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第三章「正義のエルク」

17.心揺らす既視感

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 ガイルが率いていた『鷹の風』はヴェルリット家預かりになるにあたり、ふたつに分けられることになった。対外的には『鷹の風』解散は公表せず継続。分けられた一方はアジトに残り他の蛮族の動向を探る役割を担う。

 そしてもう一方のヴェルリット家に配備された元『鷹の風』の戦闘員達は領内の治安維持に当たる。指揮を取るのはナンバー2のジェイクと三風牙のライド。そんなジェイクの元に戦闘員からの連絡が入る。


「ジェイク様、東の村を蛮族が襲撃するとの情報が入っています」

 テラスで執事セバスと一緒に紅茶を楽しんでいたジェイクの顔つきが変わる。

「ありがとう。お役目ご苦労様です」

 ジェイクはそう伝令に伝えると、前に座ったセバスに言う。


「セバスさん、楽しい午後のお茶でしたがここらでお暇しなければならなくなりました」

「ええ、よろしくお願いします」

 セバスもそれを理解した顔で答える。


「ミタリア様からのご指示。我等も領土の平穏を保つため全力を尽くします。では」

 そう言ってジェイクは三つ編みにされた辮髪の頭を下げて立ち去る。



「ライド、留守を頼みますよ」

 マルマジロの鎧にヴェルリット家御用達の防具を付けた元蛮族の戦闘員達。それらを率いて出陣するジェイクがまだ足の怪我が癒えないライドに言う。


「了解! ここは任せておいてよ」

 ライドも分かっている。今、自分達に求められているものが。自由気ままな蛮族も良かったが、いつ拘束されるか分からない不安に怯えながら過ごす生活と決別できることはある意味嬉しいものだった。


(領主様やガイル様、おっさんも頑張っているんだ! 僕もやるぞ!!)

 ライドは馬に乗り颯爽と駆けて行くジェイク達の背中を見て思った。





「やっと着いたか……」

 レフォード達を乗せ早朝出発した馬車は、すっかり日も落ちた夜半過ぎに王都へ辿り着いた。巨大な門、街を囲む堅固な城壁。その中央にはひと際その存在感を示すラフェル王城が光に照らされ輝いている。


「おい、ミタリア。着いたぞ、起きろ」

 ずっとレフォードに甘えていたミタリアはいつしか眠りにつき、レフォードの膝の上ですぅすぅと寝息を立てていた。

「ん、なに? お兄ちゃん。ミタリアが欲しいの……?」

 目をこすりながらそう口にするミタリアの頭にげんこつが落とされる。


 コン!

「痛った~い!! お兄ちゃん、何するの!!」

 目が覚めたミタリアが起き上がりながら言う。

「訳の分からないこと言ってないで、さっさと準備しろ。着いたぞ」

「ん? あ、ホントだ。随分早かったね!」

 途中からずっと寝ていたミタリア。彼女にとってはこの長距離移動も『早かった』らしい。ガイルが尋ねる。


「なあ、ミタリア。今日はどこ泊るんだ?」

 門兵に入場の手続きをしていたミタリアが答える。

「ん、泊るとこ? もう街中で予約しているよ」

「ああ、そうなんだ。手際がいいな」

「うん、事前に手紙送って予約しておいたの」

 入場の許可を得た馬車が再び走り出す。ミタリアがある古びた建物を指差して言う。


「あ、ガイルお兄ちゃんあそこの冒険者宿ね」

(ん?)

 その言葉に違和感を覚えたレフォードが顔を上げる。


「私とお兄ちゃんはあっちの高級宿。じゃあ、ガイルお兄ちゃんはここで降りてね。バイバイ」


「おい」
「こら!!」

 ふたりが同時に声を上げる。ガイルがむっとした顔で言う。


「何だよ、それ? 俺だけあんな場所に泊まれって言うのか!!」

 それはお金のない下級冒険者が泊まる古びた宿。壊れそうなドアに崩れかけた壁。気のせいか人相の悪い連中が出入りしている。ミタリアがちょっと驚いた顔で言う。


「え、そりゃそうでしょ。ガイルお兄ちゃんがいたら邪魔だし、私はお兄ちゃんとふたりで……」

 ガン!!


「痛ったーい!!」

 レフォードがミタリアの頭にげんこつを落とす。


「馬鹿なこと言ってねえでさっさとそんなところの予約はキャンセルしろ。俺とガイルは一緒でもいい。お前は別だ」

 ミタリアが泣きそうな顔で言う。


「え~、そんなのヤダよぉ。お兄ちゃんと一緒に寝るのぉ」

 頬をぷっと膨らませてミタリアが泣きそうな顔をする。レフォードが頭を掻きながら言う。


「じゃあ、安いとこでもいいんで三人分の部屋を探してくれ。一緒はダメだ」

「お兄ちゃんの意気地なし」

「ぷっ!」

 いつも通りガイルが笑う。レフォードはやっぱり無事に終わりそうのない王都訪問になったと天を仰いだ。





 翌早朝、三人は正騎士団面会の為に王城へ向かって歩いていた。
 結局昨晩は三人別々の部屋に宿泊し、不服に思ったミタリアが何度も夜中にレフォードの部屋を訪れその度に叱られた。寝不足のレフォードがあくびをしながら言う。


「ふわ~ぁ、まったく昨晩はミタリアが全然寝かせてくれなかったから、寝不足だぞ……」

 ミタリアが両手を頬に当てぽっと顔を赤らめる。

「やだ~、お兄ちゃんったら。恥ずかしい~」

『恥ずかしい』の意味が分からないレフォード。ガイルが歩きながら言う。


「レフォ兄~、それってすっごい別の意味で誤解されるぞ」

「誤解? なぜだ??」

 意味が分からないレフォード。夜中何度も訪問を受けてただ寝不足なだけ。別の意味と言う意味が分からない。ガイルが話題を変える。


「それより正騎士団の団長って名前なんだっけ?」

 ミタリアが答える。

「正騎士団長エーク・バーニング。ラフェル王国の軍最高司令官。お会いしたことはないけど、その強さはよく耳にするよ」


(バーニングだって!?)

 その名前を聞いたレフォードが驚く。対照的にガイルは何かを思い出したように言う。

「ああ、確かそんな名前だったな」

 ガイル達『鷹の風』が正騎士団と戦い始めたのはまだつい最近のこと。無論、騎士団長と戦ったことはない。ミタリアが言う。


「聖魔法と聖剣を使う光の勇者って話よ」

「そうか……」

 騎士団長エークのことは新聞やセバスとの会話で知っていたレフォードだが、その強さについてはあまり知らない。それよりも先程聞いた名前が彼の中で何度も繰り返される。ミタリアが不安そうな顔で言う。


「でも、とっても忙しいお方だそうで、お会いしてくれるかな……」

 不安そうな顔をしたミタリアにガイルが尋ねる。


「なあ、今日は何かあるのかここで?」

 そう言って彼が指差す先には王都の大通りの脇で兵士達がロープを張っている姿が目に入る。ミタリアが首を振って答える。


「さあ。お祭りでもやるのかしら」

「じゃあ俺、ちょっと聞いて来るよ」

 ガイルはそう言って忙しそうに準備をしている兵士の元へと駆け寄る。何やら少し話してから戻ってきたガイルが説明する。


「あのさ、今日この大通りで魔物討伐を祝した正騎士団のパレードをやるだってさ」

「パレード?」

 レフォードが通りを見つめる。腰の高さに張られたロープ、早朝にしては物々しい数の兵士、伝わる緊張感。正騎士団のパレードと言うならばそれも理解もできる。レフォードが言う。


「とりあえず早めに王城へ行こう。話はそれからだ」

 ふたりの弟妹達はその言葉に頷き足早に王城へと向かう。




「マジでデカいな」

 ラフェル王城に辿り着いたレフォードがその大きな建造物を見上げて言う。
 空を突き刺すようなベルクフリートと呼ばれる美しく高い塔。いかなる敵の侵入も防ぐ堅固な城壁。城の周りには堀が掘られ、正門へは吊り橋が掛けられている。


「さあ、行きましょう」

 領主としての自信なのか、重圧さえ感じる王城を前にミタリアだけが軽い足取りで歩き始める。



「すみません、ヴェルリットと申しますが、騎士団長との面会をお願いします」

 王城内にある正騎士団の受付にいる女性にミタリアが尋ねた。女性がミタリアを見て尋ねる。

「ヴェルリット家のお方ですか?」

「はい、当主を務めています」

 女性はミタリアのあまりにも若すぎる容姿に戸惑いながらも答える。


「騎士団長様はお忙しいので一週間先まで予定が全て詰まっております。ヴェルリット様と面会はええっとこの日の午後……」

「今日はやはり無理でしょうか」

 そう尋ねるミタリアに女性が答える。


「無理ですね。今日団長はパレードもありますし」

 皆の頭に王都内で準備をしていた兵士の姿が思い出される。レフォードがミタリアに言う。

「まあ、仕方ないだろ。いきなり来て会わせろって言う方が難しい。その日程でまた出直そう」

「うーん、仕方ないか」

 レフォードの言葉にミタリアが頷いて一週間後の約束を取り付ける。三人がお礼を言って王城を出ると、ちょうど大通りでパレードが開始されるところであった。ミタリアがレフォードの手を引っ張って言う。


「ねえ、お兄ちゃん!! 見て行こうよ、パレード!!」

 レフォードも頷いて答える。

「そうだな。騎士団長の顔も確認したいしな」

「いいねえ、行こ行こ!!」

 ガイルも大きく頷き尖った黒髪を揺らして賛成する。


「じゃあ、いこーよ!!」

 ミタリアはふたりの兄の手を引っ張って大通りへと走り出した。




「うわ、すげえ人!」

 早朝まだまばらだった大通りは、王城に行っている間に溢れんばかりの人で埋め尽くされていた。
 ラフェル王国民が敬う正騎士団。今回は新たな脅威となりつつある魔族討伐を祝っての戦勝パレード。騎士団長自ら国民の前に姿を見せる貴重な機会であった。


「お兄ちゃん、全然見えないよ~」

 人で埋め尽くされた大通り。後方から眺めるレフォード達にはパレードが小さく見える。特にミタリアは背が低いためほとんど見られない。

「場所変えるか」

 レフォード達は更に離れた小高い通りまで移動し、そこから眺めることにした。



「お、あれがそうじゃねえか!?」

 しばらくして銀色の装飾が施されて真っ白な馬に乗った一行が大通りを歩き始めた。同時に沸き起こる歓声。中には紙吹雪を用意して祝福する者までいる。


「全然分からないね、顔」

 ミタリアが離れすぎてミニチュアのようになった正騎士団のパレードを見て言う。

「おい、ミタリア」

「なに?」

 レフォードがため息交じりで言う。


「『なに?』じゃないだろ。なぜお前は俺の膝の上にいるんだ?」

 通りで胡坐をかいて待っていたレフォード。ミタリアはいつの間にかその上に座って見物している。

「いいじゃん、お兄ちゃん。けち臭いことは言わないでくれよ」

 そう言って笑うミタリアを見てレフォードはもうこれ以上何を言っても無理だと諦めた。


「お、あれが騎士団長じゃないか!?」

 ガイルが指差す先には人一倍高価そうな鎧を身にまとった立派な騎士が馬に乗って歩いている。さらに大きくなる歓声。現場は相当な盛り上がりを見せているようだ。ガイルが言う。


「うーん、はっきり見えないな~」

 離れ過ぎた場所。それに騎士団長は目の辺りまでを覆う兜を被っている。


(あれ? あれは何だか……)

 膝の上に乗ったミタリアの後ろから騎士団長を見つめるレフォード。顔は見えないが、不思議とその姿に既視感を覚える。レフォードが尋ねる。


「ミタリア、騎士団長さんって名前はエークだったよな」

「そうだよ」


(エーク、なら違う。だが『バーニング』と言う家名、それにあの姿はまるで、そう、あれは……)


 ――そっくりじゃねえか



「きゃああああ!!!」
「うわああ!!」

 そんな三人の耳に、パレードの方から大きな叫び声が聞こえる。ガイルが言う。


「あ、あれ!? あれ何やってんだよ!?」

 レフォードとミタリアが目を凝らす。


「乱入!? どこかの刺客か??」

 いつの間にかパレードをしていた正騎士団の前に武器を持った数名の男が現れ、何やら叫んでいる。周りの観客達は彼らの持つ武器を見て皆声を上げて逃げて行く。正騎士団は団長エークを中心にそれに対峙する。


「どうする、レフォ兄? 駆け付けるか?」

 ガイルの言葉にレフォードが首を振って答える。

「いや、様子を見よう。正騎士団なら負けることはないと思う」

 レフォードは様々に交錯する想いを胸に、剣を抜く正騎士団を見つめた。
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