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二章 心を取り戻す為に
六話 少年の名前
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その夜。影井は少年と二人でベッドに並んで眠った。少年が部屋の隅で丸まろうとしていたのを、影井が無理にベッドに連れてきたのだ。
すぅっと静かな寝息を立てて眠る少年の頭を撫でる。
耳にはブルーのピアスが着いており、影井は昔、裏組織の組長に人身売買の相談をされた内容を思い出した。
売られた人間が逃げ出した時に備えてGPS機能の付いたマイクロチップを埋め込むことへの是非だ。
犬猫のように埋め込む案も出ていたが、影井はピアスにしたらどうかと提案したのだ。
その方が視覚的にも奴隷を支配していると認識しやすいのではないかという事や、何かあった時にすぐに取り外せるという利点もあった
ピアスは外れないように糊付けされているが、組織にある特殊な道具で取り外せる。売られた人間が奴隷ではなくなった際に使う物だ。
今外してしまうわけにはいかない。
逃げ出されてしまうと、少年諸共、少年の家族や影井も始末されてしまう。
影井は少年のピアスの着いた耳を親指で撫でた。
翌朝の朝食後、影井は一枚の紙を少年に見せた。
「これから仕事に行ってくる。これは君の一日のスケジュールだ。とりあえず今日はこの通りに動く事。
分からない事はしなくていい、俺が帰ったら聞きなさい。分かったかい?」
「……はい」
影井の言葉に少年は少し思案した後に頷いた。
前日に峰岸に電話で話し、影井が外出している間だけは峰岸の部屋にいた時と同じ行動をさせる事にしたのだ。
午前中は掃除と洗濯物を任せ、三時間置きにトイレに行く時間をスケジュールに組み込んだ。
紙にはほとんど平仮名を使った。聞けば十歳から学校に行っておらず、ずっと性奴隷だった少年がどこまでの学力があるのか分からなかった。
十二時になったら、影井が作っておいた昼食を冷蔵庫に入れたので、それを電子レンジで温めて食べるように指示してある。
午後は峰岸にいた時にはしていなかった行動をさせる事にした。それこそ好きな事をするように指示を出した。
好きな事では分からないだろうと、一例としてテレビ視聴や、読書、影井の部屋にパズルがあるのでそれで遊んで良いと書いてある。
帰ったら何をしていたのかを報告させる。少しでも少年の好きな事が分かれば第一歩だ。
影井が特に苦労したのは食事の好みだ。昨晩、ご飯とオムレツと豆腐の味噌汁を出したところ、全部食べきってはいたが、何が好きなのかが分からないのだ。
苦手なものがあったとしても、少年は無表情で食べるだろう。
楽ではあるが、影井としては好物を出したいのだ。
「じゃあ行ってくるよ」
「……行ってらっしゃい」
少年は今まで挨拶もしなかったと峰岸から聞いた。挨拶は大事だと説明し、昨日の「おやすみ」から挨拶をさせている。
少年の心を戻すにはどうしたらいいのか、答えは出ていない。
影井の会社は経営アドバイスを中心とした、企業相手の仕事がメインで、個人相手に資産運用コンサルタントもしているベンチャー企業だ。
父親の会社は戦後に成長したグループ会社で、伝統を重んじ、新しい事にはなかなか手を出さない。
今までの歴史が、会社の在り方を示している。
反対に、影井は父親とは全く逆の会社を立ち上げた。
成果主義の仕組みとなっており、社内は上昇志向の強い者が多い。成果によって報酬を上乗せするようなスタイルである。
決まった勤務時間はあるが、極端な事を言えば結果を出せるのであれば、出勤時間や退勤時間は個人の裁量で良いというものになっている。
十九時になり、影井は仕事の始末をして帰る準備を始める。
少年が気になるので早く帰りたい気持ちがあるのだが、そこは我慢をして行きつけのバーに向かった。
峰岸と約束しており、少年について詳しく聞く予定である。
店に入ると既に峰岸は着いており、ビールを飲んで顔を赤くしていた。
「峰岸、もう酔っているのか?」
「おぅよ! お前がおっせぇからな!」
「マスター、俺はジンジャエールで」
マスターは初老の男性だ。
店は目立たない場所にあるが、マスターの腕が良いので、足繁く通う者は少なくない。
「酒飲まねぇのかよ」
「そこまで強くないんだ」
影井は煙草を取り出すと口に咥え、ライターで火を付けた。ふぅっと白い煙を吐き出して、ようやく一息つく。
「少年の名前は?」
「知らない」
峰岸なら知っているだろうと思っていた影井は、目を丸くした。
「知らない!? あのオークションの主催も知らないのか?」
「知ってるぜ」
「なんで聞かないんだ?」
「最初買った時に書類で名前見たが、呼ばない名前を覚える必要性は感じられないからな。記憶してない。
あの子は人間扱いすると拒否反応を示す。俺は道具として扱う事にしたから、あの子から聞いた事はない」
「せめて名前くらい……よし、明日組織に電話を」
「待てよ」
やるべき事が見つかって少し希望が見いだせた、と思ったが、そんな影井を峰岸が制止する。
「あの子は自分の名前、絶対忘れてない。記憶喪失でもないのにそう簡単に忘れるものか。
心を開けば教えてくれる。それを待つのはどうだ?」
「……む」
「一つの目安にもなるだろう。あの子が名前を教える事があるとしたら、自分を人間だと認めてお前に心を開いた時だ。
組織から無理に聞き出すのと、少年の口から直接聞くの、どっちがいい?」
峰岸の提案は影井の心を燃え上がらせた。
「よし、少年が名前を教えてくれるのを待つ事にしよう。その方が気合いが入る。
峰岸、俺はやるぞ!」
すぅっと静かな寝息を立てて眠る少年の頭を撫でる。
耳にはブルーのピアスが着いており、影井は昔、裏組織の組長に人身売買の相談をされた内容を思い出した。
売られた人間が逃げ出した時に備えてGPS機能の付いたマイクロチップを埋め込むことへの是非だ。
犬猫のように埋め込む案も出ていたが、影井はピアスにしたらどうかと提案したのだ。
その方が視覚的にも奴隷を支配していると認識しやすいのではないかという事や、何かあった時にすぐに取り外せるという利点もあった
ピアスは外れないように糊付けされているが、組織にある特殊な道具で取り外せる。売られた人間が奴隷ではなくなった際に使う物だ。
今外してしまうわけにはいかない。
逃げ出されてしまうと、少年諸共、少年の家族や影井も始末されてしまう。
影井は少年のピアスの着いた耳を親指で撫でた。
翌朝の朝食後、影井は一枚の紙を少年に見せた。
「これから仕事に行ってくる。これは君の一日のスケジュールだ。とりあえず今日はこの通りに動く事。
分からない事はしなくていい、俺が帰ったら聞きなさい。分かったかい?」
「……はい」
影井の言葉に少年は少し思案した後に頷いた。
前日に峰岸に電話で話し、影井が外出している間だけは峰岸の部屋にいた時と同じ行動をさせる事にしたのだ。
午前中は掃除と洗濯物を任せ、三時間置きにトイレに行く時間をスケジュールに組み込んだ。
紙にはほとんど平仮名を使った。聞けば十歳から学校に行っておらず、ずっと性奴隷だった少年がどこまでの学力があるのか分からなかった。
十二時になったら、影井が作っておいた昼食を冷蔵庫に入れたので、それを電子レンジで温めて食べるように指示してある。
午後は峰岸にいた時にはしていなかった行動をさせる事にした。それこそ好きな事をするように指示を出した。
好きな事では分からないだろうと、一例としてテレビ視聴や、読書、影井の部屋にパズルがあるのでそれで遊んで良いと書いてある。
帰ったら何をしていたのかを報告させる。少しでも少年の好きな事が分かれば第一歩だ。
影井が特に苦労したのは食事の好みだ。昨晩、ご飯とオムレツと豆腐の味噌汁を出したところ、全部食べきってはいたが、何が好きなのかが分からないのだ。
苦手なものがあったとしても、少年は無表情で食べるだろう。
楽ではあるが、影井としては好物を出したいのだ。
「じゃあ行ってくるよ」
「……行ってらっしゃい」
少年は今まで挨拶もしなかったと峰岸から聞いた。挨拶は大事だと説明し、昨日の「おやすみ」から挨拶をさせている。
少年の心を戻すにはどうしたらいいのか、答えは出ていない。
影井の会社は経営アドバイスを中心とした、企業相手の仕事がメインで、個人相手に資産運用コンサルタントもしているベンチャー企業だ。
父親の会社は戦後に成長したグループ会社で、伝統を重んじ、新しい事にはなかなか手を出さない。
今までの歴史が、会社の在り方を示している。
反対に、影井は父親とは全く逆の会社を立ち上げた。
成果主義の仕組みとなっており、社内は上昇志向の強い者が多い。成果によって報酬を上乗せするようなスタイルである。
決まった勤務時間はあるが、極端な事を言えば結果を出せるのであれば、出勤時間や退勤時間は個人の裁量で良いというものになっている。
十九時になり、影井は仕事の始末をして帰る準備を始める。
少年が気になるので早く帰りたい気持ちがあるのだが、そこは我慢をして行きつけのバーに向かった。
峰岸と約束しており、少年について詳しく聞く予定である。
店に入ると既に峰岸は着いており、ビールを飲んで顔を赤くしていた。
「峰岸、もう酔っているのか?」
「おぅよ! お前がおっせぇからな!」
「マスター、俺はジンジャエールで」
マスターは初老の男性だ。
店は目立たない場所にあるが、マスターの腕が良いので、足繁く通う者は少なくない。
「酒飲まねぇのかよ」
「そこまで強くないんだ」
影井は煙草を取り出すと口に咥え、ライターで火を付けた。ふぅっと白い煙を吐き出して、ようやく一息つく。
「少年の名前は?」
「知らない」
峰岸なら知っているだろうと思っていた影井は、目を丸くした。
「知らない!? あのオークションの主催も知らないのか?」
「知ってるぜ」
「なんで聞かないんだ?」
「最初買った時に書類で名前見たが、呼ばない名前を覚える必要性は感じられないからな。記憶してない。
あの子は人間扱いすると拒否反応を示す。俺は道具として扱う事にしたから、あの子から聞いた事はない」
「せめて名前くらい……よし、明日組織に電話を」
「待てよ」
やるべき事が見つかって少し希望が見いだせた、と思ったが、そんな影井を峰岸が制止する。
「あの子は自分の名前、絶対忘れてない。記憶喪失でもないのにそう簡単に忘れるものか。
心を開けば教えてくれる。それを待つのはどうだ?」
「……む」
「一つの目安にもなるだろう。あの子が名前を教える事があるとしたら、自分を人間だと認めてお前に心を開いた時だ。
組織から無理に聞き出すのと、少年の口から直接聞くの、どっちがいい?」
峰岸の提案は影井の心を燃え上がらせた。
「よし、少年が名前を教えてくれるのを待つ事にしよう。その方が気合いが入る。
峰岸、俺はやるぞ!」
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