上 下
13 / 17

降り立つ

しおりを挟む
ペイザージュは寒冷地の乾燥気候で、小麦がよく育つ。

船から降り立つと暑かった港町よりは涼しい風が吹き、髪を揺らす。
3時間ほどしか船に乗っていないというのに、先程の港町とは全く違う景色に驚いた。
かなり遠くに小麦畑があるようで、キラキラとした金色が光っている。

「レイリエル様。もしかして……。」
「あぁ、この道の先にあるのが、小麦畑だ。」
「素敵!私のいつも食べているパンも、ここの小麦から出来ているのね。」

このあたりは小麦を育てるための土壌や気温が適している。
小麦自体も生命力が強い植物のため、聖女の元へ聖なる力を求めに来る事は無かった。

そのため、マーレットは取り立てて勉強することもなく詳しくない土地だ。
だが、こういう所こそ何か知っておかねばならない事があるはず。
でも、その前に………、

「ふむ、先に小麦畑の視察に行ってもよいが、……食堂に行きたいか?」
「ええ。食堂に行きます!」

この選択肢には迷わない。

きっと、このまま畑に行っても、焼き立てのパンのことばかりを考えてしまって集中できないだろう。
それなら、今、美味しくパンを頂いておきたい。

「……何か、お前。」
「え?」
「華奢で花の蜜でも吸って生きてそうなのに、大食いらいなんだな。」

そんなこと!
……そんなこと、あるのかもしれないわ。

「私、塔に来る前。食堂で母が働いてたのよ。」
「母君が……?」
「そう。母の作る料理が美味しくて、何度もつまみ食いをしたの。」
「それで、怒られたか?」
「怒られなかった。それよりも、味を覚えて将来の旦那様にあなたも作るのよ、って言われたわ。」

目の前に旦那様になる人がいるのに、こんな説明をするのは恥ずかしい。
でも、知ってほしいと思って話を続ける。
小さかった頃は、自分のためだけに料理を作って食べたいと思っていたけど、今なら母の言うことが分かる。
自分の愛情を、料理の形にして食べて欲しい。

「……そうか。」
「それにね。塔に来た後も大掛かりな料理は出来なかったけれど、食用花を入れたお菓子を作ったりしてたのよ?」
「………知ってる。美味しかった。」

………え?

「私のお菓子、召し上がったの?」
「ああ。侍女のシーラが、俺の手紙の内容に不満そうにしながらもお菓子を置いていったからな。」
「いやだ。それなら、もっと美味しく作ったのに。」

なんで、何もシーラは言ってくれなかったのかしら。
軽く頬を膨らまして疑問に思った直後に、レイリエルは言いづらそうに話す。

「本当は、聖女と手紙のやり取り以外してはいけないという、しきたりがある。だから、黙っていたのだろう。」
「そうね。確かに、結婚を出来る年齢まで男性との接触に関してだけは、特に厳しかったわ。他の男性はともかく、私は早くレイリエル様に会いたかったのに。」
「……すまない。」
「ふふっ。もう、今は幸せよ。……でも、それなら、どうして私の作ったお菓子だって分かったの?名前もなかったのに。」

すると、レイリエルはマーレットの両手にふれて、手のひらを上に向ける。
何も力を使っていないので、今は何も光の粒は見えない。

でも、レイリエルは愛おしいように手のひらを見て答えた。

「お菓子に一緒に入っていた花に、微量の聖なる力を感じていた。だから誰にも言わずに全て食べた。」

………あれが、分かったの?
食べたとしても、きっと誰も気づかないくらいの加護だったのに。

「そうなのね。昔のレイリエル様に元気を与えることが出来て、嬉しいわ。手紙では、少しだけよそよそしかったから、不安だったの。」

知らずとは言え、手紙のやり取りはだけではなかった事に安心する。

「……あ、ああ。………それのことだが、」
「どうしたの?」
「…………実は、」

その時、乗ってきた船が戻るために汽笛を鳴らす。

「……?ごめんなさい。聞こえなかったわ。」
「いや、いい。食堂で話そう。」

急ぎではないみたいね。

何件か並ぶ食堂は、どの店もパンを手作りしているらしく煙突から小麦の良いにおいがしてくる。

「ええ!では、ここから一番近い所にしましょう。」

少しでもお腹が空いて美味しく食べれるように。
そう思って、はしたないけれど走って食堂に向かった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「これは私ですが、そちらは私ではありません」

イチイ アキラ
恋愛
試験結果が貼り出された朝。 その掲示を見に来ていたマリアは、王子のハロルドに指をつきつけられ、告げられた。 「婚約破棄だ!」 と。 その理由は、マリアが試験に不正をしているからだという。 マリアの返事は…。 前世がある意味とんでもないひとりの女性のお話。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

かつて最強と呼ばれた男は前世の知識と共にTSお嬢様を満喫するようで

赤木林檎
ファンタジー
かつて最強と呼ばれた男グランは神の好意で記憶を保持したまま自由に転生することを許された。 ならば、お嬢様になってやろう。お嬢様になって、守ってもらう存在になるんだ。 こうして男は転生し名家の女、ステラとなった。 「まあでも魔法は使いたいですわね」 そんなステラお嬢様だが、お嬢様に生まれてからは、勇者時代の能力を思い出すべく、魔法を放ち、 「最低限の体力は必要ですわね」 体を鍛え…… 「あ、これ新作出ていたのね」 ……子どもが読めないような本を読んでいた! 子どもとは思えない超人的な言動の数々を周りの皆が黙認するはずもなく…… かつて最強の男がお嬢様になって、前世の知識も使ってはちゃめちゃするお話です。 現在は不定期更新です。 ブックマーク、感想があると励みになります。 なろうにも同様のものを掲載しております。本人です。

婚約破棄されましたが、辺境の地で幸せになれそうです。魔石爆弾(グレネード)が幸せを呼ぶ⁉︎

深月カナメ
恋愛
  ここは小説の世界。 学園の卒業後、ヒロインの姉で脇役の私は、婚約者の第一王子に婚約破棄された。 次に私に待っていたのは辺境伯との結婚⁉︎ 待って、辺境伯って、両親を亡くし後を継いだ、妹を好きな1人じゃない。 そんな彼と結婚したら白い結婚……それもいいじゃない、好きにさせてもらうわと思っていたのだけど。 あれれ、違うの⁉︎

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

処理中です...