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クマ的に譲れない戦いがそこにあった。

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「ヴォルフさん! ケガしてるじゃないですか!?」

「ああ、そう言えば……」

 セリナ嬢は銀狼ヴォルフの右頬から流れる血を見て顔色を青くした。一方、狼獣人の方は自身の手で右頬の血を拭いながら平然としている。

 冒険者家業をやっていれば、この程度の傷は珍しくもないが街でケーキを売って生活しているセリナ嬢にとっては一大事のようで血相を変えた。

「ベルントさんも、ヴォルフさんも危ないですから、とにかく剣を納めて下さい!」

 間に入ったセリナ嬢の言葉を聞いた俺と銀狼ヴォルフは互いに顔を見合わせた後、双方ともすでに戦意を喪失しているのが分かり、同時に剣を鞘におさめた。

「じゃあ、ヴォルフさんのケガを治療しますからウチに入って下さい。ベルントさんも」

「ああ……」

 右頬から血を流している銀狼ヴォルフはともかく、俺の方は治療して貰うほどの手傷は負っていないのだが、なんとなく逆らいがたい雰囲気だったのでセリナ嬢に促されるまま、パティスリー・セリナの奥にあるダイニングルームに入った。

「ヴォルフさんのケガ。結構、汚れてますね……。治療の前に洗い流した方が良さそう……。生理食塩水を用意しますから、ちょっと待ってて下さい。二人とも、もうケンカしちゃ駄目ですよ!?」

「分かった」

 生理食塩水という聞き慣れない単語を耳にして僅かに首を傾げたが、再び戦う気が無いことは確かだったので、とりあえず無言で頷いておいた。

 現状、目下の関心事は蜂蜜ケーキである。銀狼ヴォルフが蜂蜜ケーキのために戦っていたのでは無いなら、あの蜂蜜ケーキは俺の物であるはず。

 セリナ嬢による治療が終わり次第、さっさと購入して帰ってからじっくりと賞味せねば…………。腕を組みながら、そんなことを考えていたら銀狼ヴォルフの碧眼が俺をじっと見据えていた。

「ベルント……」

「なんだ?」

「おまえは……。蜂蜜ケーキの為に戦っていたのか?」

「それ以外に理由があるのか?」

 率直に答えると銀狼ヴォルフはあんぐりと口を開け目を丸くした後、深く息を吐きながらガックリとうなだれた。しかし、すぐに顔を上げ再び俺を見据える。

「おまえがセリナと恋人同士だという噂を聞いたんだが……。事実か?」

 ああ、いつの間にか周囲の者達が勝手に噂して広まっていた話しをコイツも耳にしていたのか……。それについては、そう誤解してもらった方が、ケーキ屋に入りやすいので噂を否定したことはなかったが、さすがにパティスリー・セリナの店舗内で、すぐにセリナ本人もやって来るという状況で無言を貫き通すことは出来ない。
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