少年売買契約

眠りん

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三章 彼に向かう想いは

一話 春哉の一日

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 春哉はずっと自分を取り戻す事を拒んでいた。それは恐怖から来るもので、心の奥底では昔のように明るくありたいと思っていたのだ。


 殺人現場を目撃してしまった後、性の道具になると言われて調教され、松山に道具になれと言われて育てられ、峰岸には暴力を介して性的暴行を与えられた。

 苦痛はどんどん麻痺していった。春哉が生きていく上で、耐え難い痛みだったのだ。段々と価値が下がっていく恐怖も重くのしかかってくる。
 人である事が難しい。感情のない道具だと思い込む事で、どうにかギリギリのところで自分を繋ぎ止めていたのだ。

 影井と出会った時一番困惑したのが、影井が春哉を人間扱いしてくる事であった。
 今更人間に戻ったとして、またいつかオークションで売られた後に道具に戻れと言われたら、臓器売買されると言われたら、本当に壊れてしまいそうな気がしたのだ。

 人間として生きていいという言葉を受け入れてからもまだ、いつか売られてしまうかもしれないという恐怖心は残っている。
 だが、今は影井を信じようという気持ちがある。
 春哉は道具である事をやめ、人としての一歩を踏み出したのである。


 ──そこまで回復してから三ヶ月が過ぎた。

「か、げ、い、さんっ。起きて~!」

 春哉はベッドの上に乗り、眠っている影井の上に跨って身体全体で揺すった。
 影井がうぅんと唸りながら目を覚ます。

 もう暗かった面影はなく、元来の明るさを取り戻していた。

「春哉……おはよ」

「おはよう! 朝ご飯出来てるよ」

「ありがとう」

 春哉は積極的に自分が出来る事を増やしていった。まだ料理は焼くくらいの事しか出来ないので、朝ご飯しか作らないが。
 自我を取り戻してからは、段々と味覚が機能するようになってきたので、味見をしながら作れる。
 味が分かる事が幸せだと感じられた。人として生きる事は幸福を感じる事でもある。

 ──だが、春哉の中にまだ懸念事項があるのだ。

 朝と晩は向かい合って食事をするのが当たり前となっている。
 春哉は納豆とご飯に卵焼きともずくという日本食を用意した。

「今日は何時に帰ってくるの?」

「二十時には家に着くかな。どうして?」

「今日影井さんの誕生日でしょ? ご馳走用意してるね。詩鶴さんも手伝ってくれるって。
 それでね、詩鶴さんとお出掛けしてもいいかな?」

「なんで……俺の誕生日……」

「なんでって。詩鶴さんから聞いたんだよ。折角料理も慣れてきたし、美味しいもの作って待ってるね」

 春哉は純粋な笑顔を影井に見せた。三ヶ月前は絶対に見る事のなかった表情だ。
 影井はその笑顔に釣られるように微笑んだ。

 影井を見送ると、食器と洗濯物を洗い、掃除をした。洗濯物を干した後は、自室に篭って影井に用意してもらった教科書を読んだり、学習ドリルで問題を解いたりした。

 午前を過ぎ、昼飯を食べてその食器も洗い終わった頃、チャイムが鳴る。
 訪問者を確認して、マンションのオートロック式の自動ドアを開けて少しすると、部屋にやってくるのは詩鶴だ。

「やほー! 春君お待たせ」

「詩鶴先生! こんにちは」

「宿題はやった?」

「はい、余裕あったから予習もしたよ」

「偉い!! じゃあ昨日の続きをしようね」

 春哉の部屋に二人きり。詩鶴には家庭教師になってもらっていた。
 学校に通っていたのは小学四年の夏頃までだ。学校で習った事は殆ど覚えていなかった為、小学二年生から授業をやり直して、今はようやく四年生の範囲を進めている。
 土日以外の毎日、詩鶴が教えているのだ。春哉は積極的に勉強をしている。

 いつもであれば夕方頃に詩鶴が帰ったら、干していた洗濯物を畳んで、タンスにしまい、また部屋で勉強をする。
 それが今の春哉の一日であるが、今日は違う。

「さて、勉強はこれまでにして影井さんのバースデーパーティーの準備しよう!」

「うん!」
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