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第二章 神様
カミサマとの邂逅
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5日ぶりに僕の独房の扉を開いたのは、看守の男だった。
特別棟に来てから初めて見た看守の顔。内面の陰気さを隠そうともしない土気色の顔は、見ているだけで気が滅入りそうだ。
「囚人番号2084、出なさい。カミサマとの面談だぞ」
感情のこもらない、野太く機械的な声で呼ばれる。
特別棟に移される前の、ごくごく一般的な刑務所生活の日々をうっすらと思い出す。
でもあっちにいた看守は、もう少し『生きている感じ』があった気がする。こっちの看守は、どこからどう見ても生気がない。
『実は死んでるんです』と告白されたら素直に信じてしまいそうになるほどの、生気のなさだった。
奇妙なのはそれだけじゃない。一番おかしいのは、看守が火置さんに対して何も反応しないことだ。絶対に視界に入っているはずなのに、彼女の方を見ようとすらしない。
こんなことってあるんだろうか?だって囚人番号2084の独房に、囚人番号2084以外の人がいるんだよ?しかも、女の子。普通なら、扉を開けた瞬間に腰を抜かしてもおかしくないくらい、驚くべきことだと思う。
え、まさか……火置さんって、僕にしか見えていないとか……?だって『魔法使い』なんて……よくよく考えたら現実的にありえない話だもんな。
僕は自分で作り出した妄想の幻覚を見ていたのだろうか。まずい……頭がクラクラしてきた……。
軽い目眩を覚えつつ、看守に連れられて長い廊下を歩く。天井も壁も床も真っ白で、遠近感のない廊下。目眩の原因はこのせいもあるかもしれない。
どこまで歩いてもどこにも辿り着けないんじゃないか……そう思わせるような長い廊下だったが、気づけば行き止まりにぶち当たっていた。全部白だから、行き止まりかどうかすら直前までわからなかった。
看守のくせに道を間違ったのかな、とぼんやり考えていたら、彼は突き当りの壁のすぐ横を手で押した。目を凝らしてみると、そこには白いボタンがついていた。
きっとこの特別棟のオーナーである『カミサマ』は、大層『白い色』がお好きなんだろう。
不便だとしか言いようがないのにここまで白にこだわるなんて、きっと偏執的で面倒なタイプに違いない。できればあまり、近づきたくない人種だ。……人のことを言えないかもという自分へのツッコミは、この際しないでおこう。
ほどなくして、目の前の扉が開く。看守は僕を中に入るように促した。入った部屋は、真っ白で何も無い部屋だった。……ここも白か。流石に頭がおかしくなりそうだ。
突き刺さる白に目が痛くなって、俯いて眉間を押さえる。すると前方から、よく通る聞き取りやすい声が響いた。
「こんにちは。囚人番号2084。ご無沙汰しています」
その声は妙に若々しくハキハキしているのに、なぜだか脳の裏に引っかかるような不快感がある。
僕はゆっくりと顔を上げる。部屋の中央付近に、全身白づくめの背の高い男が両手を広げて立っていた。……『カミサマ』だった。
カミサマ。
10年ほど前に、この国に現れた謎の男。やつは突然国会を占拠し、この国の『宗教のトップ』を名乗りだした。
国会中継の生放送中、カミサマは国会議事堂に乱入して議長席に立ち、全国民に告げたのだ。
『これからは、私カミサマがこの国の宗教の長として君臨いたします。大丈夫、何も不安に思うことはありません。
別に、踏み絵してできないやつを見せしめに殺すとか、毎日一人生贄を要求するとか、そういったことはしません。皆様には、いつも通り生活していただきます。ただ、私が、この国の宗教のトップだということ、ただそれだけなのです』
国は一時騒然となり大混乱に陥ったが、それ以降カミサマが何かをしてくるわけでもなく、事件を起こすわけでもなく、信者の暴動などが起きることもなく、気づけば『この国にはカミサマがいる』ということが自然になっていったのだ。
カミサマは時折テレビやラジオやSNSに顔を出しては、国民に愛を語る。いつしか国民の『ゆるキャラ』みたいな立ち位置になっていた。
『カミサマストラップ』が一時期女子高生の間で大流行し、どこもかしこもみんながスマホから白い人形をぶら下げていた。僕は気味が悪いと思いながら、それを眺めていたのを記憶している。
それにしても……改めて見るこの男は、やはり『奇妙』という他ない。
2メートルはあるんじゃないかという高身長で、手足が異様に長くヒョロヒョロとした体型。ツヤツヤしたシワのない顔には、常にわざとらしい微笑みを浮かべている。
顔だけなら2,30代くらいに見えるのに、なぜか髪と髭は真っ白だった。しかもその髪と髭は長くて毛量が多く、豊かに波打っている。その部分だけを切り取って見ると『いかにも神っぽい』と言えるかもしれない。
ちなみに『神っぽい』部分はもうひとつある。その服装だ。彼はギリシア神話の神々が着ているような、ゆったりとしたローブを身につけていたのだ。
堂々とした体躯の人が身につけてこそ、そのローブは映えるのだろう。しかし肝心の彼はひどく痩せていて、ローブを纏うことでよりその肉体の貧弱さが強調されているように見えた。
そう、シンプルに言うと何もかもが『しっくりこない』し『不快』なのだ。すべての要素がチグハグな気がして、その姿を見ているだけで落ち着かない気分になってくる。
「どうかしましたか?ぼーっとして。あなたとは……あの時以来ですね。ここに最初に来た時に一度お会いして以来。どうです、ここの生活にも慣れましたか?」
「……おかげさまで」
「そうですか。それならよかったです。……では、早速ですが始めましょうか。『第一回カミサマ面談』です。さあどうぞ、そこの椅子にかけてください」
僕は白い部屋の中央にぽつんと二つ置かれた木造りの椅子に腰を下ろす。面と向かう形で、カミサマも椅子に座った。
視線を上げて目の前をよく見ると、カミサマと僕との間はガラスの板のようなもので仕切られているようだ。防犯的な意味合いだろうか。少なくとも僕には、カミサマに触れることは認められていないようだった。
「…………カミサマとか言う割に、随分と用心深いんだな。囚人が暴れて襲いかかってくるのが心配?」
「………………はぁ、あなたの目の前にいるカミサマが私でよかったですよ。他のカミサマならそんな口の聞き方許してくれませんよ?……まあ、いいでしょう。始めましょうか」
こうして僕とカミサマの、最初の面談が始まった。
特別棟に来てから初めて見た看守の顔。内面の陰気さを隠そうともしない土気色の顔は、見ているだけで気が滅入りそうだ。
「囚人番号2084、出なさい。カミサマとの面談だぞ」
感情のこもらない、野太く機械的な声で呼ばれる。
特別棟に移される前の、ごくごく一般的な刑務所生活の日々をうっすらと思い出す。
でもあっちにいた看守は、もう少し『生きている感じ』があった気がする。こっちの看守は、どこからどう見ても生気がない。
『実は死んでるんです』と告白されたら素直に信じてしまいそうになるほどの、生気のなさだった。
奇妙なのはそれだけじゃない。一番おかしいのは、看守が火置さんに対して何も反応しないことだ。絶対に視界に入っているはずなのに、彼女の方を見ようとすらしない。
こんなことってあるんだろうか?だって囚人番号2084の独房に、囚人番号2084以外の人がいるんだよ?しかも、女の子。普通なら、扉を開けた瞬間に腰を抜かしてもおかしくないくらい、驚くべきことだと思う。
え、まさか……火置さんって、僕にしか見えていないとか……?だって『魔法使い』なんて……よくよく考えたら現実的にありえない話だもんな。
僕は自分で作り出した妄想の幻覚を見ていたのだろうか。まずい……頭がクラクラしてきた……。
軽い目眩を覚えつつ、看守に連れられて長い廊下を歩く。天井も壁も床も真っ白で、遠近感のない廊下。目眩の原因はこのせいもあるかもしれない。
どこまで歩いてもどこにも辿り着けないんじゃないか……そう思わせるような長い廊下だったが、気づけば行き止まりにぶち当たっていた。全部白だから、行き止まりかどうかすら直前までわからなかった。
看守のくせに道を間違ったのかな、とぼんやり考えていたら、彼は突き当りの壁のすぐ横を手で押した。目を凝らしてみると、そこには白いボタンがついていた。
きっとこの特別棟のオーナーである『カミサマ』は、大層『白い色』がお好きなんだろう。
不便だとしか言いようがないのにここまで白にこだわるなんて、きっと偏執的で面倒なタイプに違いない。できればあまり、近づきたくない人種だ。……人のことを言えないかもという自分へのツッコミは、この際しないでおこう。
ほどなくして、目の前の扉が開く。看守は僕を中に入るように促した。入った部屋は、真っ白で何も無い部屋だった。……ここも白か。流石に頭がおかしくなりそうだ。
突き刺さる白に目が痛くなって、俯いて眉間を押さえる。すると前方から、よく通る聞き取りやすい声が響いた。
「こんにちは。囚人番号2084。ご無沙汰しています」
その声は妙に若々しくハキハキしているのに、なぜだか脳の裏に引っかかるような不快感がある。
僕はゆっくりと顔を上げる。部屋の中央付近に、全身白づくめの背の高い男が両手を広げて立っていた。……『カミサマ』だった。
カミサマ。
10年ほど前に、この国に現れた謎の男。やつは突然国会を占拠し、この国の『宗教のトップ』を名乗りだした。
国会中継の生放送中、カミサマは国会議事堂に乱入して議長席に立ち、全国民に告げたのだ。
『これからは、私カミサマがこの国の宗教の長として君臨いたします。大丈夫、何も不安に思うことはありません。
別に、踏み絵してできないやつを見せしめに殺すとか、毎日一人生贄を要求するとか、そういったことはしません。皆様には、いつも通り生活していただきます。ただ、私が、この国の宗教のトップだということ、ただそれだけなのです』
国は一時騒然となり大混乱に陥ったが、それ以降カミサマが何かをしてくるわけでもなく、事件を起こすわけでもなく、信者の暴動などが起きることもなく、気づけば『この国にはカミサマがいる』ということが自然になっていったのだ。
カミサマは時折テレビやラジオやSNSに顔を出しては、国民に愛を語る。いつしか国民の『ゆるキャラ』みたいな立ち位置になっていた。
『カミサマストラップ』が一時期女子高生の間で大流行し、どこもかしこもみんながスマホから白い人形をぶら下げていた。僕は気味が悪いと思いながら、それを眺めていたのを記憶している。
それにしても……改めて見るこの男は、やはり『奇妙』という他ない。
2メートルはあるんじゃないかという高身長で、手足が異様に長くヒョロヒョロとした体型。ツヤツヤしたシワのない顔には、常にわざとらしい微笑みを浮かべている。
顔だけなら2,30代くらいに見えるのに、なぜか髪と髭は真っ白だった。しかもその髪と髭は長くて毛量が多く、豊かに波打っている。その部分だけを切り取って見ると『いかにも神っぽい』と言えるかもしれない。
ちなみに『神っぽい』部分はもうひとつある。その服装だ。彼はギリシア神話の神々が着ているような、ゆったりとしたローブを身につけていたのだ。
堂々とした体躯の人が身につけてこそ、そのローブは映えるのだろう。しかし肝心の彼はひどく痩せていて、ローブを纏うことでよりその肉体の貧弱さが強調されているように見えた。
そう、シンプルに言うと何もかもが『しっくりこない』し『不快』なのだ。すべての要素がチグハグな気がして、その姿を見ているだけで落ち着かない気分になってくる。
「どうかしましたか?ぼーっとして。あなたとは……あの時以来ですね。ここに最初に来た時に一度お会いして以来。どうです、ここの生活にも慣れましたか?」
「……おかげさまで」
「そうですか。それならよかったです。……では、早速ですが始めましょうか。『第一回カミサマ面談』です。さあどうぞ、そこの椅子にかけてください」
僕は白い部屋の中央にぽつんと二つ置かれた木造りの椅子に腰を下ろす。面と向かう形で、カミサマも椅子に座った。
視線を上げて目の前をよく見ると、カミサマと僕との間はガラスの板のようなもので仕切られているようだ。防犯的な意味合いだろうか。少なくとも僕には、カミサマに触れることは認められていないようだった。
「…………カミサマとか言う割に、随分と用心深いんだな。囚人が暴れて襲いかかってくるのが心配?」
「………………はぁ、あなたの目の前にいるカミサマが私でよかったですよ。他のカミサマならそんな口の聞き方許してくれませんよ?……まあ、いいでしょう。始めましょうか」
こうして僕とカミサマの、最初の面談が始まった。
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