離宮の愛人

眠りん

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二章

一話

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 王城の敷地内の奥に小さく佇む離宮は、元々は前皇后が友人を呼んでバラ庭園を楽しむ為に作られたものだった。
 「ローズ宮」と呼ばれ、前皇后が利用していた頃は庭一面様々な薔薇が飾られた綺麗な場所だった。

 フリードが離宮での生活に慣れ始めた頃。
 ウェルディスがいつものように夜に離宮に現れ、玄関に出迎えた時の事だ。
 その日はいつもと違って大真面目な顔でふざけた事を言い出した。

「フリード! こんなに美しいフリードが使うのに庭に花一つないのはおかしいと思わないか?
 この世にある美しい花全てで飾っても、君の美しさには敵わないというのに。
 だが、薔薇だけでは君の背景を飾る事すら出来ない。どうしたらいいだろうか?」

(いきなりなんだ? というか今まで気付いてなかったのか)

 庭に花があるかないかなど、フリードにとってどうでもいい話だ。
 十日以上過ごしてきて、ウェルディスも今になって気付いたくらいだ。なくていいだろう。

「何もしなくていい。急に意味分からない事を言い出すなよ」

 フリードだけでなく、周囲で存在感を消すように立っているメイドや侍従達も困惑した様子を見せていた。

「辛辣だなぁ。そんな君も好きなんだけどね」

 恋は盲目だ。ウェルディスは初めての恋愛に夢中過ぎて周りの目が見えなくなっている。周りから何と言われても、ウェルディスは職務を終えると毎晩離宮に現れるのだ。
 フリードはある懸念をしていた。

(大昔に東の方の国であったよな、傾国の美女。その国の王が愛人にした絶世の美女に溺れた結果、国が潰れたとか。
 俺とウェルディスがそうなりかねないな)

 既にウェルディスは裏で「気が狂った」「乱心された」と言われているが、本人は知らぬ存ぜぬだ。

(来月、隣国の皇女と結婚するんだよな? 皇后になる方が不憫過ぎる)

 深く愛されて嬉しくないわけがない。ウェルディスが暴走していなければ周りが見えずに色恋に翻弄されていたのはフリードの方だったかもしれない。
 だが、このままで良い筈がないのも事実。フリードは心を鬼にする事にした。

「とりあえず話は部屋でしましょう。陛下、こちらへ」

「あ、ああ……」

 二階の奥にある寝室へとウェルディスを連れていき、二人きりになる。
 部屋は窓からの月明かりと、壁に蝋燭が灯っているが薄暗い。テーブルの真ん中にランプを置き、ソファーに二人で腰を掛けた。

「陛下。俺達少し距離を置いた方がいいですね。俺、何か仕事をしようかと思っております。
 大体の事は出来ますし、少しでも陛下の力になりたいです」

「ウェルって呼んで。君に陛下なんて呼ばれると寂しい。かしこまった話し方もやめよう」

 外で砕けた話し方をすれば、フリードだけでなくウェルディスも後ろ指をさされる事が予想される為、そのような話し方は離宮にいる時や二人きりの時に限っている。

 だが、今問題はそこではない。
 少しは皇帝である自覚を持ってもらいたい、そんな気持ちで話したのだが、無意味だった。

「ウェル。アンタが脳内花畑にしてるから、変な噂が流れてる。
 皇帝としてこのままで良いと思っているのか?
 アンタが生まれた時から知っている執事から聞いたが、皇帝になるべく厳しい教育をされたんだってな?
 それなのに、前皇帝夫妻の思いを無駄にしていいと思っているのか?」

 全て執事、カルテスからの受け売りだ。そう言って欲しいと言われただけである。
 両親がいないフリードに親の愛というものは知らないが、ウェルディスには耳が痛い話だったようだ。
 親の事に触れると気まずそうにフリードから目を逸らす。

「う……それは……」

「ウェル直属の裏組織、『サマエル』っていうのがいるんだろ?
 俺はスパイと暗殺が得意だから役立てると思う。少しでもウェルの力になりたいんだ」

「っ!? 何故……フリードが何故サマエルの存在を知っているんだ!?
 秘匿された組織故、知っている者は皇家に仕える一部のみだというのに」

 頭が花畑だったウェルディスも、フリードの発言から顔が強ばった。
 極秘情報である事はもちろんフリードも知っている。スパイ活動で知り得た情報をどこまで話していいものかと悩み、少しずつ明かす事にしたのだ。

「軍部に裏切り者がいるんだ」

「ルブロスティン公爵……か?」

「ウェルも知っていたか」

「ルブロスティン公爵は叔父の息子。言わば僕のいとこなんだが、父上と叔父は仲が悪かった事もあって、同じく仲は良くない。
 叔父が亡くなって爵位を継いだ今、彼は貴族派の筆頭だが」

 その情報は当たり前に知っているので、フリードは頷いた。

「俺がハーランツ男爵の養子になって、帝国軍第一隊に配属された時に隊長だったのがダーズリン伯爵だったんだ。公爵の右腕なのは知ってるよな?
 その時に伯爵からサマエルの存在を聞いた」

「ダーズリン伯爵か……」

 ウェルディスは眉間の皺を寄せた。深く考えているようだが、フリードは話を進める。

「最初に言った通り、俺が出来るのはスパイと暗殺だ。ウェルの為なら、どんな危険な任務でもこなしてみせるよ。
 ウェルから紹介してくれないか?」

「気持ちは嬉しいが、僕はフリードに危険な事をして欲しくない」

 ウェルディスに抱き締められた。こうされるだけでフリードも自分達以外の全てがどうでもよくなる。
 両手を背に回し、目を瞑った。

「お願いウェル。少し距離を置きたいんだ。
 来月には結婚するんだろう? 今は皇后になられる方に集中してくれ。
 それには俺は邪魔だ」

「……認めたくないが、仕方ない。サマエルの頭首、メンバーからはボスと呼ばれているハーラートという男に伝えておく。
 いつから行くつもりだ?」

「明日?」

「いや、五日待って欲しい。サマエルのボスはなんというか、少しばかり気難しい人間でな。
 紹介しても認めてもらえるとも限らない。先に僕から話をつけるから」

「分かった」

 離したくない、とウェルディスがぎゅーっと強く抱き締める。

「ウェル……」

「君は祖国を捨て、僕に忠誠を誓ってくれた」

「うん」

「でも僕からは無理に祖国の情報は聞き出さないのは、君が大事だからだよ。君が言いたくなった時に話してくれればいい。
 こんなに大事にしているのに、君は自ら危険に飛び込むというのかい?」

「ああ。それが俺の存在理由だから。
 俺はウェルの愛人だが、それ以前に臣下だ。アンタの為になるなら何でもする」

 死ぬ運命だった。全てを諦めて死を受け入れた。それなのにウェルディスと出会ってしまった。
 救われて、愛してしまった時から、ウェルディスは愛するパートナーというだけではなく、仕えるべき主君だ。

「そんな事をする必要はない。今まで辛かった分、今後は穏やかに、自分の幸せを追ってもいいのだぞ?」

「俺が、いつ、今まで辛かったと言った? 確かに辛かった事も多かったが、不幸ではなかった。俺は俺の意思でスパイをしていたからな。
 逆に問うぞ。ウェルはどんな手を使ってでも俺に口を割らせるべきじゃないのか?
 俺の弱点はウェルだよ。アンタは俺に命令すればいい。
 情報を吐かないならお前を捨てると。
 そう言われたら、俺は全てを話してしまうかもしれないな?」

 冗談っぽく笑うが、これが本心だ。ウェルディスにだけは全てを話せる。自身の全てを捧げる事が出来る。
 だが、ウェルディスは困ったように笑って、フリードの額にキスをした。

「いや、それはしない。無理強いして口を割らせたら、君に嫌われてしまいそうだからね」

 そう言いながらウェルディスがウインクをした。フリードの心臓は急速に鼓動が速くなる。
 顔を真っ赤にして、照れ隠しに顔を背けてしまった。

「照れたな」

「照れてない」

「絶対照れただろう? 素直に認めないなら身体に聞くしかないな」


 ベッドに押し倒される。それだけで期待している自分に気付いた。
 ただでさえウェルディスに触られただけで、落ち着かない気分になるのだ。抱き締められて理性が働いたままでいられるわけがない。

 フリードは自分から服を脱ぎ、ウェルディスを誘う。決して綺麗な身体ではない。
 古傷も多く、一年にわたって受けた拷問の跡もはっきりと残っている。治療はされたが、すぐ治るものではない。
 こんな身体に欲情してくれる事に感謝しつつ、ウェルディスに身を任せた。

 性感帯など無縁だったのに、触られただけで気持ち良くて力が抜ける。期待して勃ってしまう肉棒と、ヒクヒクしているアナルを隠すように両膝を曲げながら脚を閉じた。

「フリード、脚を閉じてどうしたのだ? そこは触られたくないと? ではここだな」

 ウェルディスの舌が、固くなっている胸の突起を舐めた。しゃぶるように、吸うように、唇と舌で刺激してくる。

「あぁ、はぁ……ぁっ、や……そこ、イイ。良過ぎる」

 ウェルディスは乳首ばかりを弄ってくる。それだけだと下がもどかしくなる。
 まだこういう事に慣れていないフリードは、どうしていいか分からずウェルディスにされるがままだ。

「フリードはエッチになると素直だな。こんな君も可愛くて仕方がない。
 よし、もっと乳首ばかりを弄ってあげよう。僕は君に優しいからね、弄られたくないところは触らないさ」

「えっ! うぅ。ごめ……ごめんなひゃい」

 感じ過ぎて喘いでいたせいで呂律が回らない。それすら恥ずかしくなって顔は真っ赤だ。

「何を謝っているんだい?」

「ここも。ここも触って欲しい」

 フリードは恥ずかしさともどかしさで、グズグズと子供のようにぐずりながら脚を開いた。

「うん? どこだろうね?」

 ウェルディスの手はフリードの内腿を撫でた。ほんの一ヶ月程前は触られたからといってなんともなかった場所だが、今ではそれだけで感じて顔がだれしなく蕩ける。

「そこ、やめぇ。ここっ。この……えっと、ここ!」

 そこの名称を言うのは恥ずかしくて躊躇われたので、行動に移した。
 内腿を触り続けるウェルディスの手を握って自身の肉棒を触らせた。

「ああ、もうフリード……」

 胸にパタパタと何かが落ちた。生暖かいそれは何かの液体のように感じられた。

(泣いてる?)

 少し興奮が冷めて、ウェルの顔を見て意識がはっきりと戻った。

「ウェル!? 鼻血! 鼻血出てる!」

 フリードは簡単に服を着直し、侍従を呼びに行った。その後は医者を呼んでの大騒ぎとなった。


 その翌日。ウェルディスが離宮の庭に様々な種類の花を植えるよう命じ、専属の庭師も配属された。
 そして「ブロッサム宮」と離宮の名前すら変えてしまったのだった。
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