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三章 彼に向かう想いは
十四話 素直さ
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「え、と。あの人身売買の? 詩鶴先生、まさかその人に……?」
春哉は嫌な予感がして詩鶴を心配そうな顔で見つめた。まさか人身売買で売られた仲間なのか? と──。
「違うよ。私ずっとキャバやってて、浩二さんとはそこで知り合ったの。いわゆる愛人ってやつよ」
「そうなんだ、良かった」
「心配になった?」
「うん。詩鶴先生が怖い思いしてなくて良かった」
「そんなに怖かったんだね、そうだよね」
詩鶴は春哉をそっと抱き締めた。母親が息子を守るようにも見える、優しい抱き方だ。
「黒い泥の中に沈む様な感覚、分かる?」
「それは悲しみ? 憎しみ?」
「殺意かな。僕を連れ去ったアイツら、最初に僕を買ったアイツを頭の中で何度も殺した。組織のトップは憎しみしかない」
「春君……」
「感情を捨てないと、松山に殴られるから捨てざるを得なかっただけじゃない。自分の黒いものに押し潰されそうだったから、感情を殺すしかなかったんだ」
「そ、そうだったんだね」
詩鶴の腕に力が入る。直接関わっているわけではないが、春哉を不幸に落とした者の関係者だ。
「詩鶴先生に言うべきじゃないの分かってるけど、人身売買なんて商売誰も幸せになれないよ。その浩二さんって人も、今は良いかもしれないけど、絶対に将来後悔する日がくるよ」
「春君が後悔させるの?」
春哉を抱き締める詩鶴の腕は震えて、春哉から離れた。
「僕かもしれないし、違う誰かか、違う何かかもしれないね。ただ、報いを受ける日が必ず来るよ。あれだけの人を不幸に突き落としてるんだから。
そうじゃないと不公平だと思わない?」
詩鶴は何も答えられず、顔を青くしていたた。人身売買で得た金銭で、間接的にであれ甘い蜜を吸っている詩鶴は、春哉から見れば共犯者と同じだろう。
「大丈夫。詩鶴先生を不幸には出来ないから、僕から浩二さんって人に何かする事はないよ」
「そ、そう……。優しいのね?」
「詩鶴先生には感謝してるもん。これからもよろしくね!」
「うん、よ、よろしくね。ふふふ……。ちょっと御手洗借りるわね」
完全に顔色を青くしている詩鶴は、一度退席した。春哉は閉じた扉を見つめて苦笑した。
「詩鶴先生は意外と怖がりなんだな」
翌日、教室に着いて山下を見つけた春哉は、満面の笑顔で駆け寄った。
「山下くーん! おっはよ!」
「おはよう」
「あのさぁ家庭教師の件なんだけど、ごめんね、やっぱり本業があるから無理だって」
そう聞くと、山下は残念そうに眉を八の字にした。
「そっかー。聞いてくれてありがと」
「ううん、分からない事は聞いてね。僕、予習してるから」
「そ、そう……」
山下は不審そうな目を春哉に向けた。見えない壁のようなものを作ったようでもある。
「どうしたの?」
「ううん。予習って皆してると思うよ。早い人はもう高二の勉強してる人もいるし。僕だって勉強してないわけじゃない」
「そっか! ごめんね、山下君のプライド傷付けちゃった?」
「は? 別に」
「山下君? おーい」
山下はそそくさと自分の席へ行ってしまった。ポツンと残された春哉は、首を傾げて山下に近寄るか否かを考える。
「やぁ、俺柳瀬っていうんだけど。君は?」
肩を叩かれて振り向くと、筋肉質でガタイの良い男が春哉を見下ろしていた。もう制服を気崩していて、一見真面目そうには見えない。
「僕は須賀だよ!」
「そっか、須賀君。あの子に謝った方がいいんじゃね?」
「なんで? 僕なんかしたかな?」
「須賀君の声、大きいから聞こえてたんだけどさ。ああいう言い方は、俺でもキレるよ。特にアイツプライド高そうだし」
「プライド高そうだから、傷付けてごめんって謝ったんだけど……」
「だから、それ直接言われる方がプライド傷付けるんだって。君も、子供みたいだねって言われたらどう思う?」
「うーん。……そっか! 柳瀬君、ありがとね!」
春哉は柳瀬に感謝すると、すぐに山下に謝りに行った。山下は机に突っ伏していて、話を聞いてくれるような状態ではない。
「山下くーん。ごめんね。許して。僕、ずっと友達とかいなかったから、友達との付き合い方のレベル低いんだよ。
山下君教えてくれる? また僕と友達になって、嫌な事言っちゃったら教えてよ!」
「……分かったよ」
ゆっくりと起き上がった山下は、仕方ないなぁという顔で春哉を許したのだった。
春哉は嫌な予感がして詩鶴を心配そうな顔で見つめた。まさか人身売買で売られた仲間なのか? と──。
「違うよ。私ずっとキャバやってて、浩二さんとはそこで知り合ったの。いわゆる愛人ってやつよ」
「そうなんだ、良かった」
「心配になった?」
「うん。詩鶴先生が怖い思いしてなくて良かった」
「そんなに怖かったんだね、そうだよね」
詩鶴は春哉をそっと抱き締めた。母親が息子を守るようにも見える、優しい抱き方だ。
「黒い泥の中に沈む様な感覚、分かる?」
「それは悲しみ? 憎しみ?」
「殺意かな。僕を連れ去ったアイツら、最初に僕を買ったアイツを頭の中で何度も殺した。組織のトップは憎しみしかない」
「春君……」
「感情を捨てないと、松山に殴られるから捨てざるを得なかっただけじゃない。自分の黒いものに押し潰されそうだったから、感情を殺すしかなかったんだ」
「そ、そうだったんだね」
詩鶴の腕に力が入る。直接関わっているわけではないが、春哉を不幸に落とした者の関係者だ。
「詩鶴先生に言うべきじゃないの分かってるけど、人身売買なんて商売誰も幸せになれないよ。その浩二さんって人も、今は良いかもしれないけど、絶対に将来後悔する日がくるよ」
「春君が後悔させるの?」
春哉を抱き締める詩鶴の腕は震えて、春哉から離れた。
「僕かもしれないし、違う誰かか、違う何かかもしれないね。ただ、報いを受ける日が必ず来るよ。あれだけの人を不幸に突き落としてるんだから。
そうじゃないと不公平だと思わない?」
詩鶴は何も答えられず、顔を青くしていたた。人身売買で得た金銭で、間接的にであれ甘い蜜を吸っている詩鶴は、春哉から見れば共犯者と同じだろう。
「大丈夫。詩鶴先生を不幸には出来ないから、僕から浩二さんって人に何かする事はないよ」
「そ、そう……。優しいのね?」
「詩鶴先生には感謝してるもん。これからもよろしくね!」
「うん、よ、よろしくね。ふふふ……。ちょっと御手洗借りるわね」
完全に顔色を青くしている詩鶴は、一度退席した。春哉は閉じた扉を見つめて苦笑した。
「詩鶴先生は意外と怖がりなんだな」
翌日、教室に着いて山下を見つけた春哉は、満面の笑顔で駆け寄った。
「山下くーん! おっはよ!」
「おはよう」
「あのさぁ家庭教師の件なんだけど、ごめんね、やっぱり本業があるから無理だって」
そう聞くと、山下は残念そうに眉を八の字にした。
「そっかー。聞いてくれてありがと」
「ううん、分からない事は聞いてね。僕、予習してるから」
「そ、そう……」
山下は不審そうな目を春哉に向けた。見えない壁のようなものを作ったようでもある。
「どうしたの?」
「ううん。予習って皆してると思うよ。早い人はもう高二の勉強してる人もいるし。僕だって勉強してないわけじゃない」
「そっか! ごめんね、山下君のプライド傷付けちゃった?」
「は? 別に」
「山下君? おーい」
山下はそそくさと自分の席へ行ってしまった。ポツンと残された春哉は、首を傾げて山下に近寄るか否かを考える。
「やぁ、俺柳瀬っていうんだけど。君は?」
肩を叩かれて振り向くと、筋肉質でガタイの良い男が春哉を見下ろしていた。もう制服を気崩していて、一見真面目そうには見えない。
「僕は須賀だよ!」
「そっか、須賀君。あの子に謝った方がいいんじゃね?」
「なんで? 僕なんかしたかな?」
「須賀君の声、大きいから聞こえてたんだけどさ。ああいう言い方は、俺でもキレるよ。特にアイツプライド高そうだし」
「プライド高そうだから、傷付けてごめんって謝ったんだけど……」
「だから、それ直接言われる方がプライド傷付けるんだって。君も、子供みたいだねって言われたらどう思う?」
「うーん。……そっか! 柳瀬君、ありがとね!」
春哉は柳瀬に感謝すると、すぐに山下に謝りに行った。山下は机に突っ伏していて、話を聞いてくれるような状態ではない。
「山下くーん。ごめんね。許して。僕、ずっと友達とかいなかったから、友達との付き合い方のレベル低いんだよ。
山下君教えてくれる? また僕と友達になって、嫌な事言っちゃったら教えてよ!」
「……分かったよ」
ゆっくりと起き上がった山下は、仕方ないなぁという顔で春哉を許したのだった。
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