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第二章「空腹のガイル」

8.お酒のチカラ

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「蛮族の戦闘員の募集? お兄ちゃんが応募??」

 予想だにしていなかった言葉にミタリアが驚く。レフォードが人差し指を口に当てて小声で言う。


「静かに。極秘の募集事項だ。なぜか急に蛮族から人員募集の知らせが入ったみたいでな。まあ、渡りに船だ」

「で、でも、お兄ちゃん……」

 信頼するレフォードとは言えやはり不安になる。


「神出鬼没の蛮族だ。今度はいつ会えるか分からない。それなら直接奴らのアジトに乗り込んでしまった方が早い。心配するな、もし本当にそいつがガイルならぶん殴ってやるし、まあ、別のガイルであったとしてもどちらにしろみんなぶん殴ってやる」

「お兄ちゃん……、私も行く」

 強い目をしたミタリアが言う。レフォードが首を振って答える。


「お前が蛮族の採用試験に合格できると思ってるのか?」

「で、でも……」

 どうしても一緒に行きたいミタリアは諦めがつかない。


「なーに、心配するな。そいつがガイルならば首根っこ掴んで連れて来てやるよ。あとはお前が煮るなり焼くなり好きにすればいい」

「そ、そんなことしないよ。ガイルお兄ちゃんに会いたいだけだから」

 ミタリアが苦笑して答える。


「で、その採用試験だが、明日この街で武闘大会が開かれる。そこに蛮族の幹部らもやって来て観戦する。で、強者には試合後、彼らから声が掛かるって仕組みだ」

「え? 明日?? そんなにすぐ!?」

 驚くミタリアにレフォードがポケットから一枚のチケットを取り出し見せながら言う。


「そうだ。で、これがその武闘大会の参加チケット。さっき買って来た」

「えっ!? す、凄い。いつの間に……」

 ミタリアはレフォードの手に握られた明日の武闘大会のチケットをまじまじと見つめる。情報屋から買ったものだがまさか給金一か月分を支払ったとは言えない。レフォードがチケットをしまいながら言う。


「と言う訳だ。だから危ないからお前は帰れ」

「え、嫌だよ。一緒に行く」

 レフォードの言葉をさらっと切り返すミタリア。レフォードが腕を組んで言う。


「潜入は危険が伴う。明日の武闘会だってどうなるか分からない。俺は今日ここに泊まって行くからお前は家に帰って……」

「ひとりで家に帰させるつもりなの、お兄ちゃん??」

(うっ……)

 真面目な表情のミタリア。黙り込むレフォードに言葉を続ける。


「ひとりで帰って私に何かあったら、どうするのかな~?? あぁ、これはやっぱりお兄ちゃんと一緒に居なきゃダメだよね~!!」

「だ、だが、ミタリア。これは本当に危険で……」

 そこまで言ったレフォードがあることに気付く。


(ちょっと待てよ!? 俺は今一文無しじゃないか!! 今夜の宿代も食事代もない……)

 後先考えずに持ち金全て使って手に入れた明日の武闘会のチケット。今夜の宿や飯をどうするのかなど考えてもいなかった。
 黙り込んで何やら考えているレフォードにミタリアが言う。


「お兄ちゃんがダメって言っても絶対一緒に居るんだからね~!! さ、早く宿の予約に行こ」

「あ、ああ……」

 突如否定をしなくなったレフォード。ミタリアがちょっと首を傾げる。

(んん? なんだか急に従順になった?? もしかしてついに私とのに協力してくれるとか!!)

 ミタリアは最近さらに大きくなってきた自慢の胸に手をやり、今夜ふたりきりで過ごす夜を妄想する。


(くそ、なんてことだ。結局俺はミタリアがいなきゃ何もできないんじゃないか……)

 蛮族に顔が割れている以上、明日の武闘会は変装して出場しなければならない。その為の衣装や道具なども今日中に揃えなければならないので更にお金が必要となる。


「ミタリア、よろしく頼むよ……」

 苦笑いしてそう言うレフォードを見てミタリアが思う。


(え!? そ、それって結婚、子作りのこと!!?? 順番は逆だけど、先に子供作っちゃうのも全然アリよね!!)

 ミタリアが恥ずかしそうに顔を赤くして答える。


「うん、私もよろしくね。お兄ちゃん!」

 基本、朴念仁のレフォード。彼女の変化に全く気付かない。
 ミタリアはレフォードの腕に手を回し、嬉しそうに一緒に街へと歩き出した。





「ジェイド、明日の武闘大会の視察はお前だったよな?」

 蛮族の本拠地、山中に作られた極秘のアジト。周りと壁と川で囲まれた天然の要所であるこの要塞の頭領部屋で、椅子に座ったガイルがその男に向かって尋ねた。


「は、そうでございます。ガイル様」

 巨躯の男。全身分厚い筋肉に包まれ、頭は辮髪べんぱつ。蛮族『鷹の風』のナンバー2の男、その名をジェイドと言った。ガイルが尖った黒色の髪を手に言う。


「しっかりと見定めて来いよな。強者だったらちゃんと報酬を出して勧誘して来い。金に糸目はつけるな」

「分かっております。だが、在野に私やガイル様に匹敵するような人材がいるのでしょうか」

 ジェイドは綺麗に三つ編みにされた辮髪に触れながら尋ねる。


「しーらねえ。だがその『青髪の男』って奴が気になる。うちの戦闘員を手玉に取るなどちょっと信じられないぐらいにな。強い手駒はどれだけあってもいい」

「承知しました。新たな仲間の確保、このジェイド全力を持って全う致します」

 ガイルはテーブルに置かれた果物にかぶりつきながら言う。


「あー、固いんだよ。お前は。もっと楽しく、楽しくやろうぜ」

「はあ……」

 基本真面目なジェイド。どこか子供っぽいところがあるガイルの言動は読めない。ガイルは口に含んだ果実の種をぷぷぷっと飛ばして言う。


「あー、楽しみだな~!! 一体どんな強い奴が来るんだろう」

「そうですね。楽しみです」

 そう答えながらもジェイドは内心『無礼な奴が来たら俺が叩きのめす』と決めている。毎回、新人教育は彼の重要な役目。必ずいる勘違いした新人を力づくで教育するのが大切な仕事だ。


「あー、うめぇ。これ最高だな」

 ひとり果実を頬張るガイル。
 間もなくやって来るであろうのことなど、夢にも思っていなかった。





「きゃー、お兄ちゃん、カワイイーーーーっ!!!」

 街にある衣装屋へやって来たレフォードとミタリア。
 変装の為に金髪のかつらを被ったレフォードを見てミタリアが歓喜の声を上げる。


「可愛いってなんだ? 俺は男だぞ」

 不満そうなレフォードにミタリアがその金髪の頭をなでなでしながら言う。

「いいのいいの~、お兄ちゃんはとーっても可愛いんだから~!!」

 いいように遊ばれるレフォードがため息をつく。



「お客様、後こちらがご要望のものでございます」

 そう言って店員が奥から一着のコートを持って現れた。フード付きのグレーのコート。それを手にしたレフォードが尋ねる。

「魔法耐性のある生地なんだな?」

「はい。少々の魔法ならばかき消してしまいます。ただ過信は禁物で……」

「いい。気休め程度でもあれば助かる」

 レフォードは前回蛮族と戦った際に放たれた魔法を思い出す。脳筋戦術のレフォードにとって魔法はある意味厄介な存在だ。魔法による攻撃でも【超耐久】で十分耐えられるが用心に越したことはない。コートを着たレフォードにミタリアが言う。


「いいね、お兄ちゃん! デート用の服としてはイマイチだけど、渋くて素敵だよ!!」

「あ、ああ、ありがとう……」

 レフォードはここの代金も全て払って貰わなければならないことを思い出し、無理やり笑顔を作る。ミタリアがレフォードと腕を組んで言う。


「さあ、行こっか。宿に!!」

「あ、ああ……」

 ふたりはそれはまるで恋人のように密着して街を歩き出す。





「……で、なんでベッドがひとつしかないんだ?」

 街での夕食を終え、手配した宿の部屋に入って来たふたり。その部屋を見てレフォードが呆れた顔で言う。ミタリアが頬を赤くしながら答える。

「え、え、だってぇ、お兄ちゃんが、よろしく頼むって言うし……」


「言ってない」


「えー、言ったよ~!! ミタリア聞いたんだもん!!」

 そう言って着ていた上着を脱ぎレフォードに迫るミタリア。


「お、おい!? ちょっと待て!! 待て待て!!!」

 慌てて後ずさりするレフォード。既にミタリアの顔は真っ赤で目はとろんとしている。


「ミタリアはぁ、お兄ちゃんが大好きなの。ね、お兄ちゃん、お兄ちゃんもミタリアのこと、好きでしょ~??」

 部屋の隅まで追い詰められたレフォード。胸の谷間を強調しながら迫るミタリアに全身から汗が噴き出す。


「い、いや、お前は俺の妹で、そんなことは……、ふぎゃっ!?」

 ミタリアが少し背伸びし、レフォードの顔に両手を添えて甘く囁く。

「訳の分からないこと言ってないの。ミタリアの全部、お兄ちゃんのものなんだよ……」

 年下の妹と思っていたのに想像以上の色気。完全に油断していたレフォードがある種身の危険を感じる。


(ま、まずい!! 何とかしなければこのままでは……、あ、そうだ!!)

 レフォードの頭に妙案が浮かぶ。


「な、なあ、ミタリア。これから一緒に酒でも飲まないか?」


 突然の提案にミタリアが首を傾げる。

「お酒?」

「ああ、そうだ。俺は大切な日の前にはいつも酒を飲んで英気を養う。ちょっと付き合ってくれないか?」

 真っ赤な嘘。ずっと鉱山で奴隷の様に働かされていたレフォードにお酒を飲む習慣などない。なおラフェル王国では16歳から飲酒が可能。ミタリアも問題なく飲める。


「えぇ、そうなの? どうしようかな……」

 悩むミタリア。同時に思う。


(そっか! お兄ちゃんはきっとんだね!! だからお酒の力を借りて私を無理やり手籠めに……、むふふっ)

 ミタリアが不気味な笑みを浮かべて答える。


「いいよ、お兄ちゃん。あげる」

『飲んであげる』と聞こえたレフォードがミタリアの手を取り言う。


「じゃ、じゃあ行こうか。ふたりで飲めるなんて俺は嬉しい」


(きゃー、お兄ちゃん、カワイイ!!!!!)

 お酒で恥ずかしさを隠す兄。そんな兄がミタリアにとっては可愛くて可愛くて仕方がなかった。
 結論で言えば、初めてのお酒にたったひと口で酔って眠ってしまったミタリアを、無事に宿で寝かせたレフォードにその軍配は上がった。
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