4 / 5
なんだあの令嬢はっ!
しおりを挟む
「まったくっ! なんなんだっ、あの令嬢はっ!」
ネロは青い双眸に苛立ちの色を隠さずに、脱いだ上着を力任せに椅子へと叩きつけた。豪奢な私室は王太子が使うにふさわしいものだ。だからといって、ネロが丁寧に扱う様子はない。ここは彼の日常生活の場だからだ。
猫足のソファにドカリと寝転がるようにしてネロは腰を下ろした。額に手をあてて眉間のあたりを撫でるも、シワは薄くなるどころか、かえって深くなっていく。
「ゼロス伯爵家の娘が、あんな令嬢だなんて計算外だ」
ゼロス伯爵家の家業は、業が深い。
フィフス王国の王位継承第一位である自分にふさわしい結婚相手だとは思えなかった。
ネロは二十五歳、金髪に青い瞳。キラキラ光る金の髪にギリシャ彫刻のように整った顔、スラっとした長身でスタイルもよい。女性にモテるタイプだという自負がある。しかも、王太子だ。結婚すれば王妃となれるのだから、自分の価値が高いことはネロ自身が一番よく知っている。
「私は平和な国にしたいだけなのに……」
バッサバサのまつ毛に囲われた大きな目を閉じる。
フィフス王国は平穏の国とは言い難い。隙あらば他国と戦争しようとする。隙あらば王位継承権を巡って暗殺合戦を始める。そんな国だ。
「王となる私が、あんな物騒な家から妻を迎えると?」
答えは否だ。昨日までであったなら、答えはすぐに出た。
「薬師の家系というだけであれば問題ない。その延長線上で毒を作るようになった程度であれば良しとできただろう。しかし、あの家は武器も扱う。兵士の訓練にも携わっている。影まで育成している物騒な家だぞ?」
暗い物陰から囁くような声が響く。
『しかし、殿下。マリアンヌさまは優秀なお方です』
「ああ、それは十分に分かったよ」
ネロは側に控えている影の声に答えた。王家の影も育成にはゼロス伯爵家が関わっている。いま側に控えている影がどんな人物かは知らないが、マリアンヌの事は自分よりも詳しいのだろう、と、ネロは思った。
不思議な娘だ。白に見える銀髪に赤い瞳。
「見た目はまるでウサギだけどな」
ウサギのように跳ねたわけではないけれど、無駄のない動きで刺客どもを仕留めた。その冷静さ、洗練された動き。只者ではない。
「ちょっと不気味なくらい動きが良かったよ、キレキレで」
国に仕える兵士でも、なかなかあそこまでは動けない。しかも、ドレス姿だ。あんなリボンやらフリルやらが沢山ついた重そうなドレスで、なぜあんなにも身軽に動けるのか?
「銀髪というよりも白い毛並みのウサギ。目も赤いし」
もしかして人間ではないのか?
「白い毛の童顔ウサギ」
普通の令嬢と思って出向いてみれば、不機嫌そうにぶすくれて出迎えやがった。アレは貴族によくある表情を消した顔ではない。ぶすくれていたのだ。独身のモテモテ王太子を前にして。貴族令嬢が。
「あの大きくて赤い瞳には、なにが映っているんだろうね?」
『さぁ? なにが映っているのでしょうね』
フフッと影は楽しそうに笑った。
ネロは青い双眸に苛立ちの色を隠さずに、脱いだ上着を力任せに椅子へと叩きつけた。豪奢な私室は王太子が使うにふさわしいものだ。だからといって、ネロが丁寧に扱う様子はない。ここは彼の日常生活の場だからだ。
猫足のソファにドカリと寝転がるようにしてネロは腰を下ろした。額に手をあてて眉間のあたりを撫でるも、シワは薄くなるどころか、かえって深くなっていく。
「ゼロス伯爵家の娘が、あんな令嬢だなんて計算外だ」
ゼロス伯爵家の家業は、業が深い。
フィフス王国の王位継承第一位である自分にふさわしい結婚相手だとは思えなかった。
ネロは二十五歳、金髪に青い瞳。キラキラ光る金の髪にギリシャ彫刻のように整った顔、スラっとした長身でスタイルもよい。女性にモテるタイプだという自負がある。しかも、王太子だ。結婚すれば王妃となれるのだから、自分の価値が高いことはネロ自身が一番よく知っている。
「私は平和な国にしたいだけなのに……」
バッサバサのまつ毛に囲われた大きな目を閉じる。
フィフス王国は平穏の国とは言い難い。隙あらば他国と戦争しようとする。隙あらば王位継承権を巡って暗殺合戦を始める。そんな国だ。
「王となる私が、あんな物騒な家から妻を迎えると?」
答えは否だ。昨日までであったなら、答えはすぐに出た。
「薬師の家系というだけであれば問題ない。その延長線上で毒を作るようになった程度であれば良しとできただろう。しかし、あの家は武器も扱う。兵士の訓練にも携わっている。影まで育成している物騒な家だぞ?」
暗い物陰から囁くような声が響く。
『しかし、殿下。マリアンヌさまは優秀なお方です』
「ああ、それは十分に分かったよ」
ネロは側に控えている影の声に答えた。王家の影も育成にはゼロス伯爵家が関わっている。いま側に控えている影がどんな人物かは知らないが、マリアンヌの事は自分よりも詳しいのだろう、と、ネロは思った。
不思議な娘だ。白に見える銀髪に赤い瞳。
「見た目はまるでウサギだけどな」
ウサギのように跳ねたわけではないけれど、無駄のない動きで刺客どもを仕留めた。その冷静さ、洗練された動き。只者ではない。
「ちょっと不気味なくらい動きが良かったよ、キレキレで」
国に仕える兵士でも、なかなかあそこまでは動けない。しかも、ドレス姿だ。あんなリボンやらフリルやらが沢山ついた重そうなドレスで、なぜあんなにも身軽に動けるのか?
「銀髪というよりも白い毛並みのウサギ。目も赤いし」
もしかして人間ではないのか?
「白い毛の童顔ウサギ」
普通の令嬢と思って出向いてみれば、不機嫌そうにぶすくれて出迎えやがった。アレは貴族によくある表情を消した顔ではない。ぶすくれていたのだ。独身のモテモテ王太子を前にして。貴族令嬢が。
「あの大きくて赤い瞳には、なにが映っているんだろうね?」
『さぁ? なにが映っているのでしょうね』
フフッと影は楽しそうに笑った。
1
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説
忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる