白い人ね」
僕はよく人から『変だ』と言われてきたけれど、その『変』にはいつも侮蔑や多少の悪意が込められていた。
でも彼女の言う『変わってる』は不思議と僕を心地よくさせてくれる。言葉の中に、嫌なエネルギーが含まれていない感じがするんだ。
彼女はきっと、『変わっている』ことを『悪』だと考えていないのだと思う。……彼女自身、なかなかに変わっている人だとは思うし。
虚空を見て少しの時間考え事をしていた火置さんが、また口を開いた。
「…………ね、ヤミの考える天国はどんな所なの?」
「天国は……光に満ちた場所。ただ光だけがあって、神様がいる場所」
「……何か楽しいことは?」
「楽しいこと?」
「どこにもない風景とか、毎日変わる空とか、冒険の日々とか」
「楽しいと言うより、不変なんだ」
「……不変」
「変化がなく安定している。あるとしたら……神の愛だけかな。神様は全てを平等に愛してくれるから」
「ふーん。………………じゃあ、私は天国にいきたくないな」
「……なんで?」
「私は誰かの特別のほうがいい。平等に愛されても全然嬉しくない」
「へえ」
………………誰かの、特別か。
「無限に広がる時空の中でたった一人でいいから、その一人が私だけをどこまでも深く愛して欲しい。その他の人には憎まれたって無視されたって、忘れ去られたって平気。
もし私のことを魂ごと愛してくれるなら、私はその人になら殺されてもいい」
どこだかわからない一点を見つめながら話す火置さんのいつもと違った雰囲気に、僕は何も言えなくなる。
それに、彼女がそんなことを言うなんて意外に思えた。だって、彼女は一人で生きることを『楽しんでいる』ように見えていたから。『特定の誰かから愛されること』にあまり興味がないように思えていたんだ。
「…………なんてね。……その天国は……あなたの理想の世界なのね。苦しみも痛みもなく、神の愛だけがある安定した世界」
いつもと同じ調子に戻った火置さんが話を続ける。
……もう少し、君の話を聞きたかったのに。君はいつも肝心なところで、するりと話題を躱してしまう。まるで撫でられるのが嫌いな猫みたいに。
「そうだね、僕の理想の世界だ。現世の悲劇は、もうこりごりだから。……火置さんは、死後の世界を信じてる?」
「……あなたから散々こんな話を聞いておいてあれだけど……信じていないわ」
「そうなんだ」
「大事なのは、生きることだと思ってるから」
彼女の瞳が、強く輝く。僕は彼女の鋭い視線が結構好きだ。君の強さには、尊敬と崇拝に似た気持ちを起こさせる。
君の瞳の向こうには神様がいて、神様が君を通して僕に語りかけてくれているのかもしれない。
「……そうか」
「だから、正直に言って、あなたにももっと生きてほしいけどね」
「……死刑囚に言う言葉じゃないね。もうどうしようもないしな」
僕は苦笑いしながら答える。
「だよね……ごめん」
火置さんは目を伏せる。その瞳は、少し悲しそうに揺れる。言葉通りに受け取るならば、彼女は……僕に死んでほしくないと思ってるんだ。僕の胸の奥も、なぜだか少しだけチクリと痛む。
死んで神様のところに行きたいという僕の理想と、死んでほしくないという君の願いが生み出す摩擦で、心がひりついているのかもしれない。
「……火置さん、これだけは言いたいんだけど」
「……何?」
「僕、死刑になる前に君に会えて本当によかったと思ってるんだ。君にはとても感謝してるよ。君が来てくれてから、毎日がとても楽しいんだ」
「…………そっか」
「……そろそろ、時空の魔法だっけ?を使えるようになった?時空の魔法が使えるようになったら、君はここから出ていってしまうんだよね?
君はいつまでここにいてくれるんだろう。そのうちいなくなってしまうと思うと、少し寂しい」
「……まだ、魔法が使えないの。だからもう少しあなたにはお世話になると思う。……あとちょっとかもしれないけど、それまでよろしくね」
「よかった。君には申し訳ないけど、もう少しここにいてくれるのは嬉しいな。明日もたくさん話そうよ」
「そうだね、話そう」
「明日も君の話を聞きたい。今日は魔法が使えるようになる前で終わってしまったから、どうやって魔法が使えるようになったのかを聞きたい。
君がどんな人生を歩んできたのか、興味があるんだ。刑務所探索の合間でもいいから、また僕と話をしてほしい」
「……うん、わかった。……ヤミ、私そろそろ眠くなっちゃった。寝るね」
「わかった。長くなってごめんね。おやすみ、火置さん」
「ん……おやすみ……」
「そう。死にたがってるくせに自殺をNGのルールにするなんて……自分で決めておいてすごく後悔したけどね。
でも僕は色々な本を読んで各方面の専門家の意見を調べて、自分が理論的に納得できる内容を吟味した上で『禁忌の項目』を決めたんだ。だから、後悔はしていても間違っているとは思わない」
「……あなたってやっぱり……変わってる。面白い人ね」
僕はよく人から『変だ』と言われてきたけれど、その『変』にはいつも侮蔑や多少の悪意が込められていた。
でも彼女の言う『変わってる』は不思議と僕を心地よくさせてくれる。言葉の中に、嫌なエネルギーが含まれていない感じがするんだ。
彼女はきっと、『変わっている』ことを『悪』だと考えていないのだと思う。……彼女自身、なかなかに変わっている人だとは思うし。
虚空を見て少しの時間考え事をしていた火置さんが、また口を開いた。
「…………ね、ヤミの考える天国はどんな所なの?」
「天国は……光に満ちた場所。ただ光だけがあって、神様がいる場所」
「……何か楽しいことは?」
「楽しいこと?」
「どこにもない風景とか、毎日変わる空とか、冒険の日々とか」
「楽しいと言うより、不変なんだ」
「……不変」
「変化がなく安定している。あるとしたら……神の愛だけかな。神様は全てを平等に愛してくれるから」
「ふーん。………………じゃあ、私は天国にいきたくないな」
「……なんで?」
「私は誰かの特別のほうがいい。平等に愛されても全然嬉しくない」
「へえ」
………………誰かの、特別か。
「無限に広がる時空の中でたった一人でいいから、その一人が私だけをどこまでも深く愛して欲しい。その他の人には憎まれたって無視されたって、忘れ去られたって平気。
もし私のことを魂ごと愛してくれるなら、私はその人になら殺されてもいい」
どこだかわからない一点を見つめながら話す火置さんのいつもと違った雰囲気に、僕は何も言えなくなる。
それに、彼女がそんなことを言うなんて意外に思えた。だって、彼女は一人で生きることを『楽しんでいる』ように見えていたから。『特定の誰かから愛されること』にあまり興味がないように思えていたんだ。
「…………なんてね。……その天国は……あなたの理想の世界なのね。苦しみも痛みもなく、神の愛だけがある安定した世界」
いつもと同じ調子に戻った火置さんが話を続ける。
……もう少し、君の話を聞きたかったのに。君はいつも肝心なところで、するりと話題を躱してしまう。まるで撫でられるのが嫌いな猫みたいに。
「そうだね、僕の理想の世界だ。現世の悲劇は、もうこりごりだから。……火置さんは、死後の世界を信じてる?」
「……あなたから散々こんな話を聞いておいてあれだけど……信じていないわ」
「そうなんだ」
「大事なのは、生きることだと思ってるから」
彼女の瞳が、強く輝く。僕は彼女の鋭い視線が結構好きだ。君の強さには、尊敬と崇拝に似た気持ちを起こさせる。
君の瞳の向こうには神様がいて、神様が君を通して僕に語りかけてくれているのかもしれない。
「……そうか」
「だから、正直に言って、あなたにももっと生きてほしいけどね」
「……死刑囚に言う言葉じゃないね。もうどうしようもないしな」
僕は苦笑いしながら答える。
「だよね……ごめん」
火置さんは目を伏せる。その瞳は、少し悲しそうに揺れる。言葉通りに受け取るならば、彼女は……僕に死んでほしくないと思ってるんだ。僕の胸の奥も、なぜだか少しだけチクリと痛む。
死んで神様のところに行きたいという僕の理想と、死んでほしくないという君の願いが生み出す摩擦で、心がひりついているのかもしれない。
「……火置さん、これだけは言いたいんだけど」
「……何?」
「僕、死刑になる前に君に会えて本当によかったと思ってるんだ。君にはとても感謝してるよ。君が来てくれてから、毎日がとても楽しいんだ」
「…………そっか」
「……そろそろ、時空の魔法だっけ?を使えるようになった?時空の魔法が使えるようになったら、君はここから出ていってしまうんだよね?
君はいつまでここにいてくれるんだろう。そのうちいなくなってしまうと思うと、少し寂しい」
「……まだ、魔法が使えないの。だからもう少しあなたにはお世話になると思う。……あとちょっとかもしれないけど、それまでよろしくね」
「よかった。君には申し訳ないけど、もう少しここにいてくれるのは嬉しいな。明日もたくさん話そうよ」
「そうだね、話そう」
「明日も君の話を聞きたい。今日は魔法が使えるようになる前で終わってしまったから、どうやって魔法が使えるようになったのかを聞きたい。
君がどんな人生を歩んできたのか、興味があるんだ。刑務所探索の合間でもいいから、また僕と話をしてほしい」
「……うん、わかった。……ヤミ、私そろそろ眠くなっちゃった。寝るね」
「わかった。長くなってごめんね。おやすみ、火置さん」
「ん……おやすみ……」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる