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第一章 青春
第一話
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オレ、伊吹冬吾は、ごくごく普通の、真面目でゲームオタクなのに勉強ができるタイプの理系男子だ。
恋愛なんてフィクション。
色恋沙汰は、オレには縁のないものだと思っている。
オレの頭上を通り過ぎていく、愛だの恋だのという浮かれた感情が、どっかの誰かの上にザバンと降り注いで右往左往するのを高みの見物するのがオレ、伊吹冬吾の立ち位置だ。
だから高校へ入学したからって、何の期待もしていなかったし、むしろ変化は嫌だった。
「冬吾ぉ~、オレたち、また一緒だねぇ~」
「あぁっ。じゃれつくなよ、颯太っ」
高校でも同じクラスになった小学校からの腐れ縁、朝日颯太がペタペタと触ってくるのを避けながら騒ぐ。
こんな日常が続いてほうが気楽でいい。
そんな風に思いながら、入学式会場である体育館に並んでいた。
***
デカい女子だな。
それが葵帆乃夏を最初に見たオレが抱いた感想だ。
騒めく新一年生の中にあって、彼女はとても目立っていた。
高い位置にあるサラサラストレースのショートヘアから視線を横に滑らせれば、綿菓子みたいにフワフワした雰囲気のある背が低い女子、秋月美羽の姿が目に映った。
大きいのと、小さいの。
シュッとしたのとフワフワしたの。
美人と可愛い。
セットにするには収まりがいい。
オレは、そんな風に思いながら目立つ二人をしばし眺める。
体育館に集められた新一年生は、礼儀正しさと落ち着きを求められながらもザワついていた。
***
「ふわぁ~、終わった、終わった」
オレの前に立つ男、小学校からの腐れ縁である朝日颯太が大きく伸びをする。
「いや、これから教室へ移動だから。まだまだ説明タイム続きますぞ」
「いやぁ~」
オレの言葉に颯太が小さな悲鳴を上げる。
そのわざとらしさに、オレはケラケラと笑った。
ようやく入学式という式典は終わった。
高校生になったばかりの生徒たちは、ぶっちゃけ浮ついている。
新品の制服はもちろん、ありとあらゆるもの新品が基本だ。
散髪を済ませて入学式に臨む者も多いし、なんだか体育館の中がピカピカしている。
とはいえ体育館そのものは古い。
それすら盛り上がる理由にできる陽キャたちのおしゃべりにより、新一年生は皆、なんとなくワクワクした雰囲気に包まれていた。
ぶっちゃっけ疲れる。
楽しいけど、疲れるもんは疲れるんだから仕方ない。
義務教育も終えて高校生になれば少し大人になった気分が味わえるし、中学校に比べると生徒数が増えて見知らぬ顔も多いなかにいると、新生活への期待で気分が浮き立って興奮するものだ。
気持ちは分かる。
でも、オレは新生活への関心が薄い。
だってさ。中学生が高校生になったくらいで何が変わる?
オレはオレじゃん。
たいした違いはないだろうし、期待しすぎても裏切られるだけ。
受験はとうに終わったし、中学の卒業式も淡々と終えて、春休みを寝て過ごして今日を迎えた。
たっぷり眠る習慣のついた体にとって午前中の入学式は厳しい。
みんな盛り上がり過ぎだと思う。
だいたいオレには、新たな門出、みたいな華やかな気持ちはない。
「冬吾、何見てんの? おっ、噂の百合ップルじゃん」
体をひねったタイミングでオレの背中に飛び乗った颯太が言う。
「なんだよ? 百合ップルって?」
「オレもよく知らなぁ~い。なんか、仲の良い、というか仲良しすぎる女子二人って意味らしいよ。オレら中学違うから知らない子たちだけど、あっちの中学では有名な二人らしい」
「そうなんだ」
ぶっちゃけどうでもいい情報だな。
目の端で噂の女子二人組の姿を負いながら、背中に颯太の重みを感じているオレ。
なんだ、この状況。
「キヒヒ。お前、あの子たちが気になるの? 止めとけ止めとけ。百合の間に挟まると蒸発するらしいぞ」
「なんだそりゃ」
「知らねぇ。あっちの中学の子らに、なんかそう言われた」
はっきり言おう。
「重いっ」
「あっ、ちょっと落ちるっ」
颯太はオレの背中から振り落とされそうになって暴れているが知らん。
オレにとって新鮮味のある顔ぶれは、ちょい遠くにある印象だ。
心理的にも遠近法ってあるのか? と思うほど、近いのに遠い。
なぜなら知っている顔に周囲を取り囲まれているからだ。
新しい顔ぶれが遠い。
新鮮な気持ちも遠い。
「冷たいなぁ、冬吾は。オレたちの仲じゃないかぁ~。これからもヨロシクねぇ~」
「背中に顔を擦り付けるのはやめろっ。青春の脂がたっぷりのった顔を、新品の制服で拭くんじゃないっ」
「う~ん、さすが冬吾。表現が詩的。うっとりしちゃ~う」
「何言ってんだ、オレは理系……うわぁ」
オレの背中に体重をかけながら顔を擦り付けるという器用な真似をする颯太のせいでオレは態勢を崩した。
が、倒れない。
素早く態勢を立て直した颯太が、後ろからグイッと引っ張ってくれたからだ。
オレも身長が低いほうではなくので170センチはあるのだが、颯太のほうは既に180センチ近くあり横幅もある。
筋肉がしっかりついてる体育会系体型の颯太に助けられた。
ちなみに颯太も中身は理系で運動部などには所属していない。
「あ……ありがとう?」
元はと言えばコイツが悪いのでは? と思いつつもお礼を言ってしまうオレ。
オレがブツブツ言っている横から、女子のはしゃいだ声が響いた。
「おっ。相変わらずアンタたちは、お熱いね」
颯太の幼稚園からの幼馴染である大東千佳だ。
「ねーねー、私たちまた同じクラスだよ」
「そうなんだ。マジかぁ~。腐れ縁ってヤツ?」
明るく言う大東に、颯太が極太の眉をいかにも嫌そうにゆがめて言った。
「あー酷い。腐ってないよ、ピッチピチだもん」
「ふへぇ~。腐女子のくせに」
「あっ、ちょっとマジやめて。せっかく新生活が始まったっていうのに、いきなりバラすとかありえないっ」
大東は腐っている、いわゆる腐女子というヤツである。
オレは颯太と大東が楽しそうにじゃれあっているのを見て、ケラケラと笑っていた。
ぶっちゃけ、新生活って感じはないのだ。
あまりに新鮮味がなさすぎて、明日の朝は中学校の校舎へ行ってしまうのでは? と思ってしまうほどである。
もっとも高校へ進学したオレたちは、中学校の校舎に大手を振って入る資格すら失ってしまった。
オレは変化が苦手だから、むしろ新鮮味なんてないほうがいいのに。
しかし、この世は諸行無常である。
コッチの好みや主義主張なんて丸っと無視されて、流れのままにオレは高校生になった。
まぁ人生なんてそんなもんだろうし、適当な感じで幸せにやれればいいや。
オレは新たな旅立ちを祝われながら、呑気にそんなことを考えていた。
恋愛なんてフィクション。
色恋沙汰は、オレには縁のないものだと思っている。
オレの頭上を通り過ぎていく、愛だの恋だのという浮かれた感情が、どっかの誰かの上にザバンと降り注いで右往左往するのを高みの見物するのがオレ、伊吹冬吾の立ち位置だ。
だから高校へ入学したからって、何の期待もしていなかったし、むしろ変化は嫌だった。
「冬吾ぉ~、オレたち、また一緒だねぇ~」
「あぁっ。じゃれつくなよ、颯太っ」
高校でも同じクラスになった小学校からの腐れ縁、朝日颯太がペタペタと触ってくるのを避けながら騒ぐ。
こんな日常が続いてほうが気楽でいい。
そんな風に思いながら、入学式会場である体育館に並んでいた。
***
デカい女子だな。
それが葵帆乃夏を最初に見たオレが抱いた感想だ。
騒めく新一年生の中にあって、彼女はとても目立っていた。
高い位置にあるサラサラストレースのショートヘアから視線を横に滑らせれば、綿菓子みたいにフワフワした雰囲気のある背が低い女子、秋月美羽の姿が目に映った。
大きいのと、小さいの。
シュッとしたのとフワフワしたの。
美人と可愛い。
セットにするには収まりがいい。
オレは、そんな風に思いながら目立つ二人をしばし眺める。
体育館に集められた新一年生は、礼儀正しさと落ち着きを求められながらもザワついていた。
***
「ふわぁ~、終わった、終わった」
オレの前に立つ男、小学校からの腐れ縁である朝日颯太が大きく伸びをする。
「いや、これから教室へ移動だから。まだまだ説明タイム続きますぞ」
「いやぁ~」
オレの言葉に颯太が小さな悲鳴を上げる。
そのわざとらしさに、オレはケラケラと笑った。
ようやく入学式という式典は終わった。
高校生になったばかりの生徒たちは、ぶっちゃけ浮ついている。
新品の制服はもちろん、ありとあらゆるもの新品が基本だ。
散髪を済ませて入学式に臨む者も多いし、なんだか体育館の中がピカピカしている。
とはいえ体育館そのものは古い。
それすら盛り上がる理由にできる陽キャたちのおしゃべりにより、新一年生は皆、なんとなくワクワクした雰囲気に包まれていた。
ぶっちゃっけ疲れる。
楽しいけど、疲れるもんは疲れるんだから仕方ない。
義務教育も終えて高校生になれば少し大人になった気分が味わえるし、中学校に比べると生徒数が増えて見知らぬ顔も多いなかにいると、新生活への期待で気分が浮き立って興奮するものだ。
気持ちは分かる。
でも、オレは新生活への関心が薄い。
だってさ。中学生が高校生になったくらいで何が変わる?
オレはオレじゃん。
たいした違いはないだろうし、期待しすぎても裏切られるだけ。
受験はとうに終わったし、中学の卒業式も淡々と終えて、春休みを寝て過ごして今日を迎えた。
たっぷり眠る習慣のついた体にとって午前中の入学式は厳しい。
みんな盛り上がり過ぎだと思う。
だいたいオレには、新たな門出、みたいな華やかな気持ちはない。
「冬吾、何見てんの? おっ、噂の百合ップルじゃん」
体をひねったタイミングでオレの背中に飛び乗った颯太が言う。
「なんだよ? 百合ップルって?」
「オレもよく知らなぁ~い。なんか、仲の良い、というか仲良しすぎる女子二人って意味らしいよ。オレら中学違うから知らない子たちだけど、あっちの中学では有名な二人らしい」
「そうなんだ」
ぶっちゃけどうでもいい情報だな。
目の端で噂の女子二人組の姿を負いながら、背中に颯太の重みを感じているオレ。
なんだ、この状況。
「キヒヒ。お前、あの子たちが気になるの? 止めとけ止めとけ。百合の間に挟まると蒸発するらしいぞ」
「なんだそりゃ」
「知らねぇ。あっちの中学の子らに、なんかそう言われた」
はっきり言おう。
「重いっ」
「あっ、ちょっと落ちるっ」
颯太はオレの背中から振り落とされそうになって暴れているが知らん。
オレにとって新鮮味のある顔ぶれは、ちょい遠くにある印象だ。
心理的にも遠近法ってあるのか? と思うほど、近いのに遠い。
なぜなら知っている顔に周囲を取り囲まれているからだ。
新しい顔ぶれが遠い。
新鮮な気持ちも遠い。
「冷たいなぁ、冬吾は。オレたちの仲じゃないかぁ~。これからもヨロシクねぇ~」
「背中に顔を擦り付けるのはやめろっ。青春の脂がたっぷりのった顔を、新品の制服で拭くんじゃないっ」
「う~ん、さすが冬吾。表現が詩的。うっとりしちゃ~う」
「何言ってんだ、オレは理系……うわぁ」
オレの背中に体重をかけながら顔を擦り付けるという器用な真似をする颯太のせいでオレは態勢を崩した。
が、倒れない。
素早く態勢を立て直した颯太が、後ろからグイッと引っ張ってくれたからだ。
オレも身長が低いほうではなくので170センチはあるのだが、颯太のほうは既に180センチ近くあり横幅もある。
筋肉がしっかりついてる体育会系体型の颯太に助けられた。
ちなみに颯太も中身は理系で運動部などには所属していない。
「あ……ありがとう?」
元はと言えばコイツが悪いのでは? と思いつつもお礼を言ってしまうオレ。
オレがブツブツ言っている横から、女子のはしゃいだ声が響いた。
「おっ。相変わらずアンタたちは、お熱いね」
颯太の幼稚園からの幼馴染である大東千佳だ。
「ねーねー、私たちまた同じクラスだよ」
「そうなんだ。マジかぁ~。腐れ縁ってヤツ?」
明るく言う大東に、颯太が極太の眉をいかにも嫌そうにゆがめて言った。
「あー酷い。腐ってないよ、ピッチピチだもん」
「ふへぇ~。腐女子のくせに」
「あっ、ちょっとマジやめて。せっかく新生活が始まったっていうのに、いきなりバラすとかありえないっ」
大東は腐っている、いわゆる腐女子というヤツである。
オレは颯太と大東が楽しそうにじゃれあっているのを見て、ケラケラと笑っていた。
ぶっちゃけ、新生活って感じはないのだ。
あまりに新鮮味がなさすぎて、明日の朝は中学校の校舎へ行ってしまうのでは? と思ってしまうほどである。
もっとも高校へ進学したオレたちは、中学校の校舎に大手を振って入る資格すら失ってしまった。
オレは変化が苦手だから、むしろ新鮮味なんてないほうがいいのに。
しかし、この世は諸行無常である。
コッチの好みや主義主張なんて丸っと無視されて、流れのままにオレは高校生になった。
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