アズ同盟

未瑠

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 お隣りに引っ越してきた水瀬家には、可愛い双子ちゃんがいた。
 いつもお揃いの服を着ているから、どっちも女の子だと思っていた。
 自分が自宅から少し離れた幼稚園へ車で登園していることもあり、そこまで隣の双子と接する機会はなかったし、 遠目に見た程度で単に可愛らしい子達だな、と思っていただけだった。

 ところが、お隣のナニーが体調を崩し、急な代わりの人の手配が難しいということでしばらく幼稚園後にウチで預かることになった。俺が知らないだけで親同士はかなり親密となっていたようだった。

「奨はお兄ちゃんなんだから、色々面倒見てあげてね」

 母はウキウキと楽しそうだった。

 一人っ子の自分には兄弟というものの存在がどんなものかよくわからなかったが、双子はいつも大人しくしていて、自分にはどちらがどちらかも区別が付かなかった。双子はだいたい二人で遊んでいたし、自分は自分で幼児教室の宿題や習い事が忙しく、やっぱり特に接点はなかった。

 ある日、いつも一緒にいるはずの双子が一人だった。

「どうしたの?」

 ぐずぐずと泣いている双子の片割れに話しかけた。
 自分から話しかけたことなんて初めてだったかもしれない。そのくらい双子自体にさほど興味がなかった。

「ユズちゃんはお風邪なの。だから今日は一緒にいられないって……」

 うるうると瞳を潤ませて、双子の片割れは口を開いた。聞いたことのないほど可愛いらしい声だった。

「ユズちゃん? ……ってことは君はアズちゃん?」
「うん」

 考えてみれば、いつも何か話していたのは片方だけだったような気がする。
 初めて聞く声を耳にしながら、やっぱり初めてちゃんと顔を見た。

 大きな瞳は少しタレ目気味で、世の中のきれいなものした映したことのないように透き通っていた。白目すら青みがかって見えるほど透明感があった。幼児特有のぷにぷにほっぺは今は涙で濡れ、少し赤くなっている。ピンク色の唇はさくらんぼのようで食べてみたいと思った。


??


なんだか変なことを考えたような気がしたが、急に

「ユズちゃん、お熱があるんだって。真っ赤な顔で、苦しいって言ってた。ユズちゃん死んじゃったらどうしよう。ふ、ふぇーん」

 アズはポロポロを大きな瞳から涙をこぼしながら泣き出してしまった。自分より幼い子が泣き出したことに動揺して、とにかく泣き止ませないと、と思った。

「だ、大丈夫だよ。人間そんなすぐに死なないよ」
「ほんと?」
「本当だよ」
「なんで分かるの?」
「だって僕んちはお医者さんだよ。だから分かるよ」
「お医者さん? お兄ちゃんもお医者さんなの?」
「今は違うけど、そのつもり」
「ならユズちゃんのこと治せる?」
「うん」
「ほんと?」
「うん」

 まだ小さな鼻をグズグズさせていたが、大きな瞳からは涙は止まった。

 ほっとしたものの、今度は泣きつかれたのか、頭がグラグラしてきたので、母を呼んだ。

 母は、

「あらあらおネムになっちゃった? こっちでねんねしましょうね」

 とアズを抱き上げ、違う部屋へ連れて行ってしまった。


 僕が抱っこしたかったな。


??


 今日は何だか良くわからない考えが浮かぶなと思ったものの、次の習い事の時間となったのでそのまま外出した。
  帰ってきたらもうアズは帰った後だった。

 次の日、習い事が終わり玄関に入るといきなりなにかに飛びつかれた。
 ビックリしたが、転ばないように必死で踏ん張った。

「お兄ちゃん! ユズちゃんお熱下がったよ! お兄ちゃんの言った通りだった! お医者さんすごいね! お兄ちゃん凄いね!!」

 飛びついてきたアズはキラキラの満開の笑顔を向けてきた。

「!! よ、良かったね」
「うん! お医者さんのお兄ちゃんすご~い! ありがと、大好き!」

 その日、僕は必ず医者になろうと決意した。




 それから、双子がくる時は習い事を休んだ。いや、休むことは許されなかったから違う日に振替えた。振り替えた日にも別の習い事があったからものすごく忙しくなったけど、それでも双子といる方を選んだ。

 ユズが女の子でアズが男の子だったこと知ったけど、もうそんなことは些細なことになっていた。ユズも見た目は可愛らしい子だったけど、アズに近寄ろうとする全てに警戒信号を発していて全然可愛くなかった。似ているようで似ていないユズとアズ。それもそうだ双子だといっても二卵性だ。一緒にいればいるほど、ユズとアズの違いが明確となり、アズの純真さに癒やされ、可愛さに惹きつけられた。

「奨くんはいつも頑張っててエライよね。僕も奨くんみたいになりたいな」

 奨ならできて当たり前、
 奨くんはさすが、
 奨くんだもんね……。

 周りは完璧を俺に求め、俺も応えないとと必死になっていた。
 それはアズのために自分に課したことでもあったのだが、まだ体力が十分でない小学生の頃は流石に疲れてしまうことも多かった。そんな時、アズはいつの間にか側にきて、ただ一緒に居てくれた。そして、嫌味でもなんでもなくただそう言って大きな瞳で見つめてくるのだった。

 もうその頃には自分の中の気持ちを自覚していた。

 アズの隣に居続けるためにはどうしたらいいのか、何をしたらいいのか考え抜いた。ユズは俺の執着に既に何となく気づいていて、更に警戒信号を強めていたが、双子の前ではそういう素振りは見せないように振る舞った。そしてあの出来事以降、ユズも俺への警戒心を緩めた。

 俺はお受験させられた学校に行っていたが、双子は双子の両親の意向で近くの公立の小学校に通い始めていた。何でも「色々な子と接して、逞しく育ってほしい」ということらしいが、てっきり同じ学校にくるものとばかり思っていた俺にはショックだった。
 ただ、中学受験はさせるようだったので、自分の学校がいかに素晴らしいかいつも言い聞かせ、行事があれば親族枠でいつも誘った。そのかいがあり、アズは俺と同じ中学校を受験し、見事合格した。いや、当然か、俺がつきっきりで勉強を教えたし。アズは素直で頭は良かった。
 しかも嬉しい誤算だったのは、ユズが俺たちとは別の学校に進学したことだ。本人はアズと俺がいる学校を志望していたが、親の意向で結局女子校のトップ校へ進学となったのだ。

 エスカレーター式で特に問題がなければ付属大学まで進学できるため、これでもうずっと一緒だと思っていたのに、まさか高校入学後すぐに留学させられるとは……。
 いや、確かに留学した方が知識も増えるしグローバルな人脈も出来るのでもちろん悪い話しじゃない。それに、俺が本当の意味で研究したい分野はやはり海外の方が進んでいる。でもアズの側を離れることだけが心配だった。

 今までは俺が全部排除してきたのに……。

 そこでユズを焚き付け、アズの周りに悪い虫がわかないように監視させることを思いついたのだ。

 それがアズ同盟の始まりだった。

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