36 / 40
魔獣
しおりを挟む
「イジュッ! 勝手に動いてはダメよ、危ないわ」
私はイジュの後を追って、二人で暮らす家へと入っていきました。
室内には特に荒らされたような様子はないようで一安心です。
「ごめん。家のことが心配で……」
イジュが木の棒をこちらに向けながら言いました。
だから、ちょうどよさそうに見えても木の棒では……。
「いくら窓ガラスやペンダントに加護がかけてあっても、武器にはならないわ。魔獣でも出たら大変よ。せめて一緒にいてちょうだい」
「ん、ごめん」
イジュがしゅんとなってしまいました。
私の口調がちょっと厳しくなってしまったせいでしょうか。
ちょっとだけ反省しつつ、危険な目に遭わないように移動することにします。
「瘴気を払えば魔獣がいるかどうかも感知しやすくなるから、まずは浄化を済ませましょう。畑の方を回っていくわ。畑のことも気になっているのでしょう?」
「うん」
「状態次第ではあるけれど、今まで浄化してきた感触から考えれば例年通りの収穫は期待できると思うわ。確認しながら馬車に戻りましょう」
家が無事であることを確認したから、イジュの気も済んだことでしょう。
あとは畑の安全を確認できれば完璧です。
必要なら浄化しますので、イジュにも安心してもらえると思います。
そう考えて踵を返した時です。
家の入口に禍々しい気配がしました。
「あれ? 小鳥が……」
イジュが言う通り、戸口あたりの地面に小鳥のようなシルエットが見えます。
逆光になっていて確認しにくいですが、手のひらに乗るほどの小さな鳥のようです。
そのシルエットは、家の中を探るようにキョロキョロとした動作を見せると、そのまま中にトコトコと歩いて入ってきました。
「可愛いけど、留守にするから家の中に入れるわけにはいかないな」
イジュが小鳥を追い出すために近付こうとしました。
「ダメッ、イジュッ」
「えっ?」
イジュはポカンとしてますが、私はすかさず彼の前に立ちました。
この小鳥、魔獣化しています。
魔獣化すると元の姿が可愛ければ可愛いほど油断を誘いやすく厄介です。
私は小鳥と向き合い身構えます。
護衛についている兵士もイジュを守るように前に出て剣を構えました。
私を先頭に、すぐ後ろに兵士、一番奥にイジュがいます。
室内で剣を振り回すのは不利ですし、イジュの安全を確保するためにも、まずは表に出なければいけません。
私の脳裏には、イジュの両親が殺されたときのことが蘇りました。
あの時の私には力がなく、彼らは無残に殺されました。
でも今は違います。
私は両手に聖力を込めます。
「グワーッ!」
攻撃の気配を感じた小鳥は魔獣化した本性を現し、魔獣がパックリと開けた口で視界が塞がれました。
「うわっ⁉」
驚いたイジュが声を上げました。
転びそうになって棚にぶつかったのか、ガランガシャンと大きな音が続いて聞こえてきました。
イジュが腰を抜かしたとしても無理はありません。
小さな鳥は体の大きさはそのままに、クチバシだけを一気に大きくしたのです。
巨大な影のようなに黒くて大きさのはっきりしないクチバシは、床から天井までを覆っています。
クチバシの内側は月のない夜のように真っ黒で、その奥には舌とも喉とも言えない真っ赤な何かがあります。
「グアァッ!」
得体のしれない何かの中に私たちを捕らえようと、クチバシがグワッとこちらを突いてきます。
兵士が緊張でゴクリと息を呑む音が聞こえます。
大きいと動きは鈍くなりそうなものですが、動きだけは小鳥のもの。
素早く動いては突いてくるソレに捕らえられたら命はないでしょう。
現にクチバシによって捕らえられたテーブルや椅子が目の前で砕けていきます。
真っ黒な部分には刃のようなモノでもついているのかズタズタです。
「あぁっ⁉」
それを見たイジュが改めて声を上げています。
聖力を溜めた私の手元には、真っ白な球のようなものが出来ています。
ソレを魔獣の口元めがけて投げつけました。
「グエッ」
潰れた鳴き声を上げて、魔獣は内側から真っ白な光に砕かれ、飛び散って消えていきました。
「……すっげぇ……」
イジュのつぶやく声が聞こえます。
そうです。聖女の力は凄いのです。
あの時、この力を出せていたのなら、と今でも思います。
振り返ると、イジュが唖然としてこちらを見ていました。
「急ぎましょ」
イジュと兵士に声をかけて、家を後にします。
魔獣が出たのなら、ゆっくりしている暇はありません。
馬車のある場所まで駆けてゆき、皆と合流して避難先である地方貴族の屋敷へ急ぐことにしました。
私たちが馬車に乗り込むと、両親がくつろいでいました。
「あら、意外と早かったのね」
「やっぱり大したことなかっただろう?」
両親揃って呑気すぎます。
かといって怯えさせてパニックを起こされても困ります。
私たちは当たり障りのない会話をしながら避難先を目指すことにしました。
私はイジュの後を追って、二人で暮らす家へと入っていきました。
室内には特に荒らされたような様子はないようで一安心です。
「ごめん。家のことが心配で……」
イジュが木の棒をこちらに向けながら言いました。
だから、ちょうどよさそうに見えても木の棒では……。
「いくら窓ガラスやペンダントに加護がかけてあっても、武器にはならないわ。魔獣でも出たら大変よ。せめて一緒にいてちょうだい」
「ん、ごめん」
イジュがしゅんとなってしまいました。
私の口調がちょっと厳しくなってしまったせいでしょうか。
ちょっとだけ反省しつつ、危険な目に遭わないように移動することにします。
「瘴気を払えば魔獣がいるかどうかも感知しやすくなるから、まずは浄化を済ませましょう。畑の方を回っていくわ。畑のことも気になっているのでしょう?」
「うん」
「状態次第ではあるけれど、今まで浄化してきた感触から考えれば例年通りの収穫は期待できると思うわ。確認しながら馬車に戻りましょう」
家が無事であることを確認したから、イジュの気も済んだことでしょう。
あとは畑の安全を確認できれば完璧です。
必要なら浄化しますので、イジュにも安心してもらえると思います。
そう考えて踵を返した時です。
家の入口に禍々しい気配がしました。
「あれ? 小鳥が……」
イジュが言う通り、戸口あたりの地面に小鳥のようなシルエットが見えます。
逆光になっていて確認しにくいですが、手のひらに乗るほどの小さな鳥のようです。
そのシルエットは、家の中を探るようにキョロキョロとした動作を見せると、そのまま中にトコトコと歩いて入ってきました。
「可愛いけど、留守にするから家の中に入れるわけにはいかないな」
イジュが小鳥を追い出すために近付こうとしました。
「ダメッ、イジュッ」
「えっ?」
イジュはポカンとしてますが、私はすかさず彼の前に立ちました。
この小鳥、魔獣化しています。
魔獣化すると元の姿が可愛ければ可愛いほど油断を誘いやすく厄介です。
私は小鳥と向き合い身構えます。
護衛についている兵士もイジュを守るように前に出て剣を構えました。
私を先頭に、すぐ後ろに兵士、一番奥にイジュがいます。
室内で剣を振り回すのは不利ですし、イジュの安全を確保するためにも、まずは表に出なければいけません。
私の脳裏には、イジュの両親が殺されたときのことが蘇りました。
あの時の私には力がなく、彼らは無残に殺されました。
でも今は違います。
私は両手に聖力を込めます。
「グワーッ!」
攻撃の気配を感じた小鳥は魔獣化した本性を現し、魔獣がパックリと開けた口で視界が塞がれました。
「うわっ⁉」
驚いたイジュが声を上げました。
転びそうになって棚にぶつかったのか、ガランガシャンと大きな音が続いて聞こえてきました。
イジュが腰を抜かしたとしても無理はありません。
小さな鳥は体の大きさはそのままに、クチバシだけを一気に大きくしたのです。
巨大な影のようなに黒くて大きさのはっきりしないクチバシは、床から天井までを覆っています。
クチバシの内側は月のない夜のように真っ黒で、その奥には舌とも喉とも言えない真っ赤な何かがあります。
「グアァッ!」
得体のしれない何かの中に私たちを捕らえようと、クチバシがグワッとこちらを突いてきます。
兵士が緊張でゴクリと息を呑む音が聞こえます。
大きいと動きは鈍くなりそうなものですが、動きだけは小鳥のもの。
素早く動いては突いてくるソレに捕らえられたら命はないでしょう。
現にクチバシによって捕らえられたテーブルや椅子が目の前で砕けていきます。
真っ黒な部分には刃のようなモノでもついているのかズタズタです。
「あぁっ⁉」
それを見たイジュが改めて声を上げています。
聖力を溜めた私の手元には、真っ白な球のようなものが出来ています。
ソレを魔獣の口元めがけて投げつけました。
「グエッ」
潰れた鳴き声を上げて、魔獣は内側から真っ白な光に砕かれ、飛び散って消えていきました。
「……すっげぇ……」
イジュのつぶやく声が聞こえます。
そうです。聖女の力は凄いのです。
あの時、この力を出せていたのなら、と今でも思います。
振り返ると、イジュが唖然としてこちらを見ていました。
「急ぎましょ」
イジュと兵士に声をかけて、家を後にします。
魔獣が出たのなら、ゆっくりしている暇はありません。
馬車のある場所まで駆けてゆき、皆と合流して避難先である地方貴族の屋敷へ急ぐことにしました。
私たちが馬車に乗り込むと、両親がくつろいでいました。
「あら、意外と早かったのね」
「やっぱり大したことなかっただろう?」
両親揃って呑気すぎます。
かといって怯えさせてパニックを起こされても困ります。
私たちは当たり障りのない会話をしながら避難先を目指すことにしました。
32
お気に入りに追加
164
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる