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二十六話 甘えたい
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男の服装に戻った俺と豊坂さんは正方形の小さめなテーブルに向かい合って座った。
椅子、というよりスツールに座るとなんだかカフェにでもいるような気分になれる。
豊坂さんが作ってくれたオムライスを食べる。凄く美味しい。ずっと痛かった胸がスっと軽くなったような気がした。
「それで? なんで家出したんだ?」
「家出じゃ……ないですよ。もう帰りません。というかもう帰れないんです」
「大好きなお義父さんとやらと喧嘩か?」
「ただの喧嘩なら良かったんですがね」
「無理強いはしない。言いたくなったらでいいし、帰りたくなったら帰ればいい。
ここにいていいから、頭冷やせ」
豊坂さんの言葉は大人の意見だ。優しい優しい大人の。きっとそう。
「ただで置いてもらうわけには……」
「バカ! ほいほい身体なんか売るなって。自分の身体は大事にしろ。お前一人の物じゃないんだ」
「じゃあ他に誰のものだっていうんですか?
お義父さんにはずっと憎まれてた。怜治にも……嫌われた。俺には他に繋がりなんてないんです」
「俺は潤ちゃんが辛い思いしていたり、困っていたら助けたいと思う。
なんの見返りも求めないのは、大事な友達だと思うからだ。
潤ちゃんの身体は君一人だけのものじゃないんだから」
「俺一人のものだよ。じゃあ豊坂さんだってそうでしょ?」
「俺が傷付いたりする事で悲しむ人が一人でもいるなら、この身体は俺だけのものじゃないということだよ」
じゃあ俺が傷付いたら悲しむ人がいるって事?
俺にはその意味が分からないよ。
でも、分からないって騒ぐのは子供のする事だ。俺は大人なんだから、素直に頷けばいい。
「分かった。豊坂さんに迷惑かけないようにします」
「そういう事じゃ……」
「じゃあどういう事?」
「潤ちゃんにも、大事な人や守りたいと思える人が出来たら分かる。絶対に分かる時が来る」
そう言う豊坂さんは真剣で、俺は思わず頷いていた。
夕食を食べ終え、俺と豊坂さんは交代で風呂に入った。豊坂さんが風呂に入っている内に洗い物を済ませておく。
風呂から出てきた豊坂さんに褒められたけど、そんなに嬉しくなかった。
褒められるに値しない罪の意識が大きい。きっとこれからどんなに良い事をして、褒められても喜べなくなるように思えた。
「じゃあ潤ちゃんはこの部屋使って。一応、親が泊まりに来た時用の部屋だけど。大丈夫?」
「あの……一緒に寝てもいいですか?」
「俺を襲わなければいいよ」
「しませんよ」
子供の頃、風花がベビーベッドを使わなくなり、両親と寝るようになった頃から、俺はずっと一人部屋で寝てきた。
それを不満に思った事はない。
大きくなって、誰かと結婚したらきっとその人と眠るのだろうし、誰かと寄り添って眠るという事は乳幼児かパートナーがいる大人の特権だと思っていた。
けれどそれは違った。妹は甘えたで、小学校高学年になっても両親の部屋に行って三人で寝ていたのを俺は知っている。
俺はそれが出来なかった。俺が男だという事もあったけど。お母さんが俺を嫌いだと思ったからだ。
一度でいい。誰かと寝てみたかった。
怜治とは何度もベッドの中に入ったけど、睡眠とは別だ。気を許していない限り、無防備に他人と眠る事なんて出来ない。
豊坂さんといると、落ち着く。
安田さんや怜治の姉が豊坂さんを好きな理由、分かる気がする。俺は、この人に恋愛感情とかない。けど一緒にいて、穏やかに過ごせたらきっと幸せになれそうな気がするんだ。
「何があったか知らないが、君がこんなに甘えてくるなんてな」
二人でダブルベッドの中に入ると、豊坂さんが俺を抱き寄せてくれた。
甘えさせてくれている。それに甘えて、豊坂さんに抱き着いた。暖かくて落ち着く。
「人に甘えるの、初めてかもしれません」
「厳しい家庭だった?」
「いえ、仮面家族でした。表面上は仲睦まじい幸せな家族に見えたでしょうが、お母さんは俺を見ると別れたお父さんを思い出すからと、ある程度の距離を取っていました。
俺よりも大事に可愛がられている妹が憎くてたまらなかった。俺は憎しみや悲しみを全部笑顔で誤魔化していたんです」
「それは……辛かったね」
「いえ。お義父さんがいたから。俺は、お義父さんに恋をしたんです。だからお母さんの事も嫌いでした。
お義父さんに褒められる為なら俺はなんだってしてきたのに」
「一体、何をしてきたんだ?」
あぁ……この人に全部言ってしまって良いものなんだろうか?
また軽蔑の目で見られるだろうか。追い出されてしまうかもしれない。
でも、それならそれでいいやって思った。
嫌われた相手が二人から三人に増えようが変わらない。でも甘えさせてもらえたのが、本当に短い時間なのは少し残念だ。
椅子、というよりスツールに座るとなんだかカフェにでもいるような気分になれる。
豊坂さんが作ってくれたオムライスを食べる。凄く美味しい。ずっと痛かった胸がスっと軽くなったような気がした。
「それで? なんで家出したんだ?」
「家出じゃ……ないですよ。もう帰りません。というかもう帰れないんです」
「大好きなお義父さんとやらと喧嘩か?」
「ただの喧嘩なら良かったんですがね」
「無理強いはしない。言いたくなったらでいいし、帰りたくなったら帰ればいい。
ここにいていいから、頭冷やせ」
豊坂さんの言葉は大人の意見だ。優しい優しい大人の。きっとそう。
「ただで置いてもらうわけには……」
「バカ! ほいほい身体なんか売るなって。自分の身体は大事にしろ。お前一人の物じゃないんだ」
「じゃあ他に誰のものだっていうんですか?
お義父さんにはずっと憎まれてた。怜治にも……嫌われた。俺には他に繋がりなんてないんです」
「俺は潤ちゃんが辛い思いしていたり、困っていたら助けたいと思う。
なんの見返りも求めないのは、大事な友達だと思うからだ。
潤ちゃんの身体は君一人だけのものじゃないんだから」
「俺一人のものだよ。じゃあ豊坂さんだってそうでしょ?」
「俺が傷付いたりする事で悲しむ人が一人でもいるなら、この身体は俺だけのものじゃないということだよ」
じゃあ俺が傷付いたら悲しむ人がいるって事?
俺にはその意味が分からないよ。
でも、分からないって騒ぐのは子供のする事だ。俺は大人なんだから、素直に頷けばいい。
「分かった。豊坂さんに迷惑かけないようにします」
「そういう事じゃ……」
「じゃあどういう事?」
「潤ちゃんにも、大事な人や守りたいと思える人が出来たら分かる。絶対に分かる時が来る」
そう言う豊坂さんは真剣で、俺は思わず頷いていた。
夕食を食べ終え、俺と豊坂さんは交代で風呂に入った。豊坂さんが風呂に入っている内に洗い物を済ませておく。
風呂から出てきた豊坂さんに褒められたけど、そんなに嬉しくなかった。
褒められるに値しない罪の意識が大きい。きっとこれからどんなに良い事をして、褒められても喜べなくなるように思えた。
「じゃあ潤ちゃんはこの部屋使って。一応、親が泊まりに来た時用の部屋だけど。大丈夫?」
「あの……一緒に寝てもいいですか?」
「俺を襲わなければいいよ」
「しませんよ」
子供の頃、風花がベビーベッドを使わなくなり、両親と寝るようになった頃から、俺はずっと一人部屋で寝てきた。
それを不満に思った事はない。
大きくなって、誰かと結婚したらきっとその人と眠るのだろうし、誰かと寄り添って眠るという事は乳幼児かパートナーがいる大人の特権だと思っていた。
けれどそれは違った。妹は甘えたで、小学校高学年になっても両親の部屋に行って三人で寝ていたのを俺は知っている。
俺はそれが出来なかった。俺が男だという事もあったけど。お母さんが俺を嫌いだと思ったからだ。
一度でいい。誰かと寝てみたかった。
怜治とは何度もベッドの中に入ったけど、睡眠とは別だ。気を許していない限り、無防備に他人と眠る事なんて出来ない。
豊坂さんといると、落ち着く。
安田さんや怜治の姉が豊坂さんを好きな理由、分かる気がする。俺は、この人に恋愛感情とかない。けど一緒にいて、穏やかに過ごせたらきっと幸せになれそうな気がするんだ。
「何があったか知らないが、君がこんなに甘えてくるなんてな」
二人でダブルベッドの中に入ると、豊坂さんが俺を抱き寄せてくれた。
甘えさせてくれている。それに甘えて、豊坂さんに抱き着いた。暖かくて落ち着く。
「人に甘えるの、初めてかもしれません」
「厳しい家庭だった?」
「いえ、仮面家族でした。表面上は仲睦まじい幸せな家族に見えたでしょうが、お母さんは俺を見ると別れたお父さんを思い出すからと、ある程度の距離を取っていました。
俺よりも大事に可愛がられている妹が憎くてたまらなかった。俺は憎しみや悲しみを全部笑顔で誤魔化していたんです」
「それは……辛かったね」
「いえ。お義父さんがいたから。俺は、お義父さんに恋をしたんです。だからお母さんの事も嫌いでした。
お義父さんに褒められる為なら俺はなんだってしてきたのに」
「一体、何をしてきたんだ?」
あぁ……この人に全部言ってしまって良いものなんだろうか?
また軽蔑の目で見られるだろうか。追い出されてしまうかもしれない。
でも、それならそれでいいやって思った。
嫌われた相手が二人から三人に増えようが変わらない。でも甘えさせてもらえたのが、本当に短い時間なのは少し残念だ。
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