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第五章「業火の魔女ヴァーナ」

40.ミーア・マルシェのお願い

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 ミーア・マルシェは有能な女性だった。
 長い黒髪にきりっとした目の美女。頭も良くて気遣いもできる彼女は、孤児としてやって来たにも関わらず使用人へと抜擢された。
 まだ十代と若かったがすぐに主任使用人に昇格。同じ境遇の孤児達を思い、『見守り役』であったレフォード達に見受け人の情報を秘かに流してくれる優しい女性でもあった。

 そんなミーアに転機が訪れたのはレフォード達兄弟がすべて孤児院から居なくなってすぐのこと。とある理由で孤児の身受けにやって来た男が、使用人として働くミーアに目をつける。


「彼女を身受けすることはできるのか」

 孤児や使用人に人権などなかった孤児院。院長は多額の身受け金を前に快く首を縦に振る。こうしてミーアは孤児院を出て別の場所で使用人として働くこととなる。


(え、これって……)

 孤児院から全く身受け先を聞かされなかったミーア。
 だが乗せられた馬車で国境、ヴェスタ公国との国境を越えて走る馬車の中でさすがの彼女も動揺を隠せなくなっていた。


(私、敵国に売られたの……??)

 当時すでにラフェル王国とヴェスタ公国で交戦は始まっていた。その敵国に入って走る馬車。窓から入る涼し気な風とは別に、ミーアは全身に汗をかいていた。
 だが身受け先の貴族の家での生活が始まるとそんな心配は杞憂に終わった。



「ラフェルの生活を教えて欲しい」

 貴族はラフェルの生活習慣を研究するのが仕事の文官。ミーアは使用人としての仕事をこなしながら貴族にラフェルの生活習慣を伝えて行った。生活は自由で、給金も孤児院時代とは比べられないほど貰えた。
 そして有能なミーアの才を知った貴族が政府の政務官試験を受けるよう勧める。合格率が低い超難関試験だったが、ミーアは二回目の試験で無事合格。晴れて政府政務官となる。そこから有能なミーアが上級政務官となるまでにさほど時間を要することはなかった。

 若くて美人で有能な政務官。それは国のトップである公爵すら一目置く存在となっていた。





「ミーア!?」

(レフォード!!??)

 そんな彼女がラフェル王国正騎士団のスパイがいると報告を受け取り調べにやって来た地下牢で、レフォード達と再会したのはある意味奇跡と言っていい。ミーアが振り返って部下に言う。


「ここから重要な話があるわ。あなた達はもう戻っていいわよ」

「はっ!!」

 部下達は敬礼をしてから地下牢を立ち去っていく。


「ミーア……」

 長い黒髪、きりっとした目。凛々しい彼女だが優しさに溢れている目は昔と変わらない。ヴェスタ公国の白い制服を着たミーアが牢に近付き声をかける。


「レフォード、一体どうしたの??」

 ラフェル王国のアースコード家に行ったはずのレフォードが、ここヴェスタにいる。しかもラフェル正騎士団とは一体どういうことか。更に後ろのふたりも見覚えのある孤児の顔。レフォードが答える。


「どうしてって言うか、ミーアこそなんでこんなところで?」

 お互い決して会うはずのない場所での再会に喜びよりも先に困惑してしまっている。ミーアが言う。


「簡単に言うけど、私はヴェスタ公国に引き取られてここの採用試験を受けて今は政務官をしているの」

「そうだったのか。これは驚いた。でもあんた程の人ならそれも納得いく」

「それであなた達はどうしてこんな所に?」

 ラフェルに居るはずのレフォード達がヴェスタ地下牢にいる。


「ああ、実は……」

 レフォードも簡単にこれまでの事情を説明した。黙って話を聞くミーアが何度も頷く。そして言う。


「……なるほど、そう言うことね。うん、あなたの予想通りうちの魔法隊長『業火の魔女』はヴァーナよ」


「!!」

 予想していたことは言え大切な妹と戦っていたことにレフォードが少なからず動揺する。


「ヴァーナに話はしてくれなかったのか?」

 ミーアならラフェル王国に兄弟達がたくさんいることを説明できるはず。だがミーアが首を振って答える。


「それは無理。政務官と軍人では接点が少なすぎるし、それに私自身あの子とあんまり面識がなくて。話しかけたこともあるけど全く相手にされなかったの」

 ヴァーナの性格を考えればそれも頷ける。兄弟とは仲良くやっていた彼女だが、それ以外の者との会話はあまり記憶にない。ガイルが言う。


「ヴァーナはレフォ兄に言いにベタ惚れだったからな」

「本当にそうよね」

 それをあまり快くない顔で同意するミタリア。ミーアが言う。


「あなた達がラフェルの正騎士団に絡んでいたと言うのも驚きだけど、ヴァーナを尋ねてこんなとこまで来たって言うのはもっと驚いたわ。ねえ、レフォード。お願いがあるの」

「お願い?」

 真剣な顔で言うミーアにレフォードが尋ね返す。


「そう、ヴァーナを欲しいの」


「ヴァーナを、救う??」

 意味が分からないレフォード。ミーアが周りを見てから言う。

「そう。でも話の前にここから出なきゃね。こんな場所に居たら何もできないから」

「確かにそうだ」

 レフォードが苦笑する。


「とりあえずその偽の身分証を利用するわ。あなた達は本物の行商人。酒を飲んだ勢いで正騎士団なんて言ったけど、あれは嘘だったということにするわ」

「できるのか、そんなこと?」

 心配するレフォードにミーアが答える。


「大丈夫。私はラフェルを研究する部署の責任者でもあるの。あなた達は貴重なラフェルの人間として私の家で預かるよう計らうわ」

「すげー、そんなことできるのか??」

 判断力、段取り、手際の良さにガイルが驚いて声を上げる。


「大丈夫よ。あなた達はそれに合うように話しをして。後は私が何とかするから」

「分かった。本当に助かる」

 レフォードは目の前の少し年上の頼りになる女性に心から感謝する。孤児院時代からずっと世話になりっぱなしである。人生の境遇には恵まれなかったが、兄弟達やミーアなど人には本当に恵まれたと心から思う。ミーアが言う。


「じゃあ、これからあなた達が出られるように手配してくるわ。ここを出たら私の部下と一緒に家に来て」

 レフォードが頭を下げて感謝を言う。

「ありがとう。あんたには昔っから世話になりっぱなしだ」

 思わず目頭が熱くなるのを堪えながら頭を下げるレフォードにミーアが言う。


「なに言ってるのよ。あなた達は私の弟でしょ? 気にする必要なんて全然ないわよ」

 そう言って軽く手を上げ地下牢を出て行くミーア。


「お兄ちゃん、良かったね!」

 嬉しそうに言うミタリアにレフォードが答える。

「ああ、本当に彼女には感謝してもしきれない」

 意外な再会。だけどそれはレフォードにとっても最も嬉しい再会のひとつとなった。





「ここだ。入れ」

 横暴な兵士に連れられてきたのが首都の中心にある立派な邸宅。上級政務官であるミーアが国から貸与されている家だ。無事に剣や荷物なども返してもらったレフォードが装飾美しいドアをノックする。


「いらっしゃい。待ってたわ」

 玄関に入ると笑顔のミーアが迎えてくれた。
 敵国のスパイでないとは言え、ただの行商人を上級政務官の家に招き入れる。普通なら許されないことなのだが、そこは有能で信頼のあるミーア。その辺りのことはすべて彼女に一任されている。


「部屋は幾つもあるから今日からしばらくここに泊まっていってね。お茶を淹れるわ」

 そう言ってミーアがキッチンの方へと歩いて行く。私服姿になったミーアは先の制服姿とは違いとても家庭的な優しさに溢れている。
 ぼうっと見惚れていたレフォードの膝を隣に座ったミタリアが勢いよくつねる。


「いてててて!!! 何するだよ!!」

「ふんっ! 知らない」

 そう言ってそっぽを向くミタリア。ガイルは小さくため息をつく。



「さあ、どうぞ。ラフェルのお茶よ」

 そう言って出されたお茶は、まさにラフェル地方名産のお茶。懐かしい味に三人が心落ち着かせる。湯呑をテーブルに置いたレフォードがミーアに尋ねる。


「それで、ヴァーナの件だが……」

「そうね。是非レフォードにお願いがあるの」

 真剣な顔のミーア。レフォードもそれに頷く。


「あの子、ヴェスタに来てからすごく苦労して、今、心が壊れかけちゃってるの……」

「ヴェスタに来た……??」

 レフォードの頭に彼女がヴェスタに身受けされた記憶はない。


「凄く魔法が得意で強くて、でも特定の人にしか心を開かなくて……」

 ヴァーナの魔法は先の戦いで知っている。孤児院時代よりはるかに強力になっている。

「ラフェル国王がこれ以上の戦争を望まないなら好都合だわ。レフォード、あなたにこの戦争を止めて欲しいの」

「俺に……?」

 驚くレフォードにミーアが言う。


「そう、あなたにしかできないことなの」

 その意味が分からないレフォード。ミーアが言う。


「あの子はね、ほとんど心も開かないし言うことも全然聞かないの。あるを除いて」

「ある人……?」

 レフォードの言葉にミーアが答える。


「そう、それは『青髪の男』。あなたのことよ、レフォード」


 レフォードが黙り込む。確かに幼き頃から面倒を見て来た自分の言うことは聞いてくれる。それが必要ならやるべきだ。いや、元からそのつもりだ。ただひとつ思う。


「なあ、ミーア。一体何があったんだ? ヴァーナに」

 それを聞いたミーアの顔が少し曇る。だがレフォードの顔を見て言った。


「きちんと話しておくわ。あなた達には」

 レフォード達兄弟の顔もミーア以上に真剣になった。
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