上 下
155 / 450
黒熊のベルント

155

しおりを挟む
 もう、あの店に行けない! 内心、おおいに落ち込んでいるが、そんな俺の胸中を知らない冒険者たちはビールをあおりながら話をつづける。


「それがな……。パティスリーの店長で『セリナ』って名前の女と、やたら親しそうに道を歩いて、そのままパティスリーに入ったんだよ。店は休みだったのに!」

「えっ。それって……」

「ああ。それを見て、俺はピーンと来たよ……。パティスリー・セリナの店長は、黒熊ベルントの女なんだろうな!」


 神よ!

 俺はひそかに片手をグッと握り、神に感謝の祈りを捧げつつ、名も知らぬ冒険者のカン違いに心から感謝した。甘い物目当てでなく、パティスリーの店長と恋仲!

 もしくは知り合いであるという形なら、俺が女子供に人気の店に入ったしたとしても、それほど違和感はないだろう。

 実際、すでに彼女と『知り合い』というのは間違いないし、社交辞令もあるだろうが『また来てください』と言われている。再度、入店してもおかしくはないはずだ。俺は内心、ニヤつきながら夕食の肉料理をたいらげた。


 そういう経緯があった物の、やはり胸をはって女性客で賑わうパティスリーに入るのは恥ずかしい。数日後、店の周囲をウロウロしていたところ偶然、店頭に出てきたセリナ嬢に見つかった。


「ベルントさん!」

「セリナ嬢……」

「来て下さったんですね!」

「ああ。近くまで来たのでな」


 ずっと、このパティスリー・セリナの周囲をウロウロしていたのだが、彼女にそれを言う必要はないだろう。いかにも偶然、この近くを歩いていたんだという顔で話す。自分の表情筋がほぼ働かない『鉄面皮』とか『無表情』と呼ばれていることを、この時ほど感謝したことはない。


「先日、試作品のパウンドケーキを食べて頂いた時に、聞かせて頂いた感想を元に作った新商品ができたんですよ! ぜひ、味をみていってください!」

「そ、そうか……。では、おじゃましよう」


 店に入ると、宝石のような色とりどりのケーキがショーケースに入っていた。そして、ショーケースの上に置かれているガラス容器に新商品としてハチミツのケーキが鎮座している。どうやら俺の感想を元に作られたらしい、レーズンとクルミが入ったキツネ色のケーキだ。

「ベルントさん。どうぞ、こちらへ」

「ああ」

 以前と同じように試食の為、奥のダイニングルームに通される。ガラスのショーケースの後ろにいた従業員であろう、メイド服を着た猫耳の少女二人が興味津々といった表情でこちらを見ている。

 猫耳メイドの視線が突き刺さるのが、ひしひしと感じられたが、何しろ店長であるセリナ嬢にうながされている訳で、なんら遠慮する必要は無いだろう。俺は堂々と奥へと入っていった。
しおりを挟む
感想 445

あなたにおすすめの小説

婚約破棄は誰が為の

瀬織董李
ファンタジー
学園の卒業パーティーで起こった婚約破棄。 宣言した王太子は気付いていなかった。 この婚約破棄を誰よりも望んでいたのが、目の前の令嬢であることを…… 10話程度の予定。1話約千文字です 10/9日HOTランキング5位 10/10HOTランキング1位になりました! ありがとうございます!!

長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ
ファンタジー
とある片田舎で貧困の末に殺された3きょうだい。 その3人が目覚めた先は日本語が通じてしまうのに魔物はいるわ魔法はあるわのファンタジー世界……そこで出会った首が取れるおねーさん事、アンドロイドのエキドナ・アルカーノと共に大陸で一番大きい鍛冶国家ウェイランドへ向かう。 魔物が生息する世界で生き抜こうと弥生は真司と文香を護るためギルドへと就職、エキドナもまた家族を探すという目的のために弥生と生活を共にしていた。 首尾よく仕事と家、仲間を得た弥生は別世界での生活に慣れていく、そんな中ウェイランド王城での見学イベントで不思議な男性に狙われてしまう。 訳も分からぬまま再び死ぬかと思われた時、新たな来訪者『神楽洞爺』に命を救われた。 そしてひょんなことからこの世界に実の両親が生存していることを知り、弥生は妹と弟を守りつつ、生活向上に全力で遊んでみたり、合流するために路銀稼ぎや体力づくり、なし崩し的に侵略者の撃退に奮闘する。 座敷童や女郎蜘蛛、古代の優しき竜。 全ての家族と仲間が集まる時、物語の始まりである弥生が選んだ道がこの世界の始まりでもあった。 ほのぼののんびり、時たまハードな弥生の家族探しの物語

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】陛下、花園のために私と離縁なさるのですね?

ファンタジー
ルスダン王国の王、ギルバートは今日も執務を妻である王妃に押し付け後宮へと足繁く通う。ご自慢の後宮には3人の側室がいてギルバートは美しくて愛らしい彼女たちにのめり込んでいった。 世継ぎとなる子供たちも生まれ、あとは彼女たちと後宮でのんびり過ごそう。だがある日うるさい妻は後宮を取り壊すと言い出した。ならばいっそ、お前がいなくなれば……。 ざまぁ必須、微ファンタジーです。

元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす

こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!

私、実は若返り王妃ですの。シミュレーション能力で第二の人生を切り開いておりますので、邪魔はしないでくださいませ

もぐすけ
ファンタジー
 シーファは王妃だが、王が新しい妃に夢中になり始めてからは、王宮内でぞんざいに扱われるようになり、遂には廃屋で暮らすよう言い渡される。  あまりの扱いにシーファは侍女のテレサと王宮を抜け出すことを決意するが、王の寵愛をかさに横暴を極めるユリカ姫は、シーファを見張っており、逃亡の準備をしていたテレサを手討ちにしてしまう。  テレサを娘のように思っていたシーファは絶望するが、テレサは天に召される前に、シーファに二つのギフトを手渡した。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

処理中です...