18 / 67
第二章 神様
口喧嘩
しおりを挟む
「うわ………ほら、そうやって人のこと品定めしてたんだ。やっぱりやな感じ」
火置さんは目を細めて僕に言う。
でも『やな感じ』って言われてもな。僕はただ、気になったからチェックリストに当てはめて『その人が光か闇か』を見ていただけだ。
チェック以上の事はしていないし、例えば『闇側だったから意地悪する』とか、そういったこともしていない。
結果を見て『ああ、そうか』と思う、本当にただそれだけだったんだ。
「……人聞きの悪い……僕に近づくなんてどんな人だろうって、単純に気になっただけだよ。君だって、人の好き嫌いはあるだろ?」
「あるけど、チェックリストで判断ってどうなの?それだけでその人の全てはわからない。テストみたいにチェックして人のことをわかった気になるのは傲慢よ」
「別に一度きりの行動のみで判断するわけじゃない。多分君が思う以上に厳密に判定してるよ?」
「『判定』って言い方に引っかかるんだよなぁ……私が気にし過ぎなのかしら」
「君は……細かいんじゃない?」
「なっ!!」
「誰しも少なからずそういうことをしてると思うんだ。この人はどんな人だろう、付き合う価値のある人間なんだろうかって……見定めているだろう?君は『チェックリスト』って言葉に惑わされてるだけだと思う」
「チェックリストがあることで、柔軟な見方ができなくなるってのはあると思うけど!」
彼女の口調に熱が帯びる。怒っているんだろうか。
「君って結構……頑固だし文句言いだね」
「!?おかしな思想をもってるあなたに言われたくないよ!?」
右手の人差し指を立てて僕に迫る火置さん。左手を腰に当てて立ち上がり、こっちを睨む。
そこまで本気には見えないけど……にしてもやっぱり火置さんは、それなりに『怒って』るみたいだ。
誰かにこうやって怒られたのって、いつぶりだろう?自分に対してストレートな感情をぶつけられることに、ちょっとした心地よさを感じる。
……なんだろう、すごく楽しくなってきた。
「……………………ふっ」
「??」
「ふふ、ははは!!」
自然に笑ってしまう。楽しい。
「ちょっと、何笑ってんの…………」
彼女は明らかに困惑している。でも、止まらない。笑いが止まらない。
「つい……楽しくて……」
笑いすぎて涙目になってきた。人差し指で目の端に溜まった涙を拭きながら、火置さんを見る。彼女は眉を下げて困った顔をしながら僕を見ている。
「楽しい?軽い喧嘩じゃない」
「喧嘩できることが、楽しい」
僕の返事を聞いた火置さんは一瞬呆気にとられたようだったけど、ふっと優しい表情になった。
「…………ヤミ、笑えるんだね。ずっとぼんやりした顔してたから、笑えないんだと思ってた。笑ってる顔、素敵だよ」
「……ありがとう」
「笑う門には福来るってね!きっと明日も楽しいよ」
「たしかにね。毎日楽しくて、最後には神様の所に行けるなんて、僕は世界一の幸せ者かもしれない」
「…………そう思えるなら幸せね」
なんとなく会話が終了し、僕達はそれぞれの時間を過ごしていた。
ふと気づけば、窓から見える空に夕闇の気配が忍び寄る。今何時かなと時計を見やると、針は17時半を指すところだった。
唐突に三回ノックの音がなる。扉の小窓を覗くと、その日の夕飯が届けられていた。
夕飯はしっかりと二人分用意されていて、彼女がこの部屋で生活することが正式に許可されたのだということを、改めて実感する。
僕はベッドに腰掛けて、彼女はデスクのチェアに座って、自分の夕食を無言で平らげる。ちなみに今日のメニューは、ホイコーローと小松菜の煮浸しと大根の味噌汁と麦ごはんだった。
「そういえば、カミサマは私について何か言ってた?私のことを認識しているなら……私の個室は用意してくれないのかしら」
「え、個室に移動したいの?」
そんなそぶりを見せていなかったから全然気づかなかった。そうか、火置さんは個室に移動したいのか。
「……あなた、自分が男だってわかってる?ずっと家族以外の男の人と同じ部屋っていうのは、私の気が休まらないわよ?」
「僕は君に指一本ふれないよ?」
「!それは安心だけど……あなたがよくても私が気にするよ!おちおちいびきもかけないし、お尻もかけない」
「夜たまに目が覚めたけど、君は静かに寝てたよ。とにかく、そんなこと気にしなくていいよ」
「そういうことを言ってるんじゃなくて!」
「?じゃあ、どういうこと?」
「あなた、天然なの……?」
彼女がなんとも形容のしがたい顔で僕を見る。微妙な沈黙が流れる中、再度ドアがノックされた。二人で扉の方を見ると、看守がもう一台のベッドを届けにやって来たところだった。
「助かった。今日からまたベッドで寝られる」
「ベッドをくれるなら、別室を用意してくれればいいのに……」
「……今度のカミサマ面談でお願いしてみるよ」
「……よろしくね」
僕はキャスター付きのベッドを、独房の扉を塞がない位置に移動させた。これで今日から快適に眠れそうだ。
彼女は自分のベッドで長い間書き物をしているようだった。僕はといえば、今日あったことをぼんやりと思い返していた。
今日も色々な事があった。火置さんと『僕の神様』の話をして、その後『カミサマ』との面談があって、火置さんとちょっとした喧嘩をして、二つ目のベッドが届けられて……。
明日は何があるんだろう。楽しみだな。
やがて消灯時間になり、部屋の明かりが落とされる。
「ヤミ、おやすみ」
「……おやすみ、火置さん」
僕達はそれぞれのベッドで、深いまどろみの闇の中に沈んでいった。
火置さんは目を細めて僕に言う。
でも『やな感じ』って言われてもな。僕はただ、気になったからチェックリストに当てはめて『その人が光か闇か』を見ていただけだ。
チェック以上の事はしていないし、例えば『闇側だったから意地悪する』とか、そういったこともしていない。
結果を見て『ああ、そうか』と思う、本当にただそれだけだったんだ。
「……人聞きの悪い……僕に近づくなんてどんな人だろうって、単純に気になっただけだよ。君だって、人の好き嫌いはあるだろ?」
「あるけど、チェックリストで判断ってどうなの?それだけでその人の全てはわからない。テストみたいにチェックして人のことをわかった気になるのは傲慢よ」
「別に一度きりの行動のみで判断するわけじゃない。多分君が思う以上に厳密に判定してるよ?」
「『判定』って言い方に引っかかるんだよなぁ……私が気にし過ぎなのかしら」
「君は……細かいんじゃない?」
「なっ!!」
「誰しも少なからずそういうことをしてると思うんだ。この人はどんな人だろう、付き合う価値のある人間なんだろうかって……見定めているだろう?君は『チェックリスト』って言葉に惑わされてるだけだと思う」
「チェックリストがあることで、柔軟な見方ができなくなるってのはあると思うけど!」
彼女の口調に熱が帯びる。怒っているんだろうか。
「君って結構……頑固だし文句言いだね」
「!?おかしな思想をもってるあなたに言われたくないよ!?」
右手の人差し指を立てて僕に迫る火置さん。左手を腰に当てて立ち上がり、こっちを睨む。
そこまで本気には見えないけど……にしてもやっぱり火置さんは、それなりに『怒って』るみたいだ。
誰かにこうやって怒られたのって、いつぶりだろう?自分に対してストレートな感情をぶつけられることに、ちょっとした心地よさを感じる。
……なんだろう、すごく楽しくなってきた。
「……………………ふっ」
「??」
「ふふ、ははは!!」
自然に笑ってしまう。楽しい。
「ちょっと、何笑ってんの…………」
彼女は明らかに困惑している。でも、止まらない。笑いが止まらない。
「つい……楽しくて……」
笑いすぎて涙目になってきた。人差し指で目の端に溜まった涙を拭きながら、火置さんを見る。彼女は眉を下げて困った顔をしながら僕を見ている。
「楽しい?軽い喧嘩じゃない」
「喧嘩できることが、楽しい」
僕の返事を聞いた火置さんは一瞬呆気にとられたようだったけど、ふっと優しい表情になった。
「…………ヤミ、笑えるんだね。ずっとぼんやりした顔してたから、笑えないんだと思ってた。笑ってる顔、素敵だよ」
「……ありがとう」
「笑う門には福来るってね!きっと明日も楽しいよ」
「たしかにね。毎日楽しくて、最後には神様の所に行けるなんて、僕は世界一の幸せ者かもしれない」
「…………そう思えるなら幸せね」
なんとなく会話が終了し、僕達はそれぞれの時間を過ごしていた。
ふと気づけば、窓から見える空に夕闇の気配が忍び寄る。今何時かなと時計を見やると、針は17時半を指すところだった。
唐突に三回ノックの音がなる。扉の小窓を覗くと、その日の夕飯が届けられていた。
夕飯はしっかりと二人分用意されていて、彼女がこの部屋で生活することが正式に許可されたのだということを、改めて実感する。
僕はベッドに腰掛けて、彼女はデスクのチェアに座って、自分の夕食を無言で平らげる。ちなみに今日のメニューは、ホイコーローと小松菜の煮浸しと大根の味噌汁と麦ごはんだった。
「そういえば、カミサマは私について何か言ってた?私のことを認識しているなら……私の個室は用意してくれないのかしら」
「え、個室に移動したいの?」
そんなそぶりを見せていなかったから全然気づかなかった。そうか、火置さんは個室に移動したいのか。
「……あなた、自分が男だってわかってる?ずっと家族以外の男の人と同じ部屋っていうのは、私の気が休まらないわよ?」
「僕は君に指一本ふれないよ?」
「!それは安心だけど……あなたがよくても私が気にするよ!おちおちいびきもかけないし、お尻もかけない」
「夜たまに目が覚めたけど、君は静かに寝てたよ。とにかく、そんなこと気にしなくていいよ」
「そういうことを言ってるんじゃなくて!」
「?じゃあ、どういうこと?」
「あなた、天然なの……?」
彼女がなんとも形容のしがたい顔で僕を見る。微妙な沈黙が流れる中、再度ドアがノックされた。二人で扉の方を見ると、看守がもう一台のベッドを届けにやって来たところだった。
「助かった。今日からまたベッドで寝られる」
「ベッドをくれるなら、別室を用意してくれればいいのに……」
「……今度のカミサマ面談でお願いしてみるよ」
「……よろしくね」
僕はキャスター付きのベッドを、独房の扉を塞がない位置に移動させた。これで今日から快適に眠れそうだ。
彼女は自分のベッドで長い間書き物をしているようだった。僕はといえば、今日あったことをぼんやりと思い返していた。
今日も色々な事があった。火置さんと『僕の神様』の話をして、その後『カミサマ』との面談があって、火置さんとちょっとした喧嘩をして、二つ目のベッドが届けられて……。
明日は何があるんだろう。楽しみだな。
やがて消灯時間になり、部屋の明かりが落とされる。
「ヤミ、おやすみ」
「……おやすみ、火置さん」
僕達はそれぞれのベッドで、深いまどろみの闇の中に沈んでいった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
青い死神に似合う服
fig
ライト文芸
テーラー・ヨネに縫えないものはない。
どんな洋服も思いのまま。
だから、いつか必ず縫ってみせる。
愛しい、青い死神に似合う服を。
寺田ヨネは洋館を改装し仕立て屋を営んでいた。テーラー・ヨネの仕立てる服は特別製。どんな願いも叶える力を持つ。
少女のような外見ながら、その腕前は老舗のテーラーと比べても遜色ない。
アシスタントのマチとチャコ、客を紹介してくれるパイロット・ノアの協力を得ながら、ヨネは日々忙しく働いていた。
ある日、ノアの紹介でやってきたのは、若くして命を落としたバレエ・ダンサーの萌衣だった。
彼女の望みは婚約者への復讐。それを叶えるためのロマンチック・チュチュがご所望だった。
依頼の真意がわからずにいたが、次第に彼女が受けた傷、悲しみ、愛を理解していく。
そしてヨネ自身も、過去の愛と向き合うことになる。
ヨネにもかつて、愛した人がいた。遠い遠い昔のことだ。
いつか、その人のために服を縫いたいと夢を見ていた。
まだ、その夢は捨ててはいない。
マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~
Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。
おいしいご飯がたくさん出てきます。
いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。
助けられたり、恋をしたり。
愛とやさしさののあふれるお話です。
なろうにも投降中
涙の味に変わるまで【完結】
真名川正志
ライト文芸
28歳の山上正道(やまがみまさみち)は、片思いの初恋の相手である朝日奈明日奈(あさひなあすな)と10年ぶりに再会した。しかし、核シェルターの取材に来ていた明日奈は、正道のことを憶えていなかった。やがて核戦争が勃発したことがニュースで報道され、明日奈と正道は核シェルターの中に閉じ込められてしまい――。
(おかげ様で完結しました。応援ありがとうございました)
ぼくたちのたぬきち物語
アポロ
ライト文芸
一章にエピソード①〜⑩をまとめました。大人のための童話風ライト文芸として書きましたが、小学生でも読めます。
どの章から読みはじめても大丈夫です。
挿絵はアポロの友人・絵描きのひろ生さん提供。
アポロとたぬきちの見守り隊長、いつもありがとう。
初稿はnoteにて2021年夏〜22年冬、「こたぬきたぬきち、町へゆく」のタイトルで連載していました。
この思い入れのある作品を、全編加筆修正してアルファポリスに投稿します。
🍀一章│①〜⑩のあらすじ🍀
たぬきちは、化け狸の子です。
生まれてはじめて変化の術に成功し、ちょっとおしゃれなかわいい少年にうまく化けました。やったね。
たぬきちは、人生ではじめて山から町へ行くのです。(はい、人生です)
現在行方不明の父さんたぬき・ぽんたから教えてもらった記憶を頼りに、憧れの町の「映画館」を目指します。
さて無事にたどり着けるかどうか。
旅にハプニングはつきものです。
少年たぬきちの小さな冒険を、ぜひ見守ってあげてください。
届けたいのは、ささやかな感動です。
心を込め込め書きました。
あなたにも、届け。
ハナサクカフェ
あまくに みか
ライト文芸
第2回ライト文芸大賞 家族愛賞いただきました。
カクヨムの方に若干修正したものを載せています
https://kakuyomu.jp/works/16818093077419700039
ハナサクカフェは、赤ちゃん&乳児専用のカフェ。
おばあちゃん店長の櫻子さん、微笑みのハナさん、ちょっと口の悪い田辺のおばちゃんが、お迎えします。
目次
ノイローゼの女
イクメンの男
SNSの女
シングルの女
逃げた女
閑話:死ぬまでに、やりたいこと
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ミッドナイトウルブス
石田 昌行
ライト文芸
走り屋の聖地「八神街道」から、「狼たち」の足跡が失われて十数年。
走り屋予備軍の女子高生「猿渡眞琴」は、隣家に住む冴えない地方公務員「壬生翔一郎」の世話を焼きつつ、青春を謳歌していた。
眞琴にとって、子供の頃からずっとそばにいた、ほっておけない駄目兄貴な翔一郎。
誰から見ても、ぱっとしない三十路オトコに過ぎない翔一郎。
しかし、ひょんなことから眞琴は、そんな彼がかつて「八神の魔術師」と渾名された伝説的な走り屋であったことを知る──…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる