上 下
228 / 450
セリナの近況

228

しおりを挟む
「ええ、もちろんよ。依頼って、やっぱりケーキを持ってくれば良いの?」

「ううん。ケーキだと大変そうだから、焼き菓子をお願いしたいの?」

「焼き菓子で良いの? 私はケーキでも構わないけど……」

「うーん。でもケーキは数が多いと保冷とか大変でしょう?」

「数っていくつ?」

「えっと……」

 ローザが小首をかしげた時、軽いノックの音が室内に響き、木扉が開かれた。姿を見せたのは、何やら編みカゴを持った黒髪の女官長ミランダさんだった。

「依頼の件、話は済みましたか? ローザ」

「今、ちょうど、その話をしていた所なんです。ミランダ様、後宮にいる側女の人数って何人だったでしょうか?」

「そうですね……。側女だけなら、ざっと三百人ほどですね」

「セリナ、最低でも三百人分のケーキって大変じゃない?」

 事も無げに言ってくれたが、思いのほか大きい数字が飛び出して驚く。てっきり、ローザ個人の注文かと思っていただけに想定よりケタが違い過ぎて愕然とする。

「えっ、最低でもって……。最高だと、どうなるの?」

「ミランダ様。後宮全体の人数だと、何人でしょうか?」

「後宮全体だと千人ほどですね」

「セリナ、最高で千人ですって」

「え……。ど、どういうことなの?」

 三百人分でも戸惑っていたのに、一気に三倍以上の数字に膨れ上がって意味が分からない。どうしてそんなにもお菓子を用意しなければいけないのか説明して欲しいと困惑しながら問いかければ、ローザ少し困った顔をして柔らかく微笑んだ。

「うん、実はね……。後宮にいる寵妃は記念日とか祝日に、側女や召使いに対してちょっとした物を贈る慣習があるんですって」

「それで、私の作ったお菓子を、そのちょっとした贈り物に?」

「ええ、そうなの。後宮で私は新参者だから、挨拶代わりにちょっとしたお菓子を贈ったら良いってミランダ様が……。セリナ、お願いできるかしら?」

 要するにローザが後宮に引っ越してきたご挨拶を先に住んでいる方達にする。日本でいう所の『引越そば』とか『引越した時のご挨拶で、近所に粗品を配る』みたいな感覚なのだろう。 

 しかし、数百個から千個のケーキとなると、何より保冷での管理が難しい。万が一、後宮で食中毒でも出たらシャレにならない。

「も、もちろん。依頼されたからには作るけど……。でも、それだけ人数が多いなら、やっぱりケーキより焼き菓子にしてもらった方が……」

「うん、そうよね。じゃあクッキーをお願いできるかしら? セリナのクッキーとっても綺麗だったから、みんなに贈ったら喜ばれると思うの」

「アイシングクッキーね……。それは構わないけど、ローザが注文するの?」

「ええ。そういう事になるわ」

「だ、大丈夫なの? 数が多いから、結構な金額になると思うけど……」

 心配しながらローザに問いかけると、傍らにいる黒髪の女官長が平然と笑った。

「その点は心配しなくても良いですよ。今回は、後宮の寵妃に必要な経費として落としておきます」

「あ……。そうなんですか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました

ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。 それは王家から婚約の打診があったときから 始まった。 体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。 2人は私の異変に気付くこともない。 こんなこと誰にも言えない。 彼の支配から逃れなくてはならないのに 侯爵家のキングは私を放さない。 * 作り話です

幼馴染から離れたい。

じゅーん
BL
アルファの朔に俺はとってただの幼馴染であって、それ以上もそれ以下でもない。 だけどベータの俺にとって朔は幼馴染で、それ以上に大切な存在だと、そう気づいてしまったんだ。 βの谷口優希がある日Ωになってしまった。幼馴染でいられないとそう思った優希は幼馴染のα、伊賀崎朔から離れようとする。 誤字脱字あるかも。 最後らへんグダグダ。下手だ。 ちんぷんかんぷんかも。 パッと思いつき設定でさっと書いたから・・・ すいません。

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

魔力ゼロの出来損ない貴族、四大精霊王に溺愛される

日之影ソラ
ファンタジー
魔法使いの名門マスタローグ家の次男として生をうけたアスク。兄のように優れた才能を期待されたアスクには何もなかった。魔法使いとしての才能はおろか、誰もが持って生まれる魔力すらない。加えて感情も欠落していた彼は、両親から拒絶され別宅で一人暮らす。 そんなある日、アスクは一冊の不思議な本を見つけた。本に誘われた世界で四大精霊王と邂逅し、自らの才能と可能性を知る。そして精霊王の契約者となったアスクは感情も取り戻し、これまで自分を馬鹿にしてきた周囲を見返していく。 HOTランキング&ファンタジーランキング1位達成!!

もふもふ相棒と異世界で新生活!! 神の愛し子? そんなことは知りません!!

ありぽん
ファンタジー
[第3回次世代ファンタジーカップエントリー] 特別賞受賞 書籍化決定!! 応援くださった皆様、ありがとうございます!! 望月奏(中学1年生)は、ある日車に撥ねられそうになっていた子犬を庇い、命を落としてしまう。 そして気づけば奏の前には白く輝く玉がふわふわと浮いていて。光り輝く玉は何と神様。 神様によれば、今回奏が死んだのは、神様のせいだったらしく。 そこで奏は神様のお詫びとして、新しい世界で生きることに。 これは自分では規格外ではないと思っている奏が、規格外の力でもふもふ相棒と、 たくさんのもふもふ達と楽しく幸せに暮らす物語。

妹と婚約者が結婚したけど、縁を切ったから知りません

編端みどり
恋愛
妹は何でもわたくしの物を欲しがりますわ。両親、使用人、ドレス、アクセサリー、部屋、食事まで。 最後に取ったのは婚約者でした。 ありがとう妹。初めて貴方に取られてうれしいと思ったわ。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

処理中です...