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第二章 儚き

第十二話

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「さて、そろそろ抱いてもらいましょうか」

 美羽の大胆発言がでた。

 ご飯食べてカラオケして。

 楽しく遊んで帰宅しようと思っていたのに。

「先にシャワー浴びるね」

 そう言って彼女は浴室へと向かった。

 ひとりデカいベッドの前に残されたオレは、部屋の生々しさに気圧されて落ち着かなくなる。

 どんなに綺麗な部屋も、そういうことをいたしましょう、とばかりにデーンと置かれたベッドの前にでは無力だ。

 え? そういうことになっちゃうの? 本当に?

 戸惑うオレの前に現れた美羽は、バスローブを着ていた。

 痩せた体に羽織った白いバスローブはダボダボで痛々しい。

 首も、手首も、こんなに痩せてしまっていたのかと驚く。

 ふくらはぎの途中から覗いている足も細くて。

 骨の形が分かりそうだった。

 本当に防寒下着でがっちり固めていたんだな、と冷静に考える自分もいたりして。

 自分で自分の反応に、オレは驚く。

 改めて見る美羽の顔色は、血の色が分からないほど白い。

「化粧落としてきたの」

 オレの視線が意味するところをくみ取って、美羽が答える。

 そうか。今日顔色が良いと思っていたアレは、化粧だったのか。

「綺麗な私を覚えておいてもらいたかったけど。冬吾君には逆効果だったみたいだから、落としちゃった」

 そのままの美羽は、あまりに残酷な病魔の跡が生々しい。

「これで信じてくれた? 私、末期のガン患者かもしれないって」

 美羽はオレの両手をとって椅子から立ち上がらせると、ベッドへと導く。

「ねぇ。私の処女をあげるので、冬吾君の童貞をください」

 はっきり言われてしまいましたよ。

「治ってからでもいいじゃん」

 ちょっと拗ねたような声が自分から出たことにオレは驚く。

「このまま死んじゃったらイヤなので」

 ふふふ、と美羽は笑った。

 彼女は、イケイケドンドンで攻めてくる。

「それとも……こんな私じゃ、嫌?」

 美羽は笑っている。

 彼女の感情なんて、オレには読めない。

 どんな思いで言ってるの?

 オレには彼女が何を考えているか、なんて分からない。
 
「シャワー浴びてくるっ」

 オレは彼女の手を振りほどいて浴室へと逃げ込んだ。


***


 どんな風に体を洗ったのか覚えていない。

 オレがバスローブを羽織って部屋に戻ってくると、美羽はバスローブを羽織ったままベッドに寝そべっていた。

「重い女でごめんね」

 天井を見ながら美羽が言う。

 オレは何を言えばよかったのか?

 無言のまま突っ立っていた。

 ふふ、と笑いながら体を起こした美羽が、ベッドの上をズリズリと動いてこちらへ手を伸ばす。

 オレはその手をとると、引っ張られるままにベッドへと上がった。

 つたない仕草で体に触れて。

 ぎこちないキスをして。

 美羽は必要ないと言ったけれど、汗をだくだく流しながらゴムをつけた。
 
 オレの童貞は「ウッ」という潰れた声で無様に散って。

 彼女の処女は「ンンッ」という苦痛を伝える小さな呻きで散った。


***


「お金は私が払う」
「いや、学生だから割り勘でしょ?」

 オレと美羽は、お金のことでちょっと揉めたりしながら。

 時間が来るまでずっとくっついていた。

 オレは美羽の頭や頬をずっと撫でていた。

 唇や頬、髪や指先に、何度も、何度も、触れるだけのキスをした。

 このまま時間が止まればいいのに、なんて、物語の中の使い古されたセリフみたいな、ありきたりの思いを抱いたりなんぞしながら。

 ずっと美羽の温もりを感じながら、何度も、何度もキスをした。
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