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第二章「騎士ロレンツ誕生」
23.揺れる心
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レイガルト卿は『リリー・ティファール拉致監禁』の罪ですぐに拘束された。
本人の自白により金銭を目的とした誘拐であると判明し、王家の封蠟印を悪用した巧妙な誘拐事件としてすぐに皆の話題となった。
それでも首謀者であるジェスター家の名前は一切出さず、あくまでレイガルト家単独の犯行だとの主張を貫いた。
リリーも無事に侍女に復帰。いつもの日常が戻って来た。
「アンナ様、申し訳ございません。私が勘違いして……」
もう何度目だろうか。
リリーはアンナに会う度に騙されて城を出て行ったことを謝罪する。アンナが呆れた顔で言う。
「だからもういいってば。あんな事されれば誰だって信じちゃうよ」
「でも……」
「もういいの。無事で良かったわ」
リリーは何度アンナのその言葉に救われただろうか。自分の失態を笑顔で許してくれる。リリーは以前に増してアンナに忠誠を誓うようになった。アンナが言う。
「それよりもさ、リリー」
「何ですか」
「もうひとり、お礼を言う人がいるんじゃないの?」
(うっ)
リリーはあまり触れて欲しくない話題になったと顔をしかめる。
正直あまり好きじゃないあの大男。ただ今回、彼が居なければ自分がどうなっていたか分からない。お礼を言わなきゃならないという気持ちと、その真逆の気持ちの間でリリーは揺れていた。
アンナが部屋の隅でコーヒーを飲んでいるロレンツに言う。
「ねえ、ロレンツ。リリーが話があるって」
「ちょ、ちょっと、アンナ様!!」
戸惑うリリ―。アンナが続けて言う。
「ちょっとこっちおいでよ」
「ん? ああ……」
ロレンツはコーヒーカップをテーブルにおいてこちらへやって来る。動揺するリリー。近付いて来たロレンツを見て汗が噴き出る。ロレンツが先にリリーに言った。
「そうだ、お礼を言わなきゃな。ありがとう」
「は?」
意味が分からないリリー。お礼を言うのは自分の方である。
「な、何のことなの?」
「何のって、最近イコとよく遊んでくれてるだろ?」
(あっ)
まだ学校に馴染めないイコ。
ひとりでいる姿を見てここ最近、リリーが一緒に遊んでくれていた。リリーが照れながら答える。
「いや、別にそんなのはいいんだけど……、それより、ありがとう。助けてくれて……」
ようやく言えたその言葉。開放感から安堵するリリーにロレンツが言う。
「ああ、気にするな。ついでだからな」
「はあ!?」
リリーの感情を逆なでするような言葉。
隣で聞いていたアンナは笑いを堪え切れなくなり吹き出す。
「やっぱりあなたは失礼極まりない男ね。目障りだから出て行って下さい!!」
突然怒り出したリリーに戸惑うロレンツ。
「ああ、分かった。じゃあ、ちょっと出掛けてくる」
ロレンツは頭を掻きながら部屋を出て行く。
「きゃはははっ、もう最高!!」
ロレンツが居なくなってから我慢していたアンナが大きな声で笑い出した。リリーが言う。
「アンナ様、笑い事ではありません。あんな失礼な奴、そうは居ませんから」
「だよね、だよね~、めっちゃ失礼だよね~、ぷぷっ……」
そう言いながらも笑いが止まらないアンナ。
リリーはそんな彼女を見ながら、『ロレンツのことになるとどうしてこんなに表情豊かになるのだろう』とちょっと嫉妬に似た気持ちを覚えた。
それより少し前。急ぎ妹ミセルの部屋へやって来たエルグが口早に話をする。
「ミセル。ミスガリア王国で新たな輝石が採掘された!! これからすぐに出て調達してくる!!」
「それは素晴らしいですわ!! お気を付けて!!!」
「ああ、留守は頼むぞ」
エルグはそう告げると、外交用の服に着替え馬を飛ばした。
輝石。
魔法が十分に解明、発達していなかったこの時代では、治癒魔法と同等の力を持つ『輝石』と呼ばれる石が大変重宝された。貴重な石ゆえ、その存在は貴族や軍部などごく一部の人間しか知らされておらず、国家間の交渉等にも使われるほどの価値があった。
致命傷の怪我や、時には重病すら回復させてしまう輝石。触れながら念じることで誰でも聖女顔負けの治癒ができる輝石は、まさに国宝と呼ぶに相応しいものであった。
(新たな輝石。これで私はまたひとつ聖女に近付くわ……)
ジャスター家はそれを利用した。
ミセルを『治癒魔法が使える女』として認知させ、聖女に仕立てる。そうすれば結婚相手が国王となり実質ネガーベル王国を支配できる。
その為にジャスター家にとって輝石確保は何よりも優先しなければならない事だった。時には戦争にも発展する輝石の奪い合い。エルグが新たな輝石確保に急ぐのも当然のことである。
(お兄様、どうかご無事で……)
危険を伴う輝石回収の交渉。ミセルは兄の無事を祈った。
コンコン
その夜、ミセルの部屋のドアがノックされた。
こんな時間に誰かしら、と思いながら返事をすると低い声がドアに響いた。
「俺だ」
ミセルは緊張しながら答える。
「俺なんてお方は存じません」
「いいから開けろ」
低いが威圧感のある声にミセルがゆっくりとドアを開ける。
(ロレロレ……)
ドアの前に立つ大きな銀髪の男を見てミセルに緊張が走る。
「入るぞ」
ロレンツはミセルの返事を聞く前に無理やり部屋の中へと入る。
「ちょ、ちょっと。一体どういうつもりなの!!」
突然の失礼な行動にミセルがむっとする。
「し、失礼な人ですね。このような蛮行、許されると思ってでも……」
「青髪の嬢ちゃんの件、おめえさん達のやってることの方がずっと蛮行じゃねえか」
(!!)
ミセルは固まった。
絶対に口外されていないはずの監禁の指示。どうして目の前の男がそれを知っているのだろうか。
「な、何のことでしょうか? ティファールさんの件ならレイガルト家の仕業だったはずでは? それとも何か証拠でもおありで?」
ミセルは自分の声が震えていることに気付かなかった。ロレンツが言う。
「証拠はねえ。ただ知りたいって言うのなら、今お前を締め上げて吐かせる」
とても冗談を言っているとは思えないロレンツの覇気。ミセルは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなり体中から汗が噴き出る。
「今回は見逃してやる。ただこれで二度目だ。三度目はないと思え」
(え? 二度目……??)
思わぬ言葉。
二度目と聞いて思い出される小隊長家族の監禁。ミセルの体が震え始める。
(どうして、どうしてこの男はそんなに知っているの……?)
どれだけ秘密裏にして行動してもなぜか目の前の男には隠せない。レイガルトの事がバレたのも未だ謎。言い表せぬ恐怖にミセルが震える。そして思わず尋ねる。
「あなたは、私が怖くないの……?」
「怖い?」
意味が分からないロレンツが聞き返す。
「そ、そうよ。私はジェスター家の令嬢。そして間もなく聖女になる女。私に逆らっていいとでも……」
「どうでもいい」
「え?」
全く予想外の言葉に驚くミセル。ロレンツが言う。
「嬢ちゃんが聖女になろうが俺には関係ねえ。ただ正々堂々とやれ。今回みたいなふざけた真似をするなら俺が叩き潰す」
(な、なによ、この男……)
圧倒的権力を持つジャスター家。
その中心にいる自分に対して全く恐れもせずこれほど堂々としている男など見たことが無い。
(貴族なら、普通の男ならこれだけ圧力をかければ簡単に跪くのに……、この人は一体……)
ミセルが震えた声で尋ねる。
「あ、あなたは一体何者なの……?」
ロレンツが表情を変えずに答える。
「俺は、姫さんの護衛者だ」
「そ、そんなこと分かってるわよ!! 違うの、私が聞きたいのは……」
「俺は彼女を救うためにやって来た。それだけだ」
(えっ)
ミセルはその言葉を聞き全身の力が抜けてしまった。
(婚約者でも、親族でもない女の為に……、こんな命懸けのことを……)
「話は以上だ。邪魔したな」
「あっ……」
ロレンツはそう言い残すとドアを開けて静かに出て行った。
「なんなの、あれ……」
ミセルは脱力してその場にへなへなと座り込んでしまった。
――彼女を救いに来た。
その言葉がミセルの頭の中で繰り返される。
似たような言葉は何度も貴族の男達に言われたことがある。だが、ミセルが思う。
(何なの、あの心をぎゅっと掴まれるような言葉。全然違う、全然違うわ……)
ミセルは全身を包み込む心地良い感覚に身を任せる。そして思う。
(羨ましい……、私もあんな風に言われたい……)
アンナ同様、ミセルもまた権力争いの中で生きて来た人間。損得勘定なしの真っすぐなロレンツの言葉はある意味衝撃的だった。
それでもミセルはジャスター家の一員として、その胸の底に芽生えた感情を無理やり押し込めようとした。
本人の自白により金銭を目的とした誘拐であると判明し、王家の封蠟印を悪用した巧妙な誘拐事件としてすぐに皆の話題となった。
それでも首謀者であるジェスター家の名前は一切出さず、あくまでレイガルト家単独の犯行だとの主張を貫いた。
リリーも無事に侍女に復帰。いつもの日常が戻って来た。
「アンナ様、申し訳ございません。私が勘違いして……」
もう何度目だろうか。
リリーはアンナに会う度に騙されて城を出て行ったことを謝罪する。アンナが呆れた顔で言う。
「だからもういいってば。あんな事されれば誰だって信じちゃうよ」
「でも……」
「もういいの。無事で良かったわ」
リリーは何度アンナのその言葉に救われただろうか。自分の失態を笑顔で許してくれる。リリーは以前に増してアンナに忠誠を誓うようになった。アンナが言う。
「それよりもさ、リリー」
「何ですか」
「もうひとり、お礼を言う人がいるんじゃないの?」
(うっ)
リリーはあまり触れて欲しくない話題になったと顔をしかめる。
正直あまり好きじゃないあの大男。ただ今回、彼が居なければ自分がどうなっていたか分からない。お礼を言わなきゃならないという気持ちと、その真逆の気持ちの間でリリーは揺れていた。
アンナが部屋の隅でコーヒーを飲んでいるロレンツに言う。
「ねえ、ロレンツ。リリーが話があるって」
「ちょ、ちょっと、アンナ様!!」
戸惑うリリ―。アンナが続けて言う。
「ちょっとこっちおいでよ」
「ん? ああ……」
ロレンツはコーヒーカップをテーブルにおいてこちらへやって来る。動揺するリリー。近付いて来たロレンツを見て汗が噴き出る。ロレンツが先にリリーに言った。
「そうだ、お礼を言わなきゃな。ありがとう」
「は?」
意味が分からないリリー。お礼を言うのは自分の方である。
「な、何のことなの?」
「何のって、最近イコとよく遊んでくれてるだろ?」
(あっ)
まだ学校に馴染めないイコ。
ひとりでいる姿を見てここ最近、リリーが一緒に遊んでくれていた。リリーが照れながら答える。
「いや、別にそんなのはいいんだけど……、それより、ありがとう。助けてくれて……」
ようやく言えたその言葉。開放感から安堵するリリーにロレンツが言う。
「ああ、気にするな。ついでだからな」
「はあ!?」
リリーの感情を逆なでするような言葉。
隣で聞いていたアンナは笑いを堪え切れなくなり吹き出す。
「やっぱりあなたは失礼極まりない男ね。目障りだから出て行って下さい!!」
突然怒り出したリリーに戸惑うロレンツ。
「ああ、分かった。じゃあ、ちょっと出掛けてくる」
ロレンツは頭を掻きながら部屋を出て行く。
「きゃはははっ、もう最高!!」
ロレンツが居なくなってから我慢していたアンナが大きな声で笑い出した。リリーが言う。
「アンナ様、笑い事ではありません。あんな失礼な奴、そうは居ませんから」
「だよね、だよね~、めっちゃ失礼だよね~、ぷぷっ……」
そう言いながらも笑いが止まらないアンナ。
リリーはそんな彼女を見ながら、『ロレンツのことになるとどうしてこんなに表情豊かになるのだろう』とちょっと嫉妬に似た気持ちを覚えた。
それより少し前。急ぎ妹ミセルの部屋へやって来たエルグが口早に話をする。
「ミセル。ミスガリア王国で新たな輝石が採掘された!! これからすぐに出て調達してくる!!」
「それは素晴らしいですわ!! お気を付けて!!!」
「ああ、留守は頼むぞ」
エルグはそう告げると、外交用の服に着替え馬を飛ばした。
輝石。
魔法が十分に解明、発達していなかったこの時代では、治癒魔法と同等の力を持つ『輝石』と呼ばれる石が大変重宝された。貴重な石ゆえ、その存在は貴族や軍部などごく一部の人間しか知らされておらず、国家間の交渉等にも使われるほどの価値があった。
致命傷の怪我や、時には重病すら回復させてしまう輝石。触れながら念じることで誰でも聖女顔負けの治癒ができる輝石は、まさに国宝と呼ぶに相応しいものであった。
(新たな輝石。これで私はまたひとつ聖女に近付くわ……)
ジャスター家はそれを利用した。
ミセルを『治癒魔法が使える女』として認知させ、聖女に仕立てる。そうすれば結婚相手が国王となり実質ネガーベル王国を支配できる。
その為にジャスター家にとって輝石確保は何よりも優先しなければならない事だった。時には戦争にも発展する輝石の奪い合い。エルグが新たな輝石確保に急ぐのも当然のことである。
(お兄様、どうかご無事で……)
危険を伴う輝石回収の交渉。ミセルは兄の無事を祈った。
コンコン
その夜、ミセルの部屋のドアがノックされた。
こんな時間に誰かしら、と思いながら返事をすると低い声がドアに響いた。
「俺だ」
ミセルは緊張しながら答える。
「俺なんてお方は存じません」
「いいから開けろ」
低いが威圧感のある声にミセルがゆっくりとドアを開ける。
(ロレロレ……)
ドアの前に立つ大きな銀髪の男を見てミセルに緊張が走る。
「入るぞ」
ロレンツはミセルの返事を聞く前に無理やり部屋の中へと入る。
「ちょ、ちょっと。一体どういうつもりなの!!」
突然の失礼な行動にミセルがむっとする。
「し、失礼な人ですね。このような蛮行、許されると思ってでも……」
「青髪の嬢ちゃんの件、おめえさん達のやってることの方がずっと蛮行じゃねえか」
(!!)
ミセルは固まった。
絶対に口外されていないはずの監禁の指示。どうして目の前の男がそれを知っているのだろうか。
「な、何のことでしょうか? ティファールさんの件ならレイガルト家の仕業だったはずでは? それとも何か証拠でもおありで?」
ミセルは自分の声が震えていることに気付かなかった。ロレンツが言う。
「証拠はねえ。ただ知りたいって言うのなら、今お前を締め上げて吐かせる」
とても冗談を言っているとは思えないロレンツの覇気。ミセルは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなり体中から汗が噴き出る。
「今回は見逃してやる。ただこれで二度目だ。三度目はないと思え」
(え? 二度目……??)
思わぬ言葉。
二度目と聞いて思い出される小隊長家族の監禁。ミセルの体が震え始める。
(どうして、どうしてこの男はそんなに知っているの……?)
どれだけ秘密裏にして行動してもなぜか目の前の男には隠せない。レイガルトの事がバレたのも未だ謎。言い表せぬ恐怖にミセルが震える。そして思わず尋ねる。
「あなたは、私が怖くないの……?」
「怖い?」
意味が分からないロレンツが聞き返す。
「そ、そうよ。私はジェスター家の令嬢。そして間もなく聖女になる女。私に逆らっていいとでも……」
「どうでもいい」
「え?」
全く予想外の言葉に驚くミセル。ロレンツが言う。
「嬢ちゃんが聖女になろうが俺には関係ねえ。ただ正々堂々とやれ。今回みたいなふざけた真似をするなら俺が叩き潰す」
(な、なによ、この男……)
圧倒的権力を持つジャスター家。
その中心にいる自分に対して全く恐れもせずこれほど堂々としている男など見たことが無い。
(貴族なら、普通の男ならこれだけ圧力をかければ簡単に跪くのに……、この人は一体……)
ミセルが震えた声で尋ねる。
「あ、あなたは一体何者なの……?」
ロレンツが表情を変えずに答える。
「俺は、姫さんの護衛者だ」
「そ、そんなこと分かってるわよ!! 違うの、私が聞きたいのは……」
「俺は彼女を救うためにやって来た。それだけだ」
(えっ)
ミセルはその言葉を聞き全身の力が抜けてしまった。
(婚約者でも、親族でもない女の為に……、こんな命懸けのことを……)
「話は以上だ。邪魔したな」
「あっ……」
ロレンツはそう言い残すとドアを開けて静かに出て行った。
「なんなの、あれ……」
ミセルは脱力してその場にへなへなと座り込んでしまった。
――彼女を救いに来た。
その言葉がミセルの頭の中で繰り返される。
似たような言葉は何度も貴族の男達に言われたことがある。だが、ミセルが思う。
(何なの、あの心をぎゅっと掴まれるような言葉。全然違う、全然違うわ……)
ミセルは全身を包み込む心地良い感覚に身を任せる。そして思う。
(羨ましい……、私もあんな風に言われたい……)
アンナ同様、ミセルもまた権力争いの中で生きて来た人間。損得勘定なしの真っすぐなロレンツの言葉はある意味衝撃的だった。
それでもミセルはジャスター家の一員として、その胸の底に芽生えた感情を無理やり押し込めようとした。
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