紡ぐ、ひとすじ

伊東 丘多

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はじける

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 このあたりで一番標高が高い場所で、天気が良ければ、東京のビル群がここから見えるらしい。
 
 山々に囲まれたこの土地は、ほどよく都会と田舎がまじりあった住みやすい所だ。
 朝は鳥の鳴き声で起きるし、夜はナイトライトをつけなくても窓を開ければ、星が煌めている。

 でも、大人になると都会に引っ越す人も多くて、この地域の子供の数は少ない。
 小学校の6年間、1クラスしかないから、クラスのみんなとは家族のようで、和気あいあいとしている。
 どうでも良いことでケンカをして、くだらない話をしてはふざけ合っている。

 だから、他のみんなとも仲良くしているけど。

 柚流と尚澄の関係性は、違う。
 気がついたらいつでも一緒にいて、まわりも自分たちもそれが普通になってしまった。
 離れているのが、不思議なくらいに。

「ね、るぅ。今日の帰り、たけのこ公園で遊ぼうよ」

 尚澄が窓際の後ろの席から、三角定規の30度の所で、背中を突いてくる。

「なに、もう。つつかないで」

 軽くだけど角度があるので、想像よりは威力は絶大だ。

「だって、全然、後ろ向いてくれないから」
「首が疲れるの。あと、ノートの整理とかしてるから」

 柚流は、ノートをトントンと机の上で揃えると、ランドセルに教科書をつめこみ、勢いよく遠心力を使って背負う。
 横にかけていた体操服入れも一緒に激しく回転するが、周りに人がいないのは確認済みだ。
 その様子を見ていた尚澄も、自分のランドセルをすばやく背負って、柚流の前へまわりこみ、机の前に立つ。

「帰る準備、出来た? るぅ、行こう?」

 尚澄は、待ちきれないように手を差し出してくる。

「うん。行くけど。…………手は、もう、つながないよ。中学生になるんだから」
「そっか、たしかに。そうだよね」

 分かりやすく、しゅん、という顔をして、尚澄はうつむいた。
 さびしそうな顔をさせてしまったことに、少し罪悪感を覚える。
 でも、仲良く手を繋いで下校をするような年齢ではない。
 柚流は、自分の手をギュッと握りしめ、そっぽを向く。

 しかし、尚澄は気分をすぐに切り替えたようで、パッと柚流の方を見ながら後ろ足で歩く。
 転ばないのか心配だが、後ろに目でついてるみたいに、スイスイ歩いていく。

「妹がさ、レストランでお子様ランチ頼んだら、シャボン玉をおまけで貰ったんだって。いらないっていうから、帰りに公園で一緒に吹こうよ」

 そう言いながら、柚流の手を引っ張り廊下を歩き出す。

 その手を見ながら頰をふくらませるが、尚澄が何か言われる前に、キツく柚流の手を握りしめる。
 これは、やっぱり文句を言わないと。

「つながない。って、言ったのに」
「これは、手をつなぐ。じゃなくて、手を引っ張る。でしょ?」

 その言い草に、それはヘリクツじゃないか、とムッとする。
 でも、尚澄の笑顔がとても嬉しそうで、その笑顔を消したくない柚流は、言いかけた言葉を飲み込む。
 そして、ひとつため息をつき、あきらめて手をつないで一緒に帰った。

 たけのこ公園は、山の上にある。
 遮るものが何もなくて、空がよく見える。
 尚澄はシャボン玉をフーっと優しく吹いて、空に飛ばした。
 目の前にキラキラした、小さめの透明の丸がフワフワ飛んでいって、一つまた一つパチンと割れた。
 横でその姿を見ていたら、「るぅも吹く?」と、緑色のストローの口の部分を向けられたけど、そんな子供のするもの、と言って断った。

「残念」

 尚澄はそう言って、また勢いよく吹き始めた。
 何が残念なんだろうか。
 尚澄は、最近、自分よりも身長も伸びてきて声変わりも終わり、大人っぽくなったのに、たまに子供みたいな事を言う。

 1月の夜は早い。
 空の青色が少なくなって、赤色の比率が高くなると、それがシャボン玉に移って、キレイに変化する。

 その変化を柚流がぼんやり見ていると、尚澄が柚流の顔を覗き込んでいた。

「なに?」
「キレイだね。妹がやってるところを見てても、何にも思わないのにさ。るぅと一緒にシャボン玉すると、とてもすごくキレイで感動する」
「僕も」

 聞こえないくらい小さな声でボソッとつぶやく。

「ん、何か言った?」
「何でもない」

 柚流は顔が赤くなるのを感じて、黙る。
 そんな、いたたまれないような気持ちも知らないで、尚澄は聞いてきた。

「中学校、同じクラスになれるかな?」
「なれないと思うよ。中学校は学年で8クラスもあるらしいから。隣の山に10年くらい前に家がたくさん出来たんだって。そのせいだよ」
「じゃ、違うクラスになっちゃったら。中休みは無理かもだけど、昼休みは、るぅの所に遊びに行くよ」
「クラスが離れていたら、無理だよ。中学校は大きいんだから。きっと遠い」
「そっか。えっと、るぅは部活、帰宅部だよね。じゃ、俺も部活に入らないから、一緒に帰ろう? 毎日、遠くてもクラスまで迎えに行く」
「…………分かった。もし、帰る時間が一緒だったらね。」

 長いやり取りをしなくては、納得をしてもらえなかったが、その答えにひとまず、ホッとしたようだ。

 中学生になっても、同じままで、一緒にいられる訳もないのに。
 そう思って、自分は我慢をしようとしているのに、尚澄はお構いなしらしい。

 目の前が小さく光ったものが、速いスピードで通り過ぎた。
 隣で尚澄が、シャボン玉を力強く吹いたようだ。
 さっきより、吹くいきおいが強いから、どんどん速いスピードで空に上っていく。
 一等星が出てきていて、星と重なってとてもキレイだ。
 その星を見ながら、ちゃんと気持ちを伝える。

「すみくんは格好いいし、勉強も運動も出来るし。みんな、友達になりたいと思ってる。もう、僕だけが一緒には、いられないよ」

 自分に対して、言うように、ポツンとつぶやく。

 空に上がったシャボン玉は、風が強いのかパチンパチンとあっという間に割れていって、がっかりする。
 もっともっと、上までいければ良いのに。

 尚澄は、黙っている。
 返事がこないから、柚流は続けて言葉を続けた。

「こんなさ、僕ばかり優先してたら、友達がいなくなっちゃうよ。さっきだって、歩いてた女の子たちが、すみくんの事をじっと見て、かっこいいって言ってた。」

 尚澄は、ふーん、と興味なさげに返事をする。
 そして、少し悲しそうな顔で大きな一つのシャボン玉を作った。

「俺は、るぅだけが一人いれば、いい」

 その大きなシャボン玉がはじけるのを見て、理由が分からないけど、涙が出た。

 柚流は、早く涙を止めたくて、まばたきをパチパチする。
 暗くて見られてはいないだろうけど、こんな顔を尚澄に見せたくない。

「暗くなってきたよ。帰ろっか」

 何も言えなくて、暗くなったことを理由に返事をごまかした。

 だって、尚澄と同じ言葉で返事をしては駄目だと思ったから。


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