上 下
34 / 76
第四章「偏食のレスティア」

34.圧倒的勝利

しおりを挟む
 聖女レスティアの偽者としての役割を果たして来たセレナ。その罰が下ったのか仲間に見捨てられ魔族に殺されかけた。そこへ現れたひとりの男。


(彼は騎士団の……)

 逃げようかと思った。
 ここで彼をおいて逃げれば助かるとも考えた。でも、


(ここで逃げたら私の罪は一生消えない……)

 非力な自分には何もできないが、せめて最後までその戦いを見続けようと決めた。その後のことはもう考えない。いつかは死ぬ。それが早いか遅いかの違いだ。
 ただそんなセレナの目にこれから映る光景は、彼女にとって一生忘れることのできないものとなった。



「行きますよっ!!!!」

 感情をあまり表さないサキュガル。その彼が珍しく怒りを前面に出してレイピアで突いて来る。


(もらった!!!)

 そう確信したサキュガル。全く逃げようともしないレフォードに対してもう勝負はついたと思った。レフォードが右手を前に伸ばし手を広げる。


「え?」

 パキン!!!


 何が起こったのか分からなかった。
 サキュガルのレイピアの先端が青髪の男の手に当たった瞬間、甲高い音を立てて先が折れた。そしてすぐにレイピアを握られぐっと引寄せられる。


(な、なにが……!?)

 無表情のままのレフォード顔に、サキュガルの顔が近付く。


「俺の弟に何してくれるんだよぉ!!!」


 ドフッ!!!!


「ギャ!!!!」

 顔面に感じる経験したことのない重圧。まるで大きな岩に押し潰されたかのような強い衝撃が顔に圧し掛かる。レフォードは吹き飛びそうになるサキュガルの腕を掴み、今度は腹部に拳を打ち込む。


にまで手を出しやがってぇ!!!!」


 ボフッ!!!!


「ウグッ……」

 同じ衝撃。体を潰すような激しい圧が今度は腹部に入る。既に意識朦朧としていたサキュガルが頭のどこか遠いところで思う。


(こいつはダメだ……、絶対相手にしちゃいけない存在……、でも妹ってなんだ……、弟じゃなかったのか……)

 そこで意識が途切れる。
 レフォードはぐったりとして動かなくなったサキュガルの首根っこを掴み、中庭の隅で怯える彼の側近の魔族達に向かって言う。


「他に俺の弟に手を出した奴はいるか!!!!」

 魔族達は青い顔をして皆首を左右に振り、ぐったりしているサキュガルの方を指差す。レフォードはサキュガルをポンと彼らの方に投げ捨てて叫ぶ。


「二度と俺の兄弟に手ぇ出すな!! この程度じゃ済まねえぞ!!!!!」


「ヒィィ!!??」

 魔族達は悲鳴を上げながら動かなくなったサキュガルを抱えて飛んで逃げていく。



 セレナは瞬きひとつせずにその光景を見つめていた。
 何が起こったのか理解できない。あの強くて恐ろしい魔族がまるで大人と子供の喧嘩の様に一方的に殴られて終わってしまった。死をも覚悟した数秒前。まだ生きられると言う安堵がセレナを包み自然と涙が出た。


「さて、ちょっと話を聞かせて貰おうか」

 そして何事もなかったかのように目の前にやって来る青髪の剣士。セレナは涙をボロボロと流しながら自然と頷く。



「ぎゃああああ!!!!」

 そんなふたりに耳に裏口の方から悲痛な叫び声が上がる。

「まだ残党がいたか。あんた、名前は?」

 そう尋ねられたセレナが涙を拭いて答える。


「セレナ、です……」

 レフォードが頷いてから言う。


「セレナ、俺はこれから残党を追っ払って来る。すぐに戻るからここで待ってろ」

「は、はい」

 妹レスティアと全く同じ容姿の彼女。その彼女に対して違う名前で呼ぶことにレフォードがやや苦笑しながら裏口へと向かう。


「名前、呼んでくれた……」

 呼ばれた本当の名前。セレナはようやく自分が自分だと思えた気がした。





「さて、セレナ。話を聞かせて貰うぜ」

 裏口から逃げようとしていたジャセル達を襲撃していたサキュガルの主力部隊。善戦空しく壊滅状態に追い込まれていたジャセルをその青髪の男が救った。
 その後レフォードは屋敷で待つセレナを連れ自分の宿へ戻る。涙を流して感謝するセレナにミタリア達が一緒になって話を聞いた。


「……なるほど。そう言うことだったのね」

 セレナから今件についての全貌を聞いた彼女が納得した顔で言う。レフォードが怒った顔でつぶやく。


「レスティアの奴、まだそんな好き嫌いをしていたのか!」

「あははっ、変わってねえな、あいつ」

 ガイルは笑って言う。驚いたセレナが恐る恐る尋ねる。


「あの、あなた達は一体何者なんですか……?」

「私達? 兄弟よ、レスティアお姉ちゃんの」

 そう笑顔で答えるミタリア。


「え、兄弟……」

 セレナは全く顔が似ていない目の前の三人を見て少しだけ不思議な気分になった。レフォードが言う。


「どちらにせよ詐欺まがいの水や、だらしねえ生活をこのまま放って置く訳にはいかねえ。それでレスティアは今どこにいる?」

「恐らく首都の自治区長の屋敷かと……」

 国の宝でもある治療師。それを囲うには最高の警備が敷かれた自身の屋敷が最も安全である。そう答えたセレナにレフォードが言う。


「じゃあ、明日の朝一番で向かうか。首都に」

「了解!」
「うん、行こう!!」

 笑顔でそう答えるガイルとミタリア。セレナも恐る恐る言う。

「あの、私もご一緒してもいいですか……?」

 レフォードが少し驚いた顔で答える。


「何言ってんだ。お前とジャセルはだ。一緒に来て貰う」

「はい!!」

 セレナも笑顔になって答えた。





 翌朝、宿を出たレフォードは真っ先に目の前にある聖女様の屋敷へと向かった。
 屋敷の中では昨晩の魔族襲撃で怪我をした兵達の治療が行われていた。恐るべき魔物達。震えながら眠れぬ夜を過ごした兵士達の中を、その青髪の男が歩いて行く。


「ああ、レフォードさん!」
「レフォードさん、ありがとうございます……」

 横になっている兵士の間から感謝の声が上がる。魔族の恐怖。それを救ってくれたのが目の前の青髪の男。彼らからすれば命の恩人。そしてこの男もそうであった。


「レ、レフォードさん!! ようこそおいで下さいました!!」

 そこには右手に包帯を巻かれたジャセルの姿。逃げてばかりいた彼は右手の軽傷だけで済んでいた。レフォードが言う。


「ジャセル。頼みがある。首都の父親の元まで案内してくれ」

 やや驚いた顔をするジャセルだがすぐに笑顔を作って答える。

「はい! このジャセルにできることなら何なりと!!」

 ガイルとミタリアは先に会った時の彼の態度と劇的な違いに笑いが堪えきれない。実際、壊滅間際に現れたレフォードによって魔族は一方的に敗北。ボスであるサキュガルの撤退を聞いて皆一斉に逃げて行った。ジャセルが涙を流してレフォードに感謝したのも無理はない。


「じゃあ行くか。首都へ」

 セレナとジャセルと言う道案内を連れ、レフォード達が一路首都に向かう。





「あちらが親父の家でございます……」

 馬車で数時間、辿り着いたラリーコットの首都は予想よりもずっと栄えた街であった。ラフェル王都にも勝るとも劣らない賑わい。その中央に聳え立つまるで城のような建物。ラリーコット自治区最高責任者の根城である。レフォードが言う。


「じゃあ行くぞ」

 それに続いてミタリア達も歩き出す。


「これは、ジャセル様!? そちらは聖女様……」

 屋敷の警備をしていた門兵が突然やって来たジャセルに気付き驚く。後ろの屋敷に居るはずの聖女まで一緒だ。混乱する兵士、別の兵が尋ねる。


「あの、そちらのお方は……」

 レフォード達を見て尋ねる兵士にジャセルが答える。


「ラフェルの正騎士団の方々だ。親父に会いに来た。開けてくれ」

「はっ!!」

 自治区長の息子であるジャセルの力は強い。兵士がどんな疑念を抱こうが黒でも白と言わせる。
 赤絨毯が敷かれたホール、年代物の調度品が飾られた廊下を渡り、ようやくその自治区長のいる部屋へと辿り着く。


 コンコン

「親父、俺だ。入るぞ」

 そう言って躊躇いなく重厚なドアを開けるジャセル。
 落ち着いた部屋。長年使いこまれた机や来客用のソファーが温かくレフォード達を迎える。


「お待ちしておりました」

 その部屋の中央で初老の男が深々と頭を下げる。
 既に自治区長には連絡が入っていた。聖女の屋敷への魔族の襲撃、それを救ったラフェルの正騎士団員の活躍。自慢のラリーコット兵が敗走する魔族を退けたその実力。


「どうぞ。お座りください」

 自治区長に争う気など毛頭もなかった。元々中立を宣言しているラリーコット。争いは自身を滅ぼす最大の原因となる。ソファーに座りながらレフォードが言う。


「じゃあ、遠慮なく」

 正面に座った自治区長が言う。

「まずはうちの愚息、並びに魔族撃退のお礼を申し上げます」

 そう言って再び頭を下げる自治区長。

「いや、いいんだ。個人的にやっただけだ」

 その真意が掴めない自治区長が答える。


「本当にお強いことで。さすがラフェルの正騎士団でございますね」

「まあ、半分そうで半分違うんだが」

 そう苦笑するレフォードを見ながら自治区長が考える。


(騎士団訪問、ジャセルにセレナまで連れて来たということは……)

 レフォードが言う。


「自治区長、頼みがあってここまで来た。レスティアに会わせてくれないか」

 そうだろうな、と思いながら自治区長が答える。

「かしこまりました。理由は治療ですか?」

「まあ、そうだ。だが実はレスティアは俺の妹なんだ」


(!!)

 その言葉にセレナを除いたラリーコット側の者すべてが驚いた。


(そう言えば確かにあの時『俺の妹が』って叫んでいましたね……)

 セレナが魔族襲撃の際にレフォードが口にしていた言葉を思い出す。そしてその妹が自分そっくりなのを思い出し、彼のあの時の言葉に納得する。自治区長が言う。


「妹でしたか。そうですか、構いません。どうぞお会いください」

 自治区長の中で聖女レスティアに関しては既に興味が薄れていた。
 名ばかりで治療ができない聖女。居るだけでなぜか魔族に狙われる危険分子。聖女としての仕事をしてくれるならまだいいが、今の彼女は堕落して消費を続けるだけの存在。レスティアがいなくなることすら想定していた。



「ここです」

 自治区長の部屋を出て、建物外にある離れに連れて来られたレフォード達。使用人の女に礼を言ってからそのドアを開ける。


 ガチャ

 ドアを開けた瞬間鼻につく甘いスイーツの香り。
 ピンクの内装じゃないが広い部屋に大きなソファー。クッションに囲まれたその中でピンク髪の女が横になりながら言う。


「ねえ、お昼まだ~? 昨日のケーキが良いな。早く持って来……」


 ガン!!!

「痛ったーーーーーい!!!!! な、なにするのよっ!!!」

 驚いて振り向いたレスティアの目に、懐かしいの姿が映る。


「え、え……、レーレー??」

 げんこつを落としたレフォードが呆れた顔で言う。


「何だこのだらけた生活は。ケーキ?? 昼飯にケーキを食う奴がどこにいる!!」

 ガン!!!!


「い、痛ーーーっい!!!!」

 二度目のげんこつを落とされるレスティア。驚く使用人。だがレスティアが目に涙をためて言う。


「レーレー……、レーレーなんだね、会いたかったよぉ……」

 そして力なく上半身を起こすレスティアをレフォードが優しく抱きしめる。


「ああ、俺もだ」

 ミタリアもガイルもふたりの再会に目を赤くした。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...