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世界地図

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「その世界地図を、1枚くださいな。」

様々な露天商が並ぶ路地。
書物や巻物を並べてある店を選び、地図を指差す。

「あいよっ!お目が高いね。これは、値打ちもんだよ。」
「本当?うれしい。」

物の値段の価値には疎いが、旅に出る前に延々とシーラに騙されないように教え込まれた。
きっと、これを選んだ事は間違いないはず。
……と、思うわ。

「絶対にお財布は肌身離さないでくださいね。」

脳内にシーラの念を押す声が聞こえてくる。
わかってるわよ、と心のなかでつぶやき、首から子どものように吊り下げたお財布をさわる。
そして、慣れない指先でコインを取りだした。
大丈夫よね、と店主の顔を見る。
うん、優しそうな男性だわ。

聖女がこの港町に来ていることは、まだこのあたりには噂がまわっていないらしい。
言えば安くしてくれるかもしれないが、良くないことだろう。
にっこり笑って、お金を渡す。

この地図は、聖女の塔にあるものとは全く違う。
もっと、実用的のもの。
あえて省かれた治安が悪い場所も網羅されている。

こういう所こそ、訪れるべきよ。
きっと、聖女として学ぶ事が多いと思うのよね。

ふふっと、一人で買い物を出来た事が嬉しくて笑う。
買物が終わると、軽やかなステップを踏んで商人と話し込んでいるレイリエルの元へ行く。

「レイリエル様っ!」
「………っ、マーレット!!」
ツン、と背中をつつこうとしたら、ビクッと振り向かれた。

「やだ。ごめんなさい。驚かしたかしら?」
「い、いや。何でもない。……なにを買ったんだ?」

マーレットの背中に隠していた紙を見つけたらしい。

「世界地図よ。全部の国は行けないと思うけれど、一周はしたいの。」
「付き合おう。1年もあれば、まわれるんじゃないか?」
「そうね、ありがとう。レイリエル様も行きたい所があったら、おっしゃって下さいね。」
「……俺は、マーレットがいれば良いけどな。」

……そう、ぶっきらぼうに言われると、何て答えたら良いのか分からない。
嬉しいって言えば良いのかしら。

口を開けたり閉じたりして、言葉を探す。
その時、目を泳がし、ふと横を見るとさっきまでいた商人がいない。

「……そういえば、誰かと何か話をしていたのではないの?」

あたりを探しても、さっきの人はもう帰ってしまったようだ。

すると、小声で返事が来た。

「……仕事の報告だ。あと、俺の洋服や必要なものを持ってきてもらった。……マーレットのもある。」
そう言って、レイリエルは手で持っていた袋を差し出す。

「あら、私も騎士にお礼を言いたかったわ。2人だけの旅といっても助けてもらわなければ、私達は何も出来ないものね。」
「あぁ。そうだな。」

不本意だが、その通りらしく、レイリエルがうなずく。

マーレットは特にしなくてはならない仕事はないが、皇帝は違う。

1年も国を離れることは出来ない。
その為、先王の手を借りたり様々な手筈が必要らしいのだ。

シーラが用意してくれたであろう荷物を受け取る。
きっと、今、来ている服もさっきいた騎士が取りに来てくれるのだろう。

「……何だか、恥ずかしいわ。一人で全てやっている気になって。」
「気にすることはない。俺も、そう思って悩んだ時期はあるが、あきらめた。その分、誰にも出来ない事をしようと努力することに決めたんだ。」
「……そうよね。私にしか、出来ない事があるはずだもの。」

ため息を付いて、手のひらを見るとキラキラと光り輝く粒が跳ねた。
それを、逃がさないようにギュッと握る。

「……買い物は終わったのだろう?それなら宿へ行こう。2部屋、取ってもらってある。」
「終わったわ。少し足が疲れていたの。そろそろ、休みたいと思っていたわ。」

ずっと、船を降りてから立ちっぱなしだ。
運動不足な体には、少し足が痛い。

「それなら、疲れが取れるように、一番、良い部屋を聖女様に譲ろう。」
「嬉しいわ。では、あとでこの村で一番、美味しいと評判のお菓子を持っていくわね。」
「では、さらに、美味しいお茶を用意しておこう。」
「……もう、負けず嫌い!!」

こんな他愛もない会話も、合宿みたいで楽しい。

明日は、お世話になったパウルさんに挨拶して船に乗ろう。
たしか、船着き場で仕事をしていると言っていたから、きっと会えるわ。

少しだけ大胆に、レイリエルの人差し指を握りしめ、大きく腕を振って路地を歩くことにした




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